servants②(使用人たち)
「どうかなさいましたか?珍しく、所作に曇りが出ていらっしゃいますよ」
「リンベル執事長・・・」
「やめてくだされ、執事長など名ばかゆりで、今やメイド長傘下の老いぼれで御座います」
髭に触れながらにこやかに話す姿には、春の日溜まりのような気品がある。どこか間の抜けているようで、その実、折れない芯のあるしなやかな気品である。
エドガーとは何処か違う。年を重ねた大樹の年輪のような、そんな気品だ。
「すみません、少々考え事をしていたもので」
怪訝な顔し、俯き加減で答えるエミリアを見て察しがついたようだ。
「三年前のあれは事故です。貴女が気に病んで、思い詰めることではありませんよ」
「リンベル様・・・」
少しばかり昔話をしましょうと、エミリアから背を向けてリンベルは話始める。
「小さな農村に生まれた私と、私の家族は常に貧困に喘いでいた」
と切り出す。
イギリスの階級差は歴然な物があり、中流以下の貧民は基本的に領主か屋敷の畑を借り、小作人としてその日暮らしが多かったのだ。
エミリアやブラム、リビィ、ミリツァも元は貧民の農家の出だった。
「なにもかも階級式になっているこの国に憤りを感じ、一部の貴族だけが私腹を肥やしている階級社会に、報復をなそうと私は真夜中に、ある屋敷に忍び込もうとしていました」
暗い話題の筈なのに、何処か清々しさを感じさせるトーンで続ける。
「間抜けな話、忍び込もうにも入り方を考えていなかった。そんな時でした。入り口で立ち尽くしていると、なかからある一人の貴族が出て来ました」
「それは・・・」
エミリアが、「それはここのお屋敷では?」という言葉が口から溢れる前に、リンベルは振り返り、口元で人差し指を立てている。
このまま清聴して欲しいという意図だった。
「私はさぞ驚き、ただただ呆然と立つことしか出来ていなかった。そんな私をみたブラウザー様は穏やかに笑い、特に何を言うわけでもなく私をお屋敷に招き入れたのです」
エミリアの推測は間違っていなかった。
ブラウザーはエドガーの父で、衣服全般を扱う企業を興し、一代でイギリスのシェア約四割を占めるまで発展させた。
エドガーはその二代目である。
「先ず私は驚きました。上流階級にもなれば、ディナーのテーブルは見たこともない料理で埋め尽くされていると思っていました。しかし、テーブルにあるのはシンプルなパンと不格好な野菜のサラダに、スープという実に質素な物だった。そして、そんな私を見てブラウザー様はこう仰ったのです」
「私の屋敷は、張りぼてだ。いや、屋敷というには余りにも滑稽かな」
「そう言うと、ブラウザー様は私を椅子に案内し、卓を共にしたのです」
少しの呼吸の間、リンベルはこう続けた。
「そこで、私は様々な話を聴きました。金目当てで婚約した妻は、余りの質素さにまだ二つにもならないエドガー様を置いて家を出たこと、よい製品を安く売る為に最小限の使用人しか雇わず、自分も質素に暮らしていたこと・・・他にも様々な話をされました」
やがてリンベルは、再びエミリアに背を向けた。
「ああ、失礼話が長くなってしまいましたね。昔話はまたの機会にでもしましょう」
話も佳境な所でリンベルの昔話はぷつりと途切れた。
ブラウザーは、エミリアが幼いときに亡くなっていたので、若かりし日の話を聴くのは新鮮だった。もっと詳しく聞きたいと思ったエミリアだったが、時刻は九時半。朝食の時間になってしまっていた。
「エミリアメイド長、朝食は私が行きますので、少し休まれてはいかがかな。最近の貴女は働きすぎで御座いますよ」
「しかし、リンベル様・・・」
「休めるときに休む。たまには、必要なことで御座います」
そう言い残すと、春の風のように下階に降りていった。
(リンベル様は一体何を私に伝えようとしていたのかしら)
最後まで聞けなかった昔話の最終章を想像し、エミリアは頭を抱えた。
それもそうである。
リンベルの話は、何処か導いて行くようなそんな感覚を内包していて、ただの暇潰しで昔話をしたとは考え辛いと、エミリアは思っていた。
考えれば、考えるほど、エミリアは頭を抱えた。