首
「友利君、あの日の事を教えてくれないかな」
私は思い切って聞いてみた。
「いいよ」と何でもない事のように友利は言った。
「まずね、ロープをセットしにここに来たんだ。トンネルを抜けたらすぐに防犯ブザーが鳴ったのさ、月明かりで木の影ができていたからそこから見ていたんだ。
香織さんがいなくなってから、俺はロープを柿の木にセットしたんだ。長いロープをくくりつけないで、張り出した枝に引っかけておいただけなんだけどね」
淡々と説明する友利は、感情の無い人形のようだった。
「家に戻ってカレーを作ってたら父さんが出かけたのが分かったんだ。行くんだなって前から予想していたんだよ、消えかかりそうに薄くなっていたし、父さんはソワソワしてたからね。
テーブルの上を見ると、
友利 すまない
夕飯は戻ってから食べるから
ってメモがあったから、友利 すまないって部分だけ残して、下の部分は切り取って捨てたんだ。わかるでしょ? 後で使えるもんね」
(あぁ、それが警察が言ってた遺書のようなメモなのか……それにしても、先程から薄いとか濃いとか友利は何を言っているのだろうか?)
それから友利は、お爺様の傍で立ち尽くすお父さんの首に後ろから忍び寄り、ロープの輪になった部分をかけ、
柿の枝を滑車代わりに強く引っ張った。
その衝撃で池に後ろ向きに飛び込んだ父親を、ロープを手繰り寄せながら引き続け、柿の木の後ろに回り込み、
枝の真下に父親が着いた所で水面から浮かすように力を込めたと話した。
「父さんは、水の中を頭だけ出してボートみたいに進んでいったんだけど、水の中の父さんは浮力があったから軽かったんだけどね、
水面から吊り上げる時は凄く重くってさ、
膝位までしか持ち上がらなかったんだ。
それでも父さんは息絶えたから、そのままロープを木に固定しちゃおうかと思ったんだけど、枝が折れちゃったんだよ。
普通に首を絞めたって、抵抗されたら父さんの力にはまだ勝てないからね」
そんな行動に走るまでに、友利は苦しんでいたのかと思うと無性に可哀そうになり、気づいた時には抱きしめていた。
素直に私の胸に顔を埋める友利を愛おしく思った。
「可哀そうに……辛かったのね……お父さんを憎かったんでしょう」
「憎かったのかなぁ、今はもう、よく分からなくなっちゃたよ……それより、父さんはね百合絵さんへのプレゼントだったんだ」
「お母さんへのプレゼント?」
「百合絵さんは喜んでいたよ、池の真ん中まで父さんを連れていって、抱き締めながら笑っていたよ」
「何を言っているの?」
私は友利の言っていることが全く理解できなかった。
「池の真ん中よく見てみてよ、あれだけ濃くなっていれば香織さんにも見えるんじゃないかな」
友利に促がされ池の中央を見た。
(何もないじゃない、ただ、不自然に水面が波立っているだけで……
…………え? ……何……なにかがいる、オレンジ色の靄のような物が漂っている。
ぁぁあああ、お母さん……だ……)
次第にはっきり見えてくる人型に、抱きしめていた腕が緩んだ。
「ね? 見えたでしょ、この庭とユリ達のおかげで百合絵さんは輝くんだ。だからね、この庭を消しちゃ駄目なんだよ」
オレンジ色のワンピースを着て微笑むお母さんは、内側から発光していてとても美しかった。
私は思わずキレイと呟いた。
息苦しさを覚え自分の首に手をやると、友利の両手が私の首を締め上げていた。
「……ど……どし……て」
声にならない呻き声をあげた。
「姉さんは、庭を売ってしまうと言ったじゃないか」
あぁ…………そ……で……意識が遠のく中で、友利はお母さんに魅せられたのだと気付いた。
あの人にもお爺様にも見えていた。
……そして皆、魅せられていた。
そんな……私がお母さんになりすました事は茶番だったのか……。
「この庭を守る為に相続人の姉さんには、行方不明になってもらわなくっちゃね。
さよなら、姉さん……」
グイッっと友利の手に力が込められた。
私は最後にユリの香りを感じながら、暗闇に落ちていった。