姉弟
四十九日も終わり、私は学校に通い始めていた。友利に会いたかったが見つける事ができなかった。
昼休みに友利の教室に行き、友人の高杉がいたので聞いてみると父親が亡くなってから一度も学校に来ていないという。
「大変なのは分かるけど。スマホに電話しても出ないんだよ」
高杉も酷く心配している様子だった。
家には警察が調べに来た。私の証言もあって、お爺様は心臓発作をおこし薬を飲もうとしたが間に合わず、池に突っ伏してしまった為の溺死という見解だった。
友利の父親は、池に張り出した柿の木の枝で首を吊って自殺したが、柿の木は脆いので枝の付け根から折れてしまい池に浮いてしまったという事らしい。
同じ日の夜に二人の死は不可解だが、後から自殺をしに来た友利の父親が、暗くて対岸付近に倒れているお爺様を、認識できなかったんだろうと警察は結論づけた。ユリの背の高さもお爺様が倒れているのを分かりづらくしていたのだろうという事だった。
そして、遺書めいたメモもあったのだと聞いた。
あの日は満月だった。懐中電灯がいらないくらいに明るかったはずだ。
あの人は本当にお爺様を見つけられなかったのだろうか。
久しぶりに、ユリの庭に来てみた。遅咲きのユリ達が咲き誇っており、高くなっていく気温に比例して香りも濃くなったいた。
夕方の風が心地よく、ユリの香りを攪拌していった。
ベンチに座り、ぼんやりと池を眺めながら、友利を思った。
「友利くんが、私のたった一人の肉親になってしまったわね……」
呟いたその時だった。
左に見える下草の茂みのトンネルからヒョッコリ何かが覗いた。友利の頭だった。
「……あ、こんにちは、……こんばんはかな」
「大変だったわね、大丈夫?」
「うん、香織さんもね……大変だったでしょ」
「そうね、お互いに大変な思いしちゃったわね」
私と友利は目を見合わせて、プッっと吹き出した。
「よかったわ、元気そうで……」
しばらく二人共無言で波立つ池を見ていた。
「不思議よね……この池、風のせいだけじゃないんだろうけど、時々こんなふうに波立つのよね……」
私の言葉が耳にはいらないのか、友利は池の中央をじっと見ていた。
その表情は何かに見惚れているかのように、少し上気している。
「私、この庭を売ろうと思うの」
その言葉に我にかえった様子の友利は、少し強い口調で聞いてきた。
「どうしてなの?」
「そのお金で、私は大学に行きたいの。売れるのには時間がかかるかもしれないけど、方法はあるのよ」
しばしの沈黙の後、友利は残念そうに小さな声で「もう、決めたの?」と聞いてきたので、うんと頷いて答えた。
「今日はどうしてここに来たの?」
しばらく考えた様子の友利は、おもむろに口を開いた。
「薄くなっちゃたんだ……だから、濃くしにきた」
ぶっきらぼうに答える友利は何を言っているのだろうか理解ができない。私が考えを巡らせ黙っていると、先程とは違う落ち着いた口調で言った。
「それよりさ……俺、見たんだ……」
「……何を?」
「あの日……香織さんと、お爺さんを……ここで」
心臓が跳ねた、見られていたんだ友利に……。
「大丈夫だよ、心配しないでよ警察にも誰にも言わないよ。ああしなければならない程、香織さんは辛かったんでしょ?」
「俺も同じだよ……だから、父さんを、ああしたんだ……」
その言葉で私は理解した。あの人は自殺なんかじゃなかったんだと。