Catering(賄い)
(そう、私を邪魔する人なんて誰も居ないの)
冷ややかな笑みを浮かべるエミリアだったが、ハッと我にかえった。
(いけない・・・こんな事を考えては)
午後に向けて着替えを始めるエミリア。
午前とは違い、黒いドレスを身に纏い、エプロンも新しいものに替える。膝丈ほどあるエプロンには午前の物とは違い、可愛らしいフリルがあしらわれており、下腹部付近は絞られている物だった。
メイド服、執事服含め本来なら自身で用意するものなのだが、これは一式、エドガーが用意した物だ。
(この秘密は、守り通さなければいけない)
ブリムをかぶり直し、自分の想いを圧し殺した。
部屋を出て階下に降りて行くと、目の前を猛スピードで駆け抜ける一人の男。
「リビィ、お屋敷内を走り回るのは頂けませんね」
ため息混じりにリビィを制する。
「メイド長が、ミリツァを茶に誘ったからな。エドガーの旦那に外出許可もらって茶うけを買いに行かせたんだが、賄いまで準備せにゃならん事を忘れてて大変なんだよ」
寸胴鍋を抱えながら振り向くリビィの額には、うっすらと汗が浮き出ていた。
普段、賄いを作るのはミリツァが担当。リビィはエドガーや客人の料理を担当しているため、大量に作ることが不得手では無いにしろ、あまり慣れてはいなかった。
「仕方ありませんね。私の責任もありますし、野菜の皮剥き位なら手伝いますよ」
「本当か?悪いな、メイド長」
「いいわよ。ほら、きびきび歩く」
「いや、走った方が早いだろ」
「そんなことをして、怪我でもしたらどうします。ミリツァが・・・」
言いかけた言葉を寸前で呑み込むエミリア。
「あん?ミリツァがどうかしたか?」
「何でもないわ。ほら、早く走る!」
「いや、さっき走んなって・・・痛っ、ちょっ、メイド長、手をあげるな、手を!」
「いいから、馬車馬のように走りなさい」
後ろから叩かれたリビィの姿はまさしく、馬車馬のようだった。
「これで最後ね」
キッチンに立ち込める湯気を払いながら、皮向きに勤しんでいたエミリアは、ため息混じりに言う。
「あんがとさん、助かったぜ」
持ってきた寸胴鍋とは別の鍋をかき混ぜながらお礼をいうリビィ。その後ろにある調理器具と様々な調味料が鎮座している棚には埃ひとつなく、整然と並んでいた。
「貴方の大雑把な性格らしからぬキッチンね」
感心と皮肉が混ざった言葉が、リビィに突き刺さる。
「いや、掃除は専らミリツァとあの三姉妹がやってんだよ」
「三姉妹?・・・あぁ、彼女達ね」
声のトーンが落ちたせいもあってか、食材を切る音が響く。一定のスピードで切られていく野菜には、不揃いがない。
「ところで、今日はなにを作るの?」
工程を見ていたエミリアが尋ねる。
「ん?あぁ、研究も兼ねてミリツァの作るシチューを真似てみようと思ってな」
食材を切り終えたリビィは、寸胴鍋に野菜を入れている。 オリーブオイルで焼かれた野菜からは、甘い匂いが立ち込めていた。
そんな様子を見ているエミリアの後ろから、三つの影がゆらゆらと近づく。
「わぁー、美味しそうな匂いだー」
「だー」
「・・・」
前のめりになっていたエミリアの肩には、三人のメイドがのしかかっていた。