贈り物
香織の死体は見つからないようにしなければならない。
俺は丸太のベンチを転がそうと下側に両手を差し入れ一気に力を入れた。意外と簡単に回転して土がむき出しになった。
懐中電灯で照らしながら、家に戻って取ってきたスコップで、草の縁に沿って細長く深く掘っていった。
今夜は月も雲に隠れて暗かったので、農道は真っ暗で街灯もないし人も通らないから、スコップを持ち歩く姿は見られなかっただろう。
穴を掘り終え、横向きに香織を落とすと身体はスッポリと納まった。
土を被せ丸太を元に戻し周囲の草を整えると、元どうりになる。
「スコップはどうしようか……」
いくら、人目に付きにくいといっても持ち帰ると万が一って事もあるし、お爺さんの代わりにユリも植えなきゃならないしな。
俺はスコップを、円形の林の篠竹が一番茂っている場所を選び隠した。
「これで庭は守れたよ、よかったね百合絵さん」
百合絵はユリから出ている靄のような触手と戯れていたが、こちらを向くとニッコリと微笑んだ。身体は光に包まれ辺りをぼんやり照らすほどになっていた。
「満タンになったね百合絵さん、帰ろう」
俺が言うと漂いながら後ろをついてくるのだった。
父さんが死んでから、百合絵さんにはここに来なければ会えなくなるかもしれないと覚悟をしていたが、
どうやら俺に憑いたようだった。
数日後久しぶりに学校に行くと、高杉が校門で待っていた。
昨夜遅くにメールで「明日はいくよ」と送っておいたのだ。
「友利、おはよう、大丈夫か?元気出せよ」
高杉は、いつもより遠慮がちに頭をポンポンと叩いてきた。
「まあ、なんとか大丈夫だよ。心配してくれたんだ?」
「はぁ? あったりまえだろ」
怒りながら言ってから、当然だ!と笑った高杉は真剣な顔に戻して言った。
「そういえばさぁ、香織さん学校に来ていないみたいだぞ、行方不明だって皆噂してるよ」
「え、そうなの……香織さんの家に行ってみようかな……」
「家知ってるの? ……あ、ごめんな、親父さんが亡くなった場所だったな。香織さんの母親が昔の彼女だったんだってな、そこで亡くなるなんて……なんかロマンチックだな」
高杉らしくない発言に俺は思いきり吹き出し、なんで、笑うんだよと怒りながら抱きついてきた。
「俺、今日は部活休みだから一緒に行くよ!
なんか、友利いい匂いがするぞ、なんだろ? 花か?」
「気のせいだろ」
香織の家は鍵が閉まっていて開かなかったので、俺と高杉はユリの庭に正面から入り、ベンチに腰掛けた。
「凄いな、ここ。ユリでいっぱいだ、それよりこの香りで頭が変になりそうだ」
高杉は鼻を押さえた。
池の水面が波立ち、百合絵さんが嬉しそうに舞っている。
(高杉が来たのが嬉しいのかい? それとも、また欲しくなっちゃたのかな?)
「友利は平気なの? この香り、気分悪くなってきたんだけど」
「うん、この香りは好きだよ」
高杉が呟いた。
「香織さん、どこいっちゃったんだろうな」
俺は答えた。
「そのうち会えるよ、きっと」
だってさ、高杉……。
高杉の足首を掴んでいるその手は、香織の手だよ。
そして、後ろから肩に手を置いているのが、母親の百合絵さんなんだよ。
百合絵さんが、後ろから物欲しそうに高杉を覗き込んでるよ、欲張りだね百合絵さん。
俺は、またプレゼントをしなくちゃいけないね…………。
愛し過ぎて得られなかった父さんと百合絵さんとお爺さんは水に溺れ、母さんは水の代わりに自分の血液に溺れた。
そして、欲しくもない百合絵さんの代理の愛をお爺さんから与えられた香織は、ベンチの下で腐っていく……。
俺も同じ、欲しくもない父さんの代理の愛を母さんから注ぎ続けられた。
百合絵さんに魅せられた時点で、俺の脳ミソはすでに腐っていたんだ。
血縁の狭い枠の中で、家族という密閉された空間で香りは熟れ、充満する。
そして、家族という行き場を失った今、香りは外部に溢れ出す……。
その記念すべき始まりが高杉……だ。
高杉は香織を求めて得られなかった。
ならば、死因は溺死にしようと俺は決心した。
最後まで読んで頂いた方に、深く感謝します。ありがとうございました。
続き感を出すために、まさかの高杉落ちになりましたが、いかがでしたでしょうか?
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