Old playmate(幼馴染み)
「酷い顔・・・」
鏡に手を当てるエミリアは、投影された自分に向けてダメ出しをしている。
リンベルの計らいで、少し休めと言われたかが、昔話の続きと真意が気になってしまい、休むどころでは無かった。
そのもやもやを、払うように家計簿をつけ始める。
「流石はエドガー・・・、出費に全く無駄が無い。私が家計簿つける意味あるのかしら」
この屋敷には、住み込みで働く使用人しかおらず、雇う上での出費が殆どかからないうえ、屋敷の主であるエドガー自身も実に質素で、自室が寂しいのもそれ故である。質素であるあまり、品格まで疑われてしまうのではないかと心配し、初めて勤務したその日に指摘した記憶がエミリアにはあった。その指摘にエドガーは「先代の遺言を守っているだけだよ」と、エドガーが言っているのをエミリアは思い出していた。
「きっと、お父様に似たのね・・・エドガーも」
確かに先代の遺言とはいえ、執行する人間性が出来ていなければ、とても真似できない行為だ。
書き上げた家計簿をそっと綴じて、頬杖をつきながら艶かしい声でぽそり。
「・・・エドガー・・・」
振り返した熱。
淡い熱。
考えれば、考えるほど、エミリアは昂った。
けれども、その淡い熱は三年前の出来事のせいで蓋をされてしまう。
エドガーとエミリアは昔から、身分を越えた幼馴染みであったが、何も二人だけの甘く禁じられた、それこそロマンチックな作家の書く小説のような関係では無かった。少なくとも、エドガーは思っていなかっただろう。
「マリア・・・」
先程の熱をもった声とは裏腹な、冷酷で残忍な声を吐く。その声を聴いた人間を、言葉という氷製のナイフで・・・首を掻き切られてしまうかのような冷たい声で。
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マリアは、エドガーとエミリア同様に二十年以上前からの幼馴染みだった。
そんな、三人は出会うことはおろか、近づくことも出来ないくらいの身分の差があった。
エミリアとマリアは家が近所で、共に貧民で小作人 。エドガーは、領主の跡取り。身分の差は歴然だった。
しかし、領主ブラウザーは貧民と差別することを良しとせず、度々下町に降りてきては、様々な家庭の菜園を手伝っていた。品格を疑われるまで泥まみれになり、時には真剣に、時には笑いながら、畑を耕していた。
そこには、衣服シェアの四割を占める起業家の雰囲気は微塵も感じられなかった。
エミリアとマリアがエドガーと出会ったのは、そんな在りし日のことである。
その日、ブラウザーはエミリアと、マリア宅の畑に手伝いをしに来ていた。ブラウザーと、二人の父親は賑やかに談笑をしながら休憩をしている。
そんな二人を尻目に、エミリア、マリアの二人も野菜の苗を植えつける手伝いをしながら、談笑していた。
二人とも、当時5歳で家庭に男の子が居なかったので、自宅で縫い物等の手伝いと、こうした畑仕事などの手伝いを隔日でしていた。
農民等の男は畑仕事や水汲み等を手伝い、女は裁縫、料理などをして家庭を支えていた。
そんな時だ。
「僕も、混ぜて!」
「良いけど、貴方誰?」
「僕は、エドガー。君たちは?」
「私がマリアで、こっちの大人しいのがエミリアっていうの!」
「マリアに、エミリアか・・・宜しく!」
両手をつきだした不思議な格好で、マリアとエミリアに握手を求めてきたエドガーの顔は無邪気だった。紛れもない、5歳に相応しいものである。
そんな顔に、幼いエミリアは恋をした。
小さな小さな、消えてしまいそうな淡い恋。
一目惚れだ。
その日から、エドガーはマリアとエミリアによく会いに来た。
両親の目を盗んでは、三人でよく遊んだ。
しかし、ある日を境にエドガーは、パタリと訪ねてこなくなった。
そのある日は、ブラウザーの葬儀が執り行われる一週間ほど前からである。ブラウザーが亡くなったのを知ったエミリアは、子供ながらに、薄々勘づいていた。
「最近、エドガーこないねー」
「そうね・・・もう、来ないかも」
「ん?エミリア、なにかいった?」
「何でもない」
その言葉の通り、それ以来エドガーは訪ねてこなくなった。
エミリアは酷く落ち込んだ。
(もう、会えないなんて嫌だ)
(私は、私の言葉を伝えてない)
口に出せなかった言葉たちが、エミリアの心を抉った。
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後悔先に立たず。
どうにかして、エドガーを忘れようとしたエミリアだったが、意外な形で再会を果す。
エミリアはメイドとして雇われ、マリアとエドガーは結婚し、夫婦として、エミリアはマリアにも仕える身として三人は再会した。
最も最悪な形で。