捨て身神官の恋愛事情 5
指摘があったので、少しあらすじ変えておきました。
全話予約投稿しておきますね。
ギシリとベッドが軋む音がする。
俺はベッドサイドに立って、ベッドに横たわる人を静かに見つめた。
「王都に出没していた強盗と強姦の犯人の捜索を手伝っているらしいな」
低く嗄れた声の老人は、衰えを知らない鋭い眼光で俺を見据える。
3日間張り込んでいるが、これといった功は上げられていない。
はい、と頷くと老人は興味を失ったのか、視線を逸らした。
「そろそろ、お前に教主の座を渡すべきなのかもしれんな」
「お祖父様」
窓の外に広がる青空をぼんやりと見つめていた老人は、ふっと遠い目をしながら鼻を鳴らした。
「なんて言うと思うておったかバーカバーカ。ふん、お前の両親が早死にしなければ、もっと早く儂は引退できたのじゃ」
絶対このジジイ、アグネーゼ様に信仰心持ってないだろ。
「小さい頃のお前が両親を失って寂しいだろうと、孫のように可愛がっていたアンジェラを与えたのに、どこぞの馬の骨とも分からん王子ごときに奪われよって……。情けない奴じゃのう……」
やれやれと額に手を当てて、嘆くジジイに俺の頭の中の血管が1本くらい切れた。
「うっせぇよ!!このジジイ!本当の孫の俺を全く可愛がらねぇってどういうことだよ?!!さっさとくたばって俺に教主の座寄越せ!!アンジェラたんにならボロ雑巾にされても俺は幸せだっ!!」
「なっ……この老い先短い老人に向かって、くたばれとは酷い孫じゃのぅ!野郎に優しくする位なら幼女に優しくするに決まっておるだろう!!それにお前が甲斐性ないからアンジェラに振られたのじゃろう?!」
「なぁにが老い先短いだ!今朝足攣っただけだろ?!幼女に優しくはすげぇ同意出来るけど!つーか、俺が振られたのあんたのせいなんだけど?!天使たるアンジェラたんに余計な事吹き込みやがって!」
「は?余計な事?天使も跪くアンジェラとは魔王討伐の旅の前から会っておらんが?」
「は?いやいや、魔王討伐の旅の直前に婚約解消はされたんだけどさ。魔王討伐から帰ってきました報告はされただろ?」
あれ?なんか、噛み合ってなくね?
「旅の直前に婚約解消……?勇者と両想いになったから、お前を振ったんじゃないのか?それに呼び出しの手紙を送ったのに、中々アンジェラが会いに来ないと思っておったんじゃが……」
「はっ、ザマァ嫌われたなジジイ。……じゃなくて、会ってないってどういう事だ?」
「そのまんまの意味じゃが……」
2人して腕を組んで顔を顰めた。
どうにも何か、すれ違っているような気がする。
「……マリオン。お前はどう思っておったんじゃ?」
「どう……って。ジジイがアンジェラたんにデズモンド籠絡して来いとか言ったんじゃねぇの?」
「おい、マリオン。儂が実の孫より可愛いアンジェラにそんな事を言うと思うておるのか?」
「思わねぇな」
……おい待て、そしたらどうしてこんな事になってる?
頭を抱えた俺に、ジジイの溜め息が降ってくる。
「仕方ないのう。情けない孫の為に一肌脱ぐとしようかの」
思わず顔を上げると、ジジイがニヤリと悪戯っぽく笑ってベッドから勢いよく立ち上がった。
今まで着ていた寝間着を本当に脱いだジジイの腹には、俺にはない6つに割れた筋肉が付いていて……って、ジジイ元気じゃねぇかよ。
「マリオン」
厳かな声が俺の名を呼ぶ。
素早く教主用の豪華な服を着たジジイは、問うような視線を俺に向けた。
「お前は、アンジェラをどうしたいんじゃ?」
「……どう、したいって……決まってるだろ?アンジェラを自由にしたい。聖女とか、神殿とか、そんなしがらみ全部無くしてやりたい」
「それは、アンジェラの望みなのか?」
一瞬、息が止まった。
だって、それはアンジェラの願いじゃない。
ーー俺の独りよがりな願いだ。
「でも、もう孤児で何もなかった幼いアンジェラじゃない。昔は安全で豊かな暮らしが出来る聖女になる事が、小さなアンジェラに示された唯一の選択肢だっただろう。だけど、アンジェラはもう強くなったじゃないか。次の仕事も環境も俺が用意できるし、聖女なんて職は色んな陰謀にだって巻き込まれる。解放するのが彼女の為だろう?」
「まあ、客観的に見れば解放してやりたいというお前の気持ちは分かる。聖女も所詮神殿の宣伝でしかないからのぅ。隠謀と権力に晒されて、暗殺された聖女も過去にはおる」
「なら解放するべきだろ?!」
「だがのぅ。アンジェラが聖女の座から降りたいと思うておるのかのぅ?」
思わせ振りな発言をしたジジイに、俺は思いっきり顰めっ面を向けた。
そんな俺にジジイは豊かな灰色の顎髭を撫でながら、ニヤニヤと意地悪く笑う。
「アンジェラが隠謀や権力なんかに屈するタマだとは思えん。むしろ聖女の座にしがみ付いておるのはアンジェラの方かもしれんぞ?神殿上層部の余計な命令を聞いておる位だからのぅ。真に必要とされているのは、お前の方かもしれんなマリオン」
「……は?どういう事だよ?」
「自分で考えるのじゃあいででででで」
凄く遠回しな言い方と、ジジイのニヤニヤと下卑た笑みに腹が立ったので、取り敢えず顎髭を引っ張っておいた。