servants①(使用人たち)
口元に残ったその熱を、必死に飲み込んだエミリアは歩を進める。
途中、朝食の準備をしていたメイド達の指揮をとり、昼と夜の食事メニューの打ち合わせのため再びキッチンへ赴いた。
「リビィ、キッチンは禁煙ですよ」
「おわっ・・・エミリアメイド長」
不意を突かれたリビィは、慌てて煙草の始末をしている。厨房にくゆる紫煙は行き場を無くしてゆらゆらと漂い、やがて小さな窓をめがけて外に出ていく。
「まぁ、キッチンの作業を遂行して、部下をまとめあげる苦労は想像に難くないですし。多目には見ますが、くれぐれも喫煙は屋敷の裏の隅でお願いしますね」
へいへい、と頭をかきながら返事をしてリビィは一枚の紙をエミリアに差し出した。
そこには、黒インクで昼と夜のメニューがしたためられていた。
産地、味付け、所要時間などがびっしりと書き込まれていた。非の打ち所が無いほどに。
「こんなメニューでどうだメイド長」
「問題ないわ。頼りにしているわよ、リビィエラ調理長」
「お褒めに預かり光栄だね」
やたら大袈裟な会釈をするリビィは、屋敷の調理長で、確かな腕と、料理に対する純粋さと生真面目さを発揮しているのだが、普段はだらしない男で、エミリアと同い年の27歳。
「リビィ調理長」
キッチンの奥から、弱々しい声がする。ミリツァだ。
「おぉ、ジャガイモの皮むきは終わったか?」
「えっと、あの、はぃぃ・・・」
細い腕で、ジャガイモが入った籠を持っている。その籠をエミリアはそっと受けとる。
先程エミリアに力を貸したミリツァも、リビィ同様に確かな腕を持っているのだが、内向的な性格で自信が持てないタイプ。
主に、屋敷内のまかないや仕込みを担当していて、牛の切り落としをとろとろに煮込んで、自家製の野菜とハーブをふんだんに使用したシチューが絶品なのだ。エミリアの好物の一つでもある。
「あっ、ありがとうございます、エミリア様」
「良いのよミリツァ」
少し俯きながら、弱々しい感謝をミリツァは呟く。
「ミリツァ、先程は有難う。旦那様、とても喜んでらしたの。貴女のお陰よ」
「いぇ、あの、私は何も・・・」
照れているのだろう。指先を忙しなく絡ませたり、引っ付けたり、落ち着きが無くなっているのが解る。
「そうだ、何かお礼をさせて、ミリツァ。そうね、今夜の空き時間にお茶でもいかが?」
「えっ・・・でも・・・、明日の食事の仕込みが・・・」
リビィを仰ぐように見上げるミリツァは、何かをせがんでいるような、懇願しているような様子だ。
「行ってこい。明日も客人は居ないんだ、たまには女性水入らずで楽しむのも悪くないだろ。仕込みは任せときな」
少し照れくさそうに言い放ったリビィは、煙草をくわえ裏口から出ていく。その背中に、「ありがとうございます」と言ったミリツァの笑顔は、17歳とは思えないくらい無邪気で、濁りのない透き通った物だった。
十九世紀以前からイギリスでは、昼夜問わずに働き詰めるのがメイドであったが、この屋敷は少し異質で、ある程度の自由を許されている。それは、エミリアが家政婦を兼任しているのと、エドガーの計らいがあったからである。
「昼夜も休み無く働かせてしまうのはあまりにも慈悲に欠けていて、まるで奴隷を雇っているようじゃないか」
エドガーは、プライベートを蔑ろにしてしまうことに心を痛め、エミリアを含め雇用した者には格別の配慮がなされていた。
そんなことを思い出しながら、ぼんやりとシルバーの用意をしていたエミリアを呼ぶ声が一つ。
「エミリアメイド長」
はっとした様子で振り向くと、そこには整った髭をたくわえた一人の執事が立っていた。