穏やかな春の日。
日常というのは「常」に早送りの「日」々で日常である。
朝起きたらもう夜。夜寝たらもう朝。こんな日々の繰り返しを日常というのだ。
日常は25回の繰り返し動作で作れる、というが、それは違う。
何度繰り返して変えようとも、変わらないベース、芯の奥の方に潜む何か。それが日常なのである。
しかし「終わってほしくない、ずっとこのままであってほしい」そう思った時点で、それはもう日常とは違う、別の言葉に言い換えられる。
そう。それはもうただの「宝もの」なのだ。
今からその、日常であり、宝ものである日々の話を、スロー再生でお送りしよう―
ーーー*ーーー
私の名前は、葦月詩織。立教中学校に通う中学1年生だ。
今日は珍しいことに雲一つない青空が広がっていて、とても心地が良い日である。
商店街からは食べ物のいい匂いや、活気のある声がきこえてくる。丁度いま始業式の帰りで、お昼を食べていこうという話になったところだった。
「なぁードーナツ買って帰ろーぜ。」
この私のとなりを歩いている彼。彼は日野誠明るく、さっぱりした性格の彼はみんなから好かれる人気者だ。少々自意識が過剰であるところを除けば優しいいいヤツである。
(その実態はただの器用貧乏であるが)
「えー。俺そこの唐揚げ食べたい。」
そして私の後ろを歩く彼。彼の名前は岡田勇太郎。ゆたろの愛称で親しまれている。柔らかい物腰に、笑顔を絶やさない世渡り上手な彼は、天然の人たらし…かと思いきや、割と計算高いところがある、腹黒人たらしだ。
「俺は……どっちでもいい………。」
もう1人、私の後ろを歩く彼。彼の名前は小鳥遊竜。小柄で物静かな珍しいタイプの男子だ。少し変わっているところがあったり、それに無自覚だったり…大人しかったり…大胆だったり…掴みどころがまるでない。
小学校の頃からこのメンバーとは仲が良かった私は、中学校でもこのメンバーと同じ学校、はてまた同じクラスにまでなってしまった
いわゆる幼なじみというやつである。
(腐れ縁とも言う)
「なぁ、お前はどっちがいい?」
「唐揚げだよね!?美味しそうだよ!」
しかしこれからの中学生活、男子とばかりつるむわけにもいかなくなる。女の子の友達を早急に作らねば……。
「いーや!ドーナツだよな!そうだろ?」
それにしてもさっきからするこの匂い、なんなんだろう。やけに美味しそうで、食欲をそそる……そうだ、これは――
「おい、詩織?お前俺らの話聞いてるか?」
「クレープ」
「は?」
「そこのクレープ屋さん、さっきから凄いいい匂いだった。クレープ食べたい。」
「…あのな、俺ら今、ドーナツか唐揚げでモメてたんだk「いいねクレープ!」「え」
「クレープ美味しそう!俺クレープ食べたくなってきちゃったー!」
「クレープ……いいかも………。」
「はぁ!?まじかよお前ら!裏切りか!謀反なのか!?」
約1名不満をこぼしながらも、私達は目の前の喫茶店『Rest』に入った。
中は思ったより狭かったが、流れる音楽が心地いい。この店の経営が気になるところだが人もあまりいなかった。ここなら放課後雑談にはうってつけだろう。
「私はこのチョコレートパフェで。」
「俺はあんみつ抹茶パフェにしまーす!」
「俺は…生クリームストロベリー……。」
「……………。」
それぞれがそれぞれの趣味嗜好に合ったクレープを注文する中、先ほどのドーナツをスルーされたのが余程痛かったのか、 誠はまだ黙り込んでいる。
「早く注文言ってくれない?店員さんも困ってるんですけど。」
「………………。」
……この男は。中学1年生にもなって、ここまで子供の様に拗ねるだろうか。はっきりいってめんどくさい。…仕方がない。不本意ではあるが、店員さんに迷惑をかけるわけにはいかない。ここは私が折れてやらねば。
「さっきは悪かったって。……その、今度はドーナツ、皆で、食べよう。」
「生クリームバナナパフェで」
「切り替え早いなお前!?」
別に拗ねてなんかねーよ、と言うが……絶対拗ねてただろ。めんどくさいオーラがでてんだよ。
心の中で誠をタコ殴り(過剰表現)にしていると、注文したパフェが出来上がったようで、私達は席についた。春の暖かい日差しが心を踊らせ、そよぐ風が頬をくすぐった。胸がふわっと軽くなるような気分だ。
『男子とばかりつるめない。女子の友達を早急に作らねば』
何だかこんなことを思っていたのが馬鹿らしく思えるほど私は、今この日常に、満足したのだった。