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2話「よく見ててね」

本当に突然過ぎる。

お菓子ちょうだい? と同じくらいの軽さで命をねだられたって、困るんだけど。

きらきらと目を輝かせてるその子に、ぼくは当然首を横へ振った。

「じゃあいらない」

「ええぇぇぇ!!」

目がそのままこぼれ落ちるんじゃないかって、心配になるくらいに見開かれる。

「だってぼく、命かけるなら、そんなものよりずっと大切なものがあるもん」

「葉術より……? それは、何だって言うの?」

それは、何か?

そんなこと決まってるじゃないか。

ぼくは勿体ぶって、大きく大きく息を吸う。


「お茶だよ、お茶!」


紅茶、緑茶、金茶。

この世でぼくが、いっちばん好きなもの。


それが、お茶だ。



*=*=*=*



お茶っていうのは、茶葉っていう乾燥させた葉っぱを砕いたものから、湯へ味や色を溶かし出したもの。


……だと、ぼくは思ってる。


っていうのも、お茶は高価なもので、一部の薬湯を除けば、そのどれもが貴族が嗜むものだ。

つまり、ぼくみたいな一般人にとっては、飲むどころか見ることすらできないようなものだってなことになる。

じゃあ、どうしてぼくがお茶を知っているのか。


「ぼくの家はね、田舎村の小さな道具屋なんだ」

この店を建ててもらう時に備え付けてもらった、可愛らしいサイズの暖炉に薪をくべて、火をつける。

そして荷物の中から、いくつかの器具を取り出しつつ、ぼくはそう話し出した。

どうせ長話を、お茶の話をするのなら。


……どうせ、お店が開けないのなら。


ある意味、初めてのお客さんであるこの子にお茶を淹れてあげても、いいかなと思ったからだ。

「道具屋……とは言え、田舎村じゃ貴族と会う機会なんて、そうそうないわよね?」

「そうだねー」

興味津々にぼくの手元を見つつ、そう言われて苦笑する。

井戸から汲んでおいた水を、ポットに2杯分と少し入れて、火にかけた。

コップは……そうだなぁ、やっぱり緑かな。

木製のコップの外側を緑に塗っただけの、手作りコップを二つ、それから小さな袋に入った茶葉を取る。

「いい匂い……でも、知ってるような気もして、不思議ね」

そりゃ知ってて当然だ、と思いつつも、まだバラすのは早い。

「まだ内緒だよ」

「むぅ……」

唇の前に人差し指を立てて笑えば、何かが喉に引っかかったみたいな、複雑そうな顔をして唸る女の子。

「ある日ね、可愛いコップはありませんか、って……綺麗な女の人が店に来たんだよ」

見るからに、お嬢様って感じの人だったっけ。

手作りのヘンテコなコップしか置いてない店だったから、冷やかしだろうって最初思ったんだよね……。

「その人はね、ぼくが見せたコップを買って、そのお礼にってお茶会を開いてくれたんだよ」


今度はすり鉢を取って、そこに茶葉とタスプの実を何粒か落とし、よぉーく砕いてやる。

「やっぱりその人は貴族だったんだけど……このお茶会のこと、家には内緒ね、って笑って言ってたっけ」

「……変わった貴族ね」

おかしそうに笑う女の子に、本当にね、と苦笑する。

「そこでぼくは、初めてお茶を飲んだんだよ」

あの時の感動は忘れられない。

まだ10にもなってなかったぼくが、まるで大人になったみたいだった。

「っとと、手が止まっちゃってたね」

口を閉じて、お留守だった手ですり鉢をかき混ぜる。

そうして出来たのは、くちゃりとした出来損ないのジャムみたいな、お茶の元。

「ふー……」

次は、とポットへ視線を移せば、白い湯気がほわほわと注ぎ口から漏れ出していた。

鍋敷きの上にポットを置き、それから女の子を近くへ来るように手招きする。

「よく見ててね」

神妙な顔で頷くのを見てから、コップへお茶の元を入れて、ポットを持つ。

あぁ、この瞬間がやっぱり一番幸せだ。

自然とにやけていくのを抑えもしないで、ゆっくりとポットを傾け出す。


「うわぁ……!」


こぽこぽと湯を注げば、湯気と一緒に辺りへ広がり出す爽やかな青い香り。

初春の……芽吹いたばかりの若葉の匂いだ。

コップの中で揺れる、金色の湖。

なんて……なんて綺麗なんだろう!

なんて素敵なんだろう!

「すぅ……ふぅー……」

温かな湯気に目を閉じて、ぼくは深呼吸をした。

あぁ、やっぱりお茶は素敵だな。


「ミーの、知らないお茶……」


呆然とした顔で、その子は呟いた。

そりゃそうだ。だってこれは、貴族の人たちが作ったものじゃない。

「これはね、タリシュリ。ぼくの母さんの為に作ったものなんだ」

体が弱くて、薬湯もなかなか効かなくて。

けれど、毎日苦しいのを隠して、ぼくを抱いてくれた母さん。


そんなある日、母さんが一言「甘いものを飲んでみたい」ってこぼしたんだ。

一般人のぼくの家が用意できる甘いもの、それは森で採った酸味の強い木の実くらいしかなかった。

砂糖は高く、甘い果物なんてそう採れる所じゃなくて。

だからぼくは、一つ考えた。

本当は二つも三つも考えたけど、結果はたった一つ。

「……なに、それ」

小さな瓶を取り出すと、女の子はじとりとぼくを見つめてた。

何も返事をしないで、ぼくはトプリと若干、粘り気のある液体をコップの中へ沈めてやる。

透き通る緑が、金色に消えていくまでかき混ぜ、その子へ差し出した。

「…………」

受け取ったコップの中身と少しの間、睨めっこをしたものの、おそるおそるとお茶に口を付けて、すする。

「!」

一度、口を離して……また付けた。

もう一度離して、付ける。

大して量もないそれは、あっという間になくなって、女の子は無言でぼくを見つめた。

そっと自分の分を引き寄せながら、にんまりと今度こそ笑みをこぼす。

「ね、甘くておいしいでしょ」

「……うん」


そう、ぼくは砂糖以外の甘味料を見つけたんだ。

透明な緑色のこれが、ぼくの魔法。

「……提案があるの」

「なにかな?」

その子は居ずまいを正し、神妙な顔つきでそう言う。

もう一杯欲しいのだろうか、ストック少ないんだけど……まぁいいか。

喜んでもらえたのが嬉しくて、そんなことをぼんやりと思っていれば、ずいと顔を近付けられた。

「そのお茶を一日一杯、それでひとまずの契約をするわ、どう?!」

「え、ど、どうって言われてもな……」

すごい勢いだ。

思わず飲まれて、ぼくは苦笑しつつ、身を引いてしまう。

「ミーはこのお茶で、ユーがお茶屋さんを開く手伝いをする……ユーもミーも幸せ、こんないい契約、他にないと思わない?!」


もちろん、手伝ってくれるって言ってくれたのも、ぼくのお茶をこんなに気に入ってくれたのも、すごく嬉しい。

……嬉しいけど、カフェは開けない。

「冒険者に選ばれちゃったから……無理だよ」

「いーえ。だって禁止されてるのは、冒険に関係ないことだけじゃないの」

ちっちっちっ、と少し小ばかにしたような態度の女の子に、ぴくりと口の端が引きつる。

「なら、カフェ兼情報収集の場にでもしたらいいのよ!」

そうすれば、その経営の為と言えば自由に動ける、と。

いやいや、いくら抜けてるところばかりとは言え、そんなの通るわけが……。



*=*=*=*



……通っちゃった。

ぼくは協会から受け取った、カフェの営業許可書類を手に、ぼうっと空を見上げていた。


あれから時間は過ぎて、夕方。

昨日もらった手紙の通り、協会から詳しい説明を受けて、それが終わった後にダメ元で訊ねた結果だ。

……いいの、これで。

どちらかと言えば、協会をだました側のはずなのに、だまされたような気分なのは、どうしてなんだろう。


「あら、やっぱりうまくいったのね。これでカフェを開ける、さぁ感謝していいのよ?」

店へ戻ったぼくは、事の次第を女の子に伝えた。

そうしたら、これまたひっくり返りそうなくらいに、無い胸を張るその子。

……確かにそうなんだけど、素直にありがとうとは言いづらい。

「はいはい。それじゃあ、改めてカフェの開店準備しなくちゃいけないね」

「そうよ! どんっどん、おいしいお茶をミーに飲ませてちょうだい!」

……あれ、微妙に目的が違うけど……まぁ放っとこう。

折りたたみの机を広げて、花だらけの床はあえて隅の方や、壁に伝っているものは残して。


……うん。うんうん、思っていたよりもずっと可愛い!


「そういえば、これってなんだったの?」

カウンターから店内を眺めて、感慨にふけってると、棚へ茶葉や器具をしまっていたその子が、ふと呟いた。

その手にあるのは、あの甘味料。

「あぁ、それはシュリーの防護膜を煮溶かして、こしたもの……シュロップだよ」

「え」



「ええええぇぇっ?!」



大声をあげるその子、ルールブの足元をコロコロとシュリーが転がっていったのだった。



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