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愛するから香りに殺されるんだ  作者: ドラホルモン
9/12

発作

 私は友利からハンカチを返された日の放課後にいつものスーパーに立ち寄った。今日は最後なんだし、奮発して刺身にする予定だ。


買い物をしながら思いが巡る。

そもそも、私が養父母との生活で苦しんだ元凶はお爺様の世間に対する見栄だった。

苦しまなければならないのは私達ではなく、お爺様だ。

一人娘のお母さんを溺愛し保護したかったのも解らないでもないが、その為に何人もの人が不幸になった。


私、お母さん、あの人、友利、そして多分、友利の母親もだ。


だから私は、お爺様がボケてお母さんの幽霊がユリの庭に出ると言いだしたのを利用して、お母さんの幽霊になりすました。





お母さんの部屋は、亡くなった時のそのままの状態になっていた。アルバムにはお母さんが気に入っていたのだろう、オレンジ色のワンピースを着ている姿が何枚か写っていた。あの人の写真が一枚も無いのは、お爺様が処分したに違いない。

洋服もそのままで、クローゼットには写真に写っているオレンジ色のワンピースが掛けらていた。



お爺様には夕方、ユリの庭を散歩する習慣があった。その時間に合わせて私はお母さんのワンピースに着替えて後を追った。


そして、池の対岸からセリフを吐いた。


「お父様、ひどい、ひどいわ……どうして、彼と一緒させてはくれなかったの……」


 お爺様は、顔を歪ませ、時には涙を流しながら言った。


「百合絵……すまなかった。わしが悪かった……許しておくれ……」


 痴呆は不快な出来事が続くと悪化するという。一年も続けると、私を見てお母さんと間違うほど悪化していった。持病の心臓病も悪くなり、発作の薬は手放せなくなっていた。



でも、もういいわ、許してあげる。私は前に進まなくっちゃいけないから、終わりにしましょう。


そう、今日が最後でもう終わりにしてあげる。




帰宅して直ぐに夕飯にした。そうしないと、お爺様は散歩に行ってしまうからだ。

今日の散歩は時間をかけて、ゆっくりしてもらわないとならない。


夕飯後、お爺様はユリの庭に出かけていった。お母さんのワンピースに着替えてすぐに後を追う。


池に着くと、私はいつものように対岸に向かいお爺様に話しかけた。


「お父様、どうして、どうして、私達を別れさせたの?」


「百合絵……すまない……」


 ここまでは今までと同じだ、違うのは池の周囲を歩きながら徐々に距離を縮めていく。


「お父様、どうして、私が死ななければいけなかったの?」


 責めるセリフを吐きながら、ジリジリとお爺様に近づいて行った。


「百合絵……許しておくれ……」


 許しを請う身体は小刻みに震えていた。


「いやよ、許せないわ、絶対にお父様を許さない!」


 お爺様まであと二メートルの所で私は大声をあげた。


「許さないっ、私じゃなくて、お父様が死ねばよかったのよっ!!」


 そして、走り寄り耳元で防犯ブザーを鳴らす。けたたましいブザー音が辺りに響いた。



お爺様の心臓は悲鳴を上げ、大きな発作を起こした。



私は苦しがるお爺様のポケットからピルケースを抜き取り、池の縁にうずくまる背中を押すと、

お爺様の顔面はゆっくりと前のめりに池の水に浸った。

ゴボゴボと空気を吐き出しながらもがき苦しむ高齢のお爺様には、起き上がる体力はすでになく、軽く背中に手を添えるだけで十分だった。


次第に気泡は小さくなり身体がピクリとも動かなくなった事を確認して、ピルケースの中の薬を周囲にばら撒き、空になったピルケースを突っ伏している身体の横に置いた。



ユリが一斉にがザワザワとざわめき立った。フフフッと声が聞こえたような気がした。


池の水面が異常なほど波立っており、声は池の中央付近から聞こえてきたように感じた。

短時間で水面は凪いで、満月が映り込み、反射してユラユラとユリ達を照らしている。




私はその時気づかなかったのだ。満月の月明かりでできた木々の黒い影の中に、潜んでいた更に黒い人影を……。



翌早朝、救急車を呼ぶために庭にお爺様を確認しに行くと、

朝靄の中でユリに囲まれながら、昨晩のままの状態でお爺様は突っ伏していた。


ふっと、池に違和感を感じゆっくりと目を上げた。



靄に煙る池の真ん中になにか大きな塊が浮いている。



首にロープを巻き付けたあの人、友利の父親が、仰向けに浮いていたのだった。



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