暖かな日々は突如として終わりを告げる。
「起立、礼ー。さようならー。」
『さようならー』
初めての顔合わせもこれで終わり。普通授業開始日といっても、委員会と係決めを行っただけだった。グループ交流とかいうのもやったっけ。
........おかしい。何故みんな友達ができているのだ。何故一緒に帰る約束なんかしているのだ。
どうやらみんな先ほどのグループ交流で同じ班だった人と帰っているらしい。私もその人を誘えばいいのだろうか。女子は2人いたな。えーと、確か.....
神谷柚。少し茶色に近い髪色で、ゆったりとしたボブヘアだ。常に柔らかいその物腰と、どこか人を安心させる人の良い笑顔は、ゆたろを思い出させなくもない。同じ出版委員会にも入っていた気がする。
吉本結花。綺麗な茶髪で、染めているのではないかと思う程だ。サイドからたらした長めのポニーテールが印象的である。謎の自信とその堂々とした態度は、誠とまるかぶりである。
声をかけるなら神谷さんの方だろう。何より吉本さんはもう他の友人と帰ってしまったようだった。
「あのー...葦月さん?だよね。」
「ふぁい!?あ、ソウデス!」
びっくりした。びっくりした。突然後ろから声をかけられ不覚をとってしまった。神谷さんだ。変に嚙んだし声は裏返るし…私の印象はこれで地の底へと落ちただろう。
「葦月さん、良かったら一緒に、帰りませんか?」
そんな私の考えなど知る由もなく、神谷さんはそう言った。彼女は天使、いや女神だ。ここまで人徳に溢れた人もそうはいない。ぼっちコースまっしぐらのはずだった私の答えは、決まっている。
「うん!」
ーーー✱ーーー
一緒に帰っているうちに神谷さんについてたくさん知れた。神谷さんには兄がいて、とても優しいこと。意外にもアニメやマンガが好きで、オタクだったこと。小説を書くことも好きで、将来は小説家になりたいこと。
知れば知るほど話題は広がり、私たちは駅まで飽きもせず話し続けていた。
「ねぇ、詩織って、呼んでもいい?名字でさん付けって、変な気がして。」
「やっぱりそうだよね。全然いいよ。私も、ゆ、柚って、呼んでもいい?」
「うん。じゃあ、詩織…早速聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「…?うん。なに?」
な、名前呼びしてしまった…。この葦月詩織の人生12年間…出会ってその1日で名前呼びの相手なんて初めてである。感動している。私は感動している!
なにやら柚は周囲の様子を伺い、私の耳元に口を寄せた。
「その…さっきから後ろをついてきてる人達がいるんだけど…」
「え!?つ、ついてきてる!?不審者!?…ど、どんな人?」
突然の告白に驚きながらもここが商店街であることを思い出す。人目の多いここで何かしてくることは、まずないだろう。
「あ、そうじゃなくて…。多分あの人達、同じクラスだから…。」
瞬間、私はその場の全てを察した。なるほど。どうやら後ろをつけまわしている連中は、不審者ではないらしい。同じクラス…思い当たる団体様は、1つ。
私は踵を返し、その連中と向かい合った。
「なにしてんの。誠たち。」
途端その人影はごそごそと動き、ひょこっと物陰から顔を出した。
「ごめんよ詩織〜。こんなことしちゃって、本当に悪いと思ってるんだよ〜!!」
「…すまん。悪いと…思ってる。でも、誠が…」
「だ、だってしょうがないだろ!?お前、何も言わずに俺達のこと置いていくし…!お、俺は謝んないかんな!」
大体事情は飲み込めた。どこがどうしょうがないのかは一切理解できないし、する気もないが、大方の理解が済んだ。
柚の方に状況の説明をし、理解を得たところで私の準備は完璧だ。
「全員、そこへならえ。」
確かに、私にも非はあったのかもしれない。何も言わずに置いていったというのは、いささか非礼だったと思う。
だが、別に一緒に帰る約束などしていないし、それはストーカー行為をしていい理由にはならない。何より、柚を不安にさせたことが不愉快で仕方がない。
「ゆたろ、竜。提案したのがゆたろ達じゃないにせよ、止めるくらいのことはできたでしょ?何故それをしないの。」
「えっと…その…止めにくかったっていうかー、えーとね!その説明は「ゆたろ。」
「正直に言っても怒らないよ。2人は悪くないんだから。」
ゆっくりと、私は笑顔を浮かべた。これは本心である。どちらかというと被害者である彼らを責める気は毛頭ない。ただ、事情をもっと詳しく知りたいだけなのだ。
もちろんこの笑顔は残った約1名に対する牽制であり、逃げ場逃げ道を共になくすための布石でも有るのだが。
「詩織…!…ごめん!本当は、ちょっと…面白がってました…」
「ゆ、ゆたろ…だけが、悪いんじゃない…!止めなかった…俺も……悪い。」
「いいよ、2人とも。大丈夫。」
計画通りィ…!某天才主人公みたいなことを言ってみたりする。
朝から続くおだやかな天気。暖かい日差しに活気の良い人達。ここの商店街はいつ来ても変わらず暖かい。
変わらないこの商店街は、たまに味気なくなってしまう。もう少し刺激が欲しいのだ。変わらない故に退屈になってしまう。
それはこの商店街だからではない。この日々だって、そうである。変わらないということは実に恐ろしいものだ。
「誠くん、どこに行く気かな…?」
「ひえっ!アッちょっと…ど、ドーナツ食べたいなー!…とか…思ったり…し、て…あ、あははは…」
そんな日々に、この私が1つ、刺激を与えてやろうではないか。もっともそれがどうでるかは、コイツ次第だが。