1話「まさか……ユー、精霊を知らない……?」
「………………」
なんだなんだ、今度は一体どうしたっていうんだ。
屋根裏部屋に敷いた薄っぺらい寝床で、ぼくはまばたきを繰り返していた。
「どーもどーも、はじめまして!」
「………………はじめまして」
片手を上げて、やけに軽い調子の挨拶をしてきた謎の女の子に、一応返しはしたけど、絶対おかしい。
何がおかしいって、とりあえずぼくのお腹に跨っていることがおかしい。
あと極め付けは……。
「ーーーーで、君は誰?」
そう訊ねれば、その子はにっこり笑ってこてんと小首を傾げる。……可愛いけど、そうじゃない。
「よいしょっと……」
ぼくの上からやっとどいた女の子。
身長は100センチそこそこ、かな?
新芽みたいな緑の髪が、まるで暖簾みたいにサラサラと泳いでる。
服は何かの民族衣装なのか、なんかこうふわっとしてて、白地に深緑で妙な模様が施されていた。
背中には……何か背負袋をつけているみたいだけど、随分と膨らんで見える。何を入れてるんだろう……?
そして最後に、まるで青いタスプの花みたいな瞳。……うん、一番目を惹く色だ。
「こほん」
咳払いを一つ。
女の子は両手をそれぞれ腰の左右にあてて、ぐっと胸を張る。……あ、背伸びまでしてた。
「ミーはお茶の精霊、ルールブ! ユーが困ってるみたいだったから、助けにきたのよ!」
のん気に女の子の様子を見ていられたのも、そこまで。
…………お茶の『精霊』って。
昨日は犬がやってきて、突然ぼくは重戦士の冒険者になったわけだけど……。
今度は、家主も起きていない家に上がりこんで、堂々と寝ている家主の上に跨がって座る、自称お茶の精霊とはじめましてって、どーなってるんだろう、この街。
一応、このムロサ大陸一の大国家、クシグの商業都市リシュリだよ?
名前も分からない村ならともかく、おかしくない?
*=*=*=*
「……なんもないなぁ」
とりあえずと下の、カフェ予定『だった』店内へ女の子を下ろして、椅子を二つ並べて座ったところで、その子がぼそりと呟いた。
「あはは……そうだね……」
お店の準備をし始める前に、あんなことがあったから、まだ店内はすっからかん。
でも、仕方ないじゃないか……カフェできないのに、カフェの準備するわけにもいかないし、だからと言ってすぐ諦められるわけもないし……。
「……あーぁ、せっかく夢、叶えられるとおもったのになぁ」
頭痛がしそうな明日からの冒険者生活に、改めて肩を落とす。
「そんなに落ち込まないでよー、ミーと契約すれば、夢も希望もちゃーんと叶えられるって!」
……そして、これだ。
「はぁぁ……」
こめかみに人差し指を当ててため息をつく。あぁ、頭が本当に痛くなってきたみたいだ。
「ちょっとぉー……精霊から契約申し込みに来るなんて、すっごい、すっごいすっごい珍しいことなんだからね?!」
「あーはいはい……それはありがとうねー……」
自称精霊の女の子が深夜に押しかけてくるって、どうなってるんだろう……。
まぁ、どうせ迷子か家出少女かってとこだろうし、朝になったら家に送って……。
ぐぅぅぅううう……。
そんなことを考えていると、自称精霊さんのお腹から、大きな大きな唸り声が聞こえてきた。
……まぁ、いいんだけどね。
「……お腹空いてるなら、何か食べる?」
「その為に契約が必要なのよ! ねーはやくー、私と契約しよーよーぉー」
うわ、面倒くささが更に跳ね上がった……!
どうしたものやら……。
いっそのこと追い出しちゃうのもありだなぁ、なんて少し思い始めた頃、何かに気が付いたように女の子は、はっと目を見開いた。
「まさか……ユー、精霊を知らない……?」
「おとぎ話に出てくる妖精さん、と同じようなものならね。ただ、現実には居ないけど」
「まー、これはびっくり! 今時、精霊知らない子なんているのねー!」
まるでドのつく田舎者でも見ているような驚いた顔。これは本格的に追い出しを検討しようかな?
……まぁ、確かにぼくの出身は、リシュリから馬車で1ヶ月以上かかる辺境の、ど田舎村だけどさ。
「それじゃあ、ちょっとミーの葉術を披露してあげる! その羊みたいに眠そーな目見開いて、ちゃーんと見てよね!」
地味に一人で傷ついたぼくを尻目に、その子は椅子から立ち上がるなり、外へと駆け出していった。
……ふむ。今、鍵をかければ追い出し成功かな? あぁ、やっぱダメだ。あの子、鍵かけてたのに中へ入ってきたんだっけ……。
「待たせたわね! この街、ちょっと植物少なすぎるんじゃないかしら?」
それから十分くらい経って、もう放っておいて寝ようかと思っていたところへ、土で汚れた手にタスプの花と実を持った女の子が戻ってきた。どこまで行っていたかは、訊かないでおこう……面倒そうだし。
……というより、背負ってる袋が……ここ出る前より、はちきれんばかりに膨らんでるんだけど。
しかも、なんかもぞもぞ動いてるんだけど……!!
「ね、ねぇ……その背中の……」
「あ、これ? 街の外、なんか緑のぷにゅぷにゅしたのがいっぱい居たから、持って来てみたのよ!」
……持って、来た?
「うわっ?!」
嫌な予感に、ぞくりと背筋が震えた直後、女の子の背負袋から突然飛び出してきたそれは……動く植物、シュリー。
床でぷにゅりぷにゅりと揺れるシュリーが、ころころ転がって……壁にびたり。
「なにを連れて来てるのさぁぁああっ?!」
*=*=*=*
さて、このカオスな空間はなんだろう。
「ほらほらっ、すごいでしょ? ねっ!!」
褒めろ褒めろと言わんばかりに、ぴょこぴょこその場で跳ねる自称精霊少女。
相変わらず、ころころ転がり続けてるシュリー。
そして、店の床を覆い尽くすタスプの青い絨毯。
何をしてたのかは分からないけど、この子が何か呟いたかと思えば、突風が吹き荒れて……あっと言う暇も無くこの景色だ。
「これが葉術! 言葉に思いを込めて、思い通りの現象を起こす魔法よ!」
「へぇーぇ………………」
本当なら、すごい! なんだこれ、こんなことありえない! ……って反応したいところなんだけど。
この綺麗な惨状を片付けるのはぼく、という現実が立ちはだかって苦笑いしかできない。
……でも、こんな……魔法なんて、あったんだ。
「ねっ? ねっ?! こんなすっごい力が、契約するだけでユーのもの! どうっ?!」
「いや、どうっ? って言われてもね……契約ってなんなの?」
まぁ……正直なことを言えば、使えるようになりたい気はするけど、契約っていうのがどーも胡散臭い。
だいたい、元々この子は不法侵入した怪しいヤツなわけで……。
「カンタンカンタン。ミーにユーの命をくれればいいだけっ!」
うん?
なんか、すっごい物騒なこと言わなかったかな、この子。
「だから……」
一歩、こちらへ踏み込んで、にっこりと笑顔。
「ユーの……お命、ちょうだい?」
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こんにちはですー。
ブクマいただけるとは思ってなかったので、びっくりした桂香です!
シュリーはぶっちゃければスライムみたいなものなのですが、食べると甘かったり(ぇ
動く植物ならぬ、動くゼリー……。
これ以降にも大活躍の予定です、主に食べられちゃう方向で(ぁ
では、読んでくださってありがとうでしたー。