blush(赤面)
「お前こそ、なんてことを言いやがる!」
一瞬、今にも泣き出してしまいそうなミリツァの瞳にたじろいだものの、勢いに任せて声を荒げる。普段の気だるそうな声から想像も付かない大声だったせいか、静まり返る場。空気の変調にも近い状況にばつが悪くなったのか、押し黙ってしまうリビィ。その空気を余所に紅茶を一口啜ったエミリアは、レモンパイにフォークを一刺。
「不粋な上に、女の子を泣かせるなんて」
「ほ、本当ですね。調理長、これは責任をとって...」
「「お嫁さんにしてあげなければ」」
睨め付けるエミリアの視線と、見事に同調したブラムとリンベルの台詞に意図せずして孤立してしまうリビィ。どのような反応をするのかと期待した一同だったが、意外にも満更でもない様子で顔を朱に染める。これまた意外に、色恋沙汰には免疫はないようである。
「ふっ、ふざけるなよ! 俺は良いにしたって、こいつの事だってあるだろうが。こんなろくでもない奴より、もっと相応しい相手が居...」
これほどまでに「墓穴を掘る」という言葉がしっくりと合う状況もそうはないだろう。
違う意味で空気が一変してしまった中、全てを出しきってしまったリビィのコック服の裾をミリツァが人差し指と親指で摘まみながら、何か言いたげな様子で口をもごもごと動かしている。そして、今までに類を見ないほど高揚している様子だ。
「悪いなミリツァ。こいつらの事は無視していいぞ」
彼は、自分達の関係を面白おかしく脚色され、彼女が落ち込んでいると勘違いしたようだ。鈍感を通り越して、寧ろ清々しい気もする。
「この鈍感男」
ミリツァを挟んで座っているエミリアから刺々しい台詞。少しばかり黒々とした一面が垣間見える。
「調理長って、あの...純粋ですよね。悪い意味で」
精一杯の優しさで梱包したのだが、最後の一言で全てが無に帰した。対面でため息混じりのブランは、隣の椅子に腰掛けているリンベルに目配せする。それを受け取った彼は、なにも言わずただただ含みのある微笑みを浮かべている。
「執事長、せめて何か言ってくれ...」
「おや、瞳は語っていましたよ。それとも、口で言っても宜しいのですか」
「いや、やっぱりいい...」
何もかもを投げ出してしまったリビィ。そんな彼に痺れを切らしたのか、隣に座っていたミリツァは急に立ち上がり彼の耳元にそっと手を添える。二人だけの内緒話。
(私は、その、構わないですよ...)