restrain(抱き留める)
やはり、青いドレスは見慣れないようで通行人の視線を一挙に集めてしまう。
視線の先には、花のようなリボンを優雅に揺らし、髪を短く纏めたエミリアがぎこちない様子で佇んでいた。迷子の少女の様に。
「またせて悪いねエミリア。予想以上に主人と話が弾んでしまってね」
「いえ・・・大丈夫です。エドガー・・・旦那様」
「エミリア、旦那様はいらないぞ。屋敷の外に居るんだ、たまには童心に帰って名前で呼んでくれ」
「しかし!」
商業と学業の盛んなオックスフォードは商人や学生が列挙している。そんな雑踏の中叫んだエミリアに、自然と視線が集まる。
「おいおい、痴話喧嘩か?」「何、喧嘩?」「あれ、リーズベルト社のエドガー様じゃない?」沢山の人々達から根も葉もない言葉が飛び交う。そんな人々を制するかのようにエドガーが発する。
「皆様! 今回、リーズベルト社が販売を予定しているこのドレス。この時代には珍しい、落ち着いた配色のドレスでございます」
両手を広げてエミリアが纏うドレスをプレゼンテーションする。流石は一大企業の長だ。あっと言う間に人々の心を掴み、20人ほどだった商人や学生達だったがいつの間にか紳士淑女達までもがエドガーの声に耳を傾けていた。
エドガーの目配せに気付いたエミリアは、壇上の演者よろしく華麗なターンを・・・見せるつもりだったのだが、着慣れないドレスに足を引っかけてしまいバランスを崩す。
「きゃっ・・・」
倒れてしまう寸前のエミリアを、隆々とした腕が抱き留める。
無骨だが、何者をも抱擁してしまう。そんな温かさに包まれたら思わず赤面してしまうのは、必然と言うものだろう。
「どうでしょうか皆様! 紳士は素敵なレディに華を、商人の皆様は店先の華に、学生の皆々様は将来の華へ贈り物として。勿論、我が社の製品は知っての通り良質安価を掲げておりますので、安心してお求めください」
「おお、素晴らしい。ぜひ我が問屋でも取り扱いたいな」「凄い綺麗。ねえ、あれ買って下さらない?」公衆の人々が沸き立つ中、ひそひそとした声に耳が反応してしまうエミリア。
「あの女性は誰なんだ?」「まさか、エドガー様のマダム?」「いいや、エドガー様は実直なお方だ。死別したマダム・マリアの影を忘れる訳ないだろう」「では、雇ったモデルか・・・頗る美人だな」「本当。雪原のお姫様みたい」
また、憶測が飛び交う。
俯いたエミリアの手をとり路地に駆け込む2人。飛び出しそうな心臓を押さえながら、小さな路地の壁にもたれる。
荒い息使いで、エミリアは吐くように言う。
「エドガーも人が悪い。こうなる事・・・分かっていたんでしょう」
「君を宣伝材料に使ってしまって事はすまない。だが、デザインを見た時ピンと来たんだ絶対に君に似合うってね」
「まったく、変な疑いを掛けられたらどうするんです」
首を傾げながら考えるように発言する。
「変な疑いとは何だい」
「だから、その」
言いたかった言葉を寸前で胸の中に収める。何故だか、マリアの顔を思い浮かべてしまった。
色々な想いがぐるぐると廻り、やがて考えるのを止めてしまっていた。
「もういいです」
「エミリア、どこに行くんだ」
「さあ、どこでしょうね」
「マダム・マリアを忘れる訳ない」その言葉が、彼女を駆り立てたのか或いは、思わせぶりなエドガーの態度に腹が立ったのか。いずれにしろ、エミリアは目を背けたのだ。改めて叶わないと思った恋に、自分が犯した罪に。
路地を抜け、オックスフォード・カバード・マーケットの喧騒に紛れたエミリアだったが、予想以上の喧騒で人混みに吞まれてしまう。人が起こす洪水のようなその激流に逆らいながら歩くエミリア。
屋根付きのこのマーケットに来ることを、予想もしていなかったエミリアは見事に迷子になってしまう。迷子の少女の様ではなく、正真正銘の迷子だ。
人混みの切れる中間点に設けられたベンチに腰掛ける。
(イジワル・・・何が華よ、こんな中見つかるわけ・・・)
「おい、もしかしてエミリアか?」
「ベア亭の、ドロスさん・・・?」
視界を遮ってしまう程の大柄な男が話しかけて来た。