dark night(闇夜)
美しく斜陽が指していた風景に夜の帳が下り、 夢から覚めた時には辺りがすっかり暗くなっていた。
寝ぼけ眼のままうっすらと目を開けたエミリアの寝覚めは良いと言うには程遠かった。
綺羅びらやかなドレスの下は湿り気を帯び、嫌々しく肌にまとわり付いては気分を悪くさせる。
徐々に覚醒する意識と同じくして、夢を思い出すエミリアは顔を伏せて目をきつく閉じる。
(とうとう夢にまで見るようになってしまった・・・)
胸を締め付けている塊は、いつしか肥大化して息を荒くさせる。痛みの権化とまで言うつもりは毛頭ないが、今のエミリアには夢でさえ堪える事のできない痛みに代わりはない。
微動だにしないまま一体幾許の時を揺らいだのだろう。
物音ひとつたたない部屋には、相変わらずの黒。毎晩昇る月は厚い雲に覆われて、その光柱も届かないでいる。それはこの場所が夢の続きなのではないかと錯覚してしまいそうになるくらいで、現実と夢の境を見失いそうになってしまう。
「失礼致しますエミリアメイド長」
朧気に佇んでいたエミリアは、聞き馴染みのある声で現実に引き戻される。
「どうぞ、リンベル執事長」
リンベルは慎まし気に扉を開ける。右手にもつ三又の蝋燭は煌々と辺りを照らし、力強い炎を携えている。
夢でみた妖艶に輝くそれの違いに、現実であるのだとどこか安堵の表情を見せるエミリア。
「立ち話はなんです、そちらの椅子へお掛けになってはいかがですか。まあ、私は座っているのですが」
小粋な冗談を放ったのだが、声の芯は震えてしまっている。それほど不安に駆られていた証拠だ。余計な気を遣わせないために、震えを握り潰したつもりのエミリアだったが、普段から気を配る紳士であり、目敏いリンベルはその微妙な空気の振動を逃すことはなかった。
「顔色が優れませんね。余程の悪夢をみましたか」
茶化すわけでもなく、リンベルの経験豊かな瞳が蝋燭の灯りに照されて光る。
人によっては無垢にも捉える事も、密かに隠している暗部を映している様にも捉えることの出来る瞳。
全てを見透かされているのではないか。先程とは違った不安に陥るエミリア。
「いえ、どうかお気になさらず。夢の中でも仕事に追われていただけですので」
振り絞った言葉は何とも陳腐で、発言元であるエミリア自身がそれを一番理解していた。しかし、今の彼女にはこれが限界だった。
リンベルの瞳は全てを見透かし、悟られているかのようで堪らなく落ち着かなかったのだろう。