使ってみよう!
新入生を対象にした剣術の課題試験はスベイレン中層、北地区にある第五剣術場で行われることになっていた。
新入生達はこの日の為に用意しておいた光子剣を手に、試験会場である第五剣術場へと集まった。
この試験の評価基準は、実戦に耐えうる光子剣を作り上げる事である。
そのため模擬戦とはいえ光子甲冑を着込み、週末の闘技大会さながらの実戦形式で行われる。
模擬戦では勝敗もさることながら、剣の性能も評価の対象になる。
正確に起動するか、効果的にダメージを与えることが出来るか、耐久性は十分にあるか等、使用者の剣術技能も含めて総合的に評価される。
本来、試験で使われる剣は自分で組み上げた物でなければならない。
しかし、実際には自分の作った剣で試験に挑むのは全体の半数もいない。大半の生徒は第三者が作った剣を持ってきていた。
あからさまな不正行為だが発覚しなければ問題ない。市販品で構成されている光子剣を誰が組み上げたか確かめる術などない。
自分で作るよりも専門家が作った剣の方が良いものが出来るに決まっている。ある者はショップの店員に、ある者は研究室に居る先輩騎士に、ある者は名のある武器職人に――制作を依頼して、少しでも良い剣を手に入れようと奔走した。
剣術場に集まった新入生達は、苦労して手に入れた剣を互いに見せ合った。
彼らの中には剣の性能そのものよりも、剣を手に入れるために使った金額を自慢する者も少なからずいた。
青象騎士団寮所属の新入生、バーゼル・タコムもその一人である。
「バーゼル、お前はどんな剣を持ってきたんだ?」
「俺か? フフン、俺の剣は貴様らのとは一味違うぞ」
周囲の仲間たちが注目しているのを確認してから、バーゼルは抜剣した。
スイッチを入れて光子剣を起動する。
錬光石が放つ光が投射口を通り、プリズム状の刃を形成する――はずだったが、
「……? 刃が形成されないじゃないか?」
「バッテリーは起動しているようだな。接触不良か?」
「バーゼル? これは一体どういう……」
刃の無い剣を構えるバーゼルに仲間たちは困惑する。
どよめきの中、静かに呟いたのは黄猿騎士団寮所属ゴードン・ベルナップであった。
「……〈無刃の剣〉か」
彼だけがこの剣の素性に気が付いていた。
訊ねられてもいないにも関わらず、すらすらと〈無刃の剣〉の来歴を語る。
「黒檀に金の縁取り。内蔵されているのは高純度精製された錬光石が一つ。無色透明の錬光石が作り出すブレード色は肉眼で見ることはできない」
「良く知っているな? ゴードン」
「分からいでか。アスタークはこの剣と共に《剣聖》の名を手に入れたと言われている。もっとも、それは偽物だろうがな。本物はアスタークの死後、行方知れずとなっているはずだ」
「偽物言うな! 複製品と呼べ。スベイレン開発部が文献をもとに精巧に作りあげた複製品だ。性能的には本物と寸分たがわぬ出来ばえよ。『剣才無き者はその刃を見る事かなわず、振るうことが出来るのは真の達人のみ』と呼ばれる伝説の一振り――どうだゴードン、貴様には見えるか? この聖剣の剣身を!」
挑発するようにバーゼルは〈無刃の剣〉をゴードンの眼前に突き出した。
「見えるとも、見えるともさ! 目には見えずとも、その錬光の迸りは確かに感じるぞ」
刃の無い剣を見つめ得心したように深く頷くゴードンに、周囲の生徒達が続く。
「言われて見れば、刃の形が見えるな」
「ああ、見える。見えるぞ!」
「これがあの伝説の剣か……」
「まさしく聖剣よな。この佇まいは並の剣では出せまいて」
古今無双の名剣とその持ち主を、新入生達は口々に褒め称える。
「ふふん! スベイレン広しと言えど、これほどの名品を持っているのは俺ぐらいのものだろうさ!」
「……そいつはどうかな?」
得意げに鼻を鳴らすバーゼルを嘲弄したのは、やはりゴードンであった。
「驕るなよ、バーゼル。聖剣に選ばれし者は貴様だけでは無い!」
「何だと? ま、まさかゴードン、……貴様ッ!」
ゴードンは懐から剣を取り出し、バーゼルの眼前に突き付けた
黒檀に金の縁取り――バーゼルのものとそっくり同じのその剣は、
「〈無刃の剣〉! では、お前も……」
「開発部に頼んで作ってもらった!」
「29800カラットか!?」
「60回払いさぁっ!」
絶叫するゴードンの目頭にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「おかげで、ここ三日ほど碌なものを食って無ぇ!」
「俺もだ! パン切り包丁貰っても、パンを買う金が無ぇ!」
29800カラット――帝国市民の平均収入に匹敵する金額は、学生騎士にとっても決して安い買い物では無い。
聖剣を手にした代償はあまりにも高かった。ローン持ちの聖剣使い達は、凄絶な笑みを浮かべにらみ合う。
「……かくなる上は、勝負だ! ゴードン!!」
「望むところよ! どちらが政権の使い手に相応しいか模擬戦で決めようではないか!」
模擬戦で雌雄を決することを誓い合った丁度その時、
桃兎騎士団寮長エルメラ・ハルシュタットが、剣術道場に姿を現した。
背後には二人の男たちを従えている。同じく桃兎騎士団寮のリドレック・クロストとヤンセン・バーグである。
上級生たちの突然な訪問に新入生達は色めき立つ。彼女達は騎士学校でも指折りの名士だ。剣術道場、それも新入生の模擬試合の場にわざわざ足を運ぶなどあり得ないことであった。
「エルメラ様!?」
騒然とする道場を横切り。一人の女生徒がエルメラの元へと駆け寄った。
桃兎騎士団寮の新入生。メルクレア・セシエである。
「こんなところに一体、何しに来たんですか」
「アンタたちの様子を見に来たのよ。決まっているでしょうが」
「それでわざわざ?」
「この間、寮長室の前で大騒ぎしてたでしょう? 心配になって見に来たのよ」
「もーっ! エルメラ様は過保護すぎっ!」
授業参観みたいで恥ずかしかったのだろう。寮長の前でメルクレアは真っ赤になって膨れる。
その横では同じく新入生のシルフィ・ロッセが、リドレックと話し込んでいた。
「リドレックさんまで来て下さったんですね」
「……暇だったからな」
「これから模擬戦なんですけど、何か注意しなくちゃならないことはありますか」
「怪我だけにはくれぐれも注意してくれ。闘技大会でもないのに、対戦相手を病院送りにでもしたら後々面倒だ」
「……私たちの怪我の心配はしてくれないんですね」
これから始まる模擬戦について話しているようだが、あまり効果的な助言は得られなかったようだ。
「どんな剣を作ったんだ? 見せて見ろ」
「これです」
ヤンセン・バーグは、新入生がどんな剣を持ってきたのか興味があるらしい。
ミューレ・エレクスから剣を受け取り、品定めを始める。
「安物の部品で組んであるが、なかなか良い出来ばえだな。配線もまとめてあるし、ハンダ付けした後もある――お前達が組み立てたのではないな?」
「……わかりますか?」
「大方、売れ残り品の寄せ集めをセット買いして店員に組み立てさせたのだろう? まあ、授業の課題ならばこのくらいで十分だろう。調整次第ではそこそこ使えるようになりそうだ。投射口の角度設定をもうちょっと……」
そう言いながら、ヤンセンは光子剣の調整を始めた。
桃兎騎士団寮の面々を剣術場にいる新入生達が注目する。
新入生の中でも桃兎騎士団寮の三人は何かと目立つ存在だった。
開幕戦で華々しいデビューを果たした彼女たちは、新入生の身でありながら既に公式戦での出場経験がある。
他の新入生達よりも一歩、先を行く彼女たちは、常に周囲からの注目を集めていた。
そして今日もまた彼女たちは、最高の環境に居ると言うことを他の新入生達に見せつけていた。
親身に世話をやいてくれる寮長が居て、最強の騎士の指導を受け、最高の技術者が整備した剣を持つ――それは伝説の剣を持つことよりも、価値あることのように見えた。
「……ゴードン、今日の所は、勝負は預けた」
「いきなり何だ? まさか臆したのではあるまいな?」
「俺はあの女と戦う」
バーゼルの嫉妬と羨望の入り混じった視線の先には、上級生達と楽しそうに語らうメルクレアが居た。
◇◆◇
エルメラたちが到着して程なく、模擬戦が始まった。
生徒達が持ち込んだ剣には、闘技会の時と同じようにフィルターが掛けられる。さらに生徒達は闘技会同様に光子甲冑を着込んでいた。安全対策は万全である。
剣技教官が見守る中、生徒達は順番に対戦してゆく。
新入生たちの実力はまちまちであった。幼いころから剣技を学んで既に段位を取得している者も居れば、剣を持つのが初めてという素人までさまざまである。
実力に差があるので丁々発止の斬り合いなどは見ることはできないが、いずれも若さあふれる気合の入った試合ばかりであった。
やがてメルクレアの順番がやって来た。
対戦相手はバーゼルである。並び順を巧みに操作し、目論見通りメルクレアとの対戦にこぎつけることが出来た。
闘う前であるにも関わらず、バーゼルは勝利を確信していた。
幼いころから剣術道場に通っていたバーゼルは剣術の腕にはいささかなりとも自信がある。
そして、掌中には〈無刃の剣〉がある。
伝説の聖剣は手にしただけで持ち主に勇気を与えてくれる。
全身に気合をみなぎらせ、バーゼルはメルクレアに対峙する。
「構え!」
審判の合図と共に、二人は抜剣する。
「……ええと」
バーゼルが掲げる〈無刃の剣〉を見つめ、メルクレアが小首をかしげる。
「あなた、本当にその剣でいいの?」
怪訝そうな表情で、メルクレアはバーゼルに訊ねる。
その瞬間、バーゼルは勝利を確信した。
彼女はこの剣が――剣才無き者、見る事かなわずと言われる〈無刃の剣〉の剣身を、見ることが出来ないのだ。
「構わんぞ。さあ、どこからでも打ち込んで来い!」
「それじゃ遠慮なく。……えい!」
会心の笑みを浮かべるバーゼルにメルクレアが襲い掛かる。
可愛らしい声と共に繰り出される上段攻撃を受け止めようと〈無刃の剣〉を頭上にかざす。
しかし29800カラットの剣はバーゼルを守ってはくれなかった。
メルクレアの剣は〈無刃の剣〉をすり抜け、バーゼルの頭部に突き刺さった。
「あれっ!?」
刃引きされた剣であっても、防具の上からであっても――殴られればそれなりに痛い。
ヘルメット越しに伝わる衝撃に、バーゼルは意識を失った
◇◆◇
教官たちに抱えられ、試合場から運び出される新入生の姿をリドレックは無言で見送った。
幸いなことに、新入生の怪我は大したこと無いようだった。
試合場に残っているのは、困惑した様子のメルクレアだけだ。あまりにもあっけなく勝負がついたので、勝利を実感できないのだろう。
彼女の足元には一振りの剣が転がっている。
黒檀に金の縁取り――バーゼルが倒れた時に取り落とした〈無刃の剣〉だ。
主を失ったその剣を、リドレックとヤンセンは冷ややかな視線で見つめていた。
「あの剣、作ったのヤンセンさんでしょう?」
「ああ、そうだ。よく気が付いたな」
「そりゃ毎年のことですから」
今更隠すつもりもないらしい。ヤンセンはあっさりと認めた。
スベイレンでは毎年のように新入生達を騙して偽物の剣を売りつける、聖剣詐欺が横行していた。
詐欺集団の中心となっているのがヤンセン率いるスベイレン技術開発部。予算難にあえぐ彼らにとって、聖剣詐欺は良い小遣い稼ぎであった。
新入生たちは彼らにとって絶好の鴨だ。世間知らずで、武器を見る目もなく、大金を持っている。身ぐるみはがされ貧乏生活を余儀なくされる新入生が続出するのは毎年の事であった。
これもまたスベイレンでは季節の風物詩であった。
「あれって、中身はただのガラス玉なんでしょう?」
「そうだ。錬光石を透明になるまで高度精製する技術なんてあるはずないだろう」
ちょっと考えればわかりそうなものだ――見えない剣なんて作れるはずがない。
それでも騙される者が後を絶たないのは、やはり聖剣だからなのだろう。
『剣才なき者、見る事かなわず』と言われれば、大抵の人間は見えて無くとも見えると言いはるしかない。
いつの時代でも、どこにでも、裸の王様はいるのだ。
「ひっでーよな。いたいけな新入生騙して、偽物の剣売りつけるなんて」
「騙される方が悪い。錬光石とガラス玉の区別もつかないような愚か者に、真剣なんぞ渡したらどうなるかわかったもんじゃない。まあ、新入生共にはいい勉強になったろう。授業料だと思えば安いもんだ。俺も研究費を稼ぐことが出来たし、万々歳だ」
「……それで、後始末はどうするのよ?」
悪びれもせずに高笑いするヤンセンの背後から、エルメラの押し殺した声が聞こえてきた。
「偽物の聖剣売りつけた上に、怪我までさせたのよ。絶対、このままじゃ済まないわよ。どーすんのよ、誰が後始末すんのよ!?」
どうもこうもない。
寮生達が不祥事を引き起こせば、後始末をするのは当然のことながら寮長の役目だ。
ありったけの敬意をこめて、ヤンセンは言った。
「よろしく頼むぞ、寮長」
「あっさり言うな! すこしは反省しろ!」
「来年もよろしく頼むぞ、寮長」
「来年もやる気!?」
かくして、スベイレンの聖剣伝説は続いてゆく。