捨て身神官の恋愛事情 7
王都の路地裏にある閑古鳥が鳴いているバーで、俺とチェスターは手に持っていたグラスを鳴らした。
「うぇーい!3日前の話だけど犯人捕獲お疲れさんっした!」
「まあ、後片付けもあったと言う事で、お疲れ様。ほとんどマリオンの手柄だったけどね」
「やっぱり?俺ってばやる時はやるよね」
ハハハハというチェスターの乾いた笑い声は聞かなかった事にする。
相変わらずここのバーの初老のマスターは、困惑した顔で俺達を見比べた。
いや、本当毎度騒がしくてすみません。
「つか、俺思ったんだけど、俺がモテないのって絶対あんな女装とかさせられてるからだよね。品行方正で品性高潔の次期教主様だよ?超有望株だよ?モテないのそれしかなくね?」
「……品行方正はともかく、品性高潔の意味を分かって言ってる?」
「邪念だらけですいませんでした!!!」
勢いよく頭を下げると、チェスターはふふっと楽しそうに笑った。
そして温かい目で俺を見る。
「まあ、内面はともかく、マリオンは外面いいからモテてると思うよ」
「内面はともかくって何だ……えっ?俺がモテてる?」
「次期教主という有望さに加えて、美形だしね。巷では中性的で神がかってる、まさにアグネーゼ様の寵愛を受けた神官様って言われてるの知らない?」
「知らない。何そのむず痒くなる話。俺アグネーゼ様そんな信仰してない」
「次期教主それ言っていいの……?」
いや、多分駄目だと思う。
というか、俺モテてるのなら相手出てきてほしい。俺だってそろそろ結婚して跡継ぎ作らないといけないんだから。
政略結婚でも、お互い頑張ったらちゃんとした家族になれると俺は思う。
「まあ、意図的に耳に入れないようにしていたのかもね。あの子が。そういえば、どうして君はアンジェラちゃん命になったんだい?」
「え、なんでって……」
産まれた時から次期教主になるように決められていた。
神殿の上層部には、俺達の家系が神殿を継ぐ事をよく思わない親族もいて、両親は俺が8歳の頃に呆気なく殺された。
俺を支持する奴らからは立派な教主になれと重圧を掛けられ、影で教主の座を乗っ取ろうとする奴らからは毎日のように暗殺者が送り込まれてきた。
精神的に大人にならざるを得なかった俺は、今から思うとかなり可愛くない子供だったんだろう。
このまま教主として祭り上げられて、頻繁に暗殺者を送り込まれて死と隣り合わせに生きていく。
いつ死ぬか分からないこんな場所で、一生を終える。
祖父が死んだ後、自分の為に生きるでもない、誰かに利用目的以外で必要とされる事のない未来に希望が持てなかった。
アグネーゼ様なんて、所詮偶像じゃないか。
ーーそんな事を思ってた時、祖父が孤児を連れてきた。
たいして珍しくもないアンバーの瞳と同色の髪をした、5歳くらいの女の子。
中々可愛らしい顔立ちをしていたその女の子を見て、大人ばかりと接してきた俺は正直困惑した。
『ほれ、お前が寂しそうにしておったからの。遊び相手じゃ。名はアンジェラという。仲良くしてやってやれ』
『お祖父様。その子供の面倒なんて、私は見きれませんよ』
自分の命を守るのが精一杯で、それすらも止めようとしているのに。
この小さな子供なんて、すぐに死ぬじゃないのか?
『これこれ。そんな事言うでない。ほれ、アンジェラ。あれがマリオンだ。お前にとっては兄のような存在だろうな』
ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせ、首を傾げていたアンジェラだったが、祖父の言葉を理解したのかぱあっと花が咲くような笑みを浮かべた。
そして、とてとて歩いてきて、小さな両手で俺の服を掴んで俺を見上げる。
『にーさま!』
まだ少し舌足らずな声で呼ばれたそのフレーズに。
「俺の幼い心は撃ち抜かれたってわけだぜ……」
「うわぁ、ちょろいね」
フッと前髪を搔き上げてキメ顏を見せたら、チェスターにバッサリ切られた。
いや、今もアンジェラたん天使だけど、昔のアンジェラたんも天使だったんだってば!
「まあ、そんなこんなで、アンジェラたんは俺の生き甲斐になったという訳さ。まあ、神殿にいた頃は常にアンジェラと2人で行動してたしな。いや……最初の頃は俺の周り危険だったから遠ざけてたんだっけか」
「えっ、マリオンがアンジェラちゃん遠ざけてる想像つかない」
「あー、まあ昔は色々あったからなぁ。でも、初対面で懐かれて、会う度に俺の後ろちょこまかと付きまとってきて、そのうち一緒になるのが当たり前になったと言うべき……か」
あー、昔のアンジェラたんも可愛かったなあ……。ちゃんとアンジェラたん成長記録付けてるよ。
帰ったら読み返そう……。
「なるほど、ね。君達はずっと2人仲良しだったんだね」
「おう!アンジェラたんは生きる糧だし、アンジェラたんも俺を必要としてくれてるしな!」
にっこりと笑ったチェスターに、俺も微笑み返す。
そして、チェスターはとんでもない爆弾を落とした。
「デズモンドがアンジェラちゃんに振られるわけだ」
「当たり前だ。俺とアンジェラたんの仲だぞっ!デズモンドごときに……えっ?」
「えっ?」
振られた?デズモンドが?アンジェラたんに?
「え、チェスターアンジェラたんがデズモンドに振られたんだよ」
「えっ?それは魔王討伐終わってすぐの辺りの話でしょ」
「えっ?」
きょとんとした顔をしたチェスターと俺は、改めてお互いの顔を見合わせる。
それをバーのマスターが、複雑そうな表情で見ているのが視界の端に映った。
違うから。危ないのじゃないから。
「昨日、全部終わってから、デズモンドがアンジェラちゃんに改めて告白したって。正室になってくれって」
「え……っと、側室から正室に進化したんだ……じゃなくて、俺それ初耳なんすけどちょっとどういう事なんですかねチェスターさん」
「えっ、そのまんまの意味だけど。というか、その為に僕を呼び出したんじゃないの?」
「えっ、普通にお疲れ様会やろうと思っただけなんだけど……こうしちゃいられない。マスター、ご馳走様!お釣りはいらないよ!」
カウンター席に金貨1枚置いて席を立つ。
それを見たマスターがぎょっとした顔をした。
「ちょっとお客さん!これ多過ぎですよ!」
「いいって!いっつも騒いでるし。これからもまた来るよ!」
誰もいないから思いっきり騒げるしな。
マスターに向かって片手を上げた後、駆け足でバーを出る。勿論フードも忘れず被っている。
大通りに出ると、人はまだかなり行き交っていた。
石畳の通りを走りながら、後ろから俺を追い抜いていく子供や初老のおじさんを見て、俺は思わず涙をのんだ。
「あー、くそ。走ったはいいけど、速度出ねええええ」
運動音痴どうにかしたい本当。




