retrospect(追想)
「時間も弁えず申し訳ありません奥様」
「エミリア、二人の時はマリアで良いわよ。公では体裁が邪魔をするでしょうが、こんな時くらい気軽に呼んでちょうだい」
物腰柔らかに微笑むマリアからは涼やかな雰囲気が滲み出ており、嫌みを感じさせるような事は一切ない。
他を良い意味で巻き込むような人物像。誰も憎まず、疎まず、何事に対しても軽んずる事のないそんな性格、風格を醸し出しているマリア。
それに対してエミリアはなんとも言えない劣等感と、微量な熱を帯びた憎悪を胸中に秘めていた。
「私は旦那様と奥様に仕える身、お心遣いの気持ちだけで充分でございます」
「エミリア・・・」
平静を装い、気遣わしげな表情のマリアへと放った言葉はどこか皮肉に満ちている。
そして、ある筈のない将来、未来への嘱望にただ未練がましく獅噛みついている自身に余程嫌気が差しているのだろう、エミリアの目元は靄でも掛かるかのように暗く虚ろだ。
表情は誤魔化せても、目は口ほどにものを言うのは定説だが、どうやらエミリアも例外ではないらしい。
「それでも私達は友人よ。仮に、体裁がそうさせているのだとしたら、私は堪らなく寂しいわ」
「何を仰いますか奥様。身の振り方を考えて行動できる程私が器用に見えますか?」
嘘か真か定かではないが、少しばかりの冗談で場の雰囲気は少し変移したように感じられる。
同時に、マリアへの不信感はより強くなっていった。
性格が変わっても、能天気の割に他者を気に掛ける余裕は何一つ変わっていないマリアが、悪事を働くようには見受けられなかったからだ。
「ふふっ。そうね、無愛想なのも昔から変わらないものねエミリアは」
「そう言う奥様も変わっていないではありませんか、人の気も知らずに・・・」
喉元まで出掛かった言葉をハッとした様子で留まる。痛い所を突かれ、つい対抗してしまうのは誰しも有ることだが、二人の関係性を鑑みるとエミリアの行動は何よりも正しかった。
「良いかけたままじゃ収まりが悪いわよエミリア」
冗談混じりに声をあげるその顔は、先の彼女からは想像だに出来ないほど幼く輝き、在りし日のマリアを彷彿とさせる。
言いたい事、伝えるべき事・・・真実を明らかにする事でさえその表情の前では憚られ、たじろいでしまうエミリア。
そんな本懐を見失いかけそうになっている夢の追想は、半端な所で途切れ暗闇に包まれていった。
ものの顛末を見たくなかったエミリアの願いに呼応するように。