barn(火傷)
長い長い沈黙を破ったのは、エミリアでもリビィでもなく、吹き零れてきた寸胴鍋の中身だった。慌てて火を落とすリビィ。
「熱っ・・・」
沈黙が有ったためか、予想以上に勢いがついてしまい、リビィは鍋に手をかけてしまう。
「ちょっと、大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。火傷なんざ職業柄よくあることだしな」
あっけらかんとした態度で、桶に張った水のなかに手を入れ冷す。
そこに、ミリツァが裏口の扉から入ってきた。
「調理長すみません、今戻りました」
「おぉ、良い菓子は買えたか?」
桶の中から素早く右手を引き上げると、すぐさまポケットにねじ込むリビィ。
「・・・今、手を隠しましたね」
「何でもねぇよ。それより、今日の昼はシチューをだな・・・」
「良いから、見せてください」
リビィの不自然な行動に、目敏く反応したミリツァは、いつもよりかなり強めの口調で右手を差し出すように要求した。観念したのか、自ら右手を差し出す。
右手は真っ赤になっており、親指の付け根から人差し指の第一関節までが一番腫れていた。
「火傷は、冷すだけじゃ駄目なんです。炎症を抑えないと、後が必ず残っちゃいますから」
「別に誰に見せるわけでもないんだ。多少の火傷くらいなんでもねぇよ」
確かに、男性が肌に気を付けるなどと言うのは少し女々しくも感じるだろう。リビィの場合、火傷はたまにではなく、日常茶飯事な位に出来ていて、コックコートはあらゆる所が焦げていた。
「何でもなくありません。これを右手に塗ってください」
荷物を台に置くと、棚に置いてあった薄緑色の液体が入った瓶を差し出すミリツァ。
「なんだ、この気味の悪い液体は」
「それは、アロエを煮出して作った炎症を抑える薬です。勿論、内服用としても作ってあるので、飲んでも平気なくらい安全です」
そうか、と短く答えたリビィは蓋を捻るのだが、どうやら火傷が想像より痛むらしく上手く開けられないでいる。
「ほら、貸しなさいリビィ」
見るに耐えなくなったエミリアは、瓶を取り上げ一捻り。蓋の開く音が響き渡る。
その瓶をそっとミリツァに渡し、キッチンを後にするエミリア。
扉越しに、やれ「俺が塗る」だの、「黙っててください」だの聞こえてくる。夫婦のような口振りの二人を、これ以上見るのは辛かった。そんな感情に苛まれたのか、はたまた、二人を見守る親のような感情になったのか。解らないが、エミリアは少し笑っていた。
時刻は間もなく12時、ランチの時間だ。