相手の目を見て話しましょう
「……何やってんだよ、お前?」
スベイレンに戻ったライゼは、再び総督府に呼び出された。
面接の結果は既に総督の耳に入っていたらしい。総督は当然のように不機嫌であった。
「面接官を殴り飛ばすだなんて前代未聞だぞ!? 大事に至らなかったから良かったものの、取り返しのつかんことになったらどうするつもりなんだ!」
「いや、だって本気でかかってこいって言うから……」
「そんなの真に受けるなよ! 手加減するだろう、普通。いるんだよなーこういう奴! 『面接には普段着で来てください』とか言われてホントに普段着で来ちゃう奴! 社交辞令を真に受けるなよ!!」
「いや、そう言うのとはちょっと違うでしょ。……大体、何なんですか、あのブラック騎士団!」
カビ臭い精神論に時代遅れの設備、口先だけ達者な現役騎士。
はじめて会いまみえた現役騎士の姿は、ライゼの思い描いていた騎士像と大きくかけ離れたものであった。
「何だってあんなに弱っちぃんですか? 仮にも現役の騎士でしょう?」
「騎士制度改革以前の伝統的な騎士団なんて、何処もあんなものだぞ? 平和な時代が続いたからな。今時、実戦を経験している騎士なんてほんの一握りだからな。むしろ、毎週のように闘技会で戦っているお前達の方が実戦慣れしているんじゃないか?」
現役騎士の実態を知ったライゼは愕然とする。
質の低下が問題視されていると言う話は聞いたことがあるが、まさか、これ程とは思っていなかった。
一方、総督は気持ちの切り替えが早かった。気落ちした様子のライゼを励ますような調子で声をかける。
「まあ、過ぎたことは仕方がない。気を取り直して次の仕官先を探そう」
「次はもうちょっと、穏やかな職場をお願いします」
「わかったわかった。要するに、温めの机仕事がしたいと、そう言うわけだな? ……ったく、だったら始めっからそう言えよ」
「……何かひっかかる言い方だな」
ぼやきながらもランドルフ総督は、次の仕官先を紹介してくれた。
メモ用紙に走り書きをすると、そのままライゼに向かって差し出す。
「ほら、次はここに行け。ここならばお前のご希望通り、思う存分デスクワークができるだろう」
◇◆◇
翌日、身支度を整えたライゼは前回同様、ハイヤーを呼び談話室へと向かった。
談話室には前回と同様、先客がいた。
今回は二人。ヤンセン・バーグとミナリエ・ファーファリスという珍しい取り合わせだ。
二人の前にある長テーブルは大量の紙片で埋め尽くされていた。
何やら書類仕事をしているらしく、絶望的に取り散らかったテーブルの前で二人は黙々と作業を続けている。
「……何やってんだ、お前ら?」
訊ねるが、二人は答えてくれない。
このままではお茶を飲むこともできない。取り敢えず自分の場所を確保しようとテーブルの上に散らばった紙片のかたづけにかかる。
ヤンセンの傍らに散らばる紙片を取り上げる。紙片の正体はインボイス貼りの封書であった。宛先は『カンネル兵器工房』『ハイランド帝国国営軍事工廠』『アグリアス王国国営研究所』と、どれも帝国内でも名の通った企業や研究所であった。
「仕官の招聘だよ」
封筒をしげしげと見つめていると、ここでようやくヤンセンが口を開く。
「最近、仕官の話が多くてな。一応、公式文章だから寮長を通してから出ないと中を見ることもできないのだ。部屋まで持って帰るのが面倒なので、ここで開封しているのさ」
「……すごいな」
ヤンセンは優秀な研究者であると同時に、腕利きの技術者でもある。既にいくつもの研究結果を発表し、学界でも高い評価を得ている。
彼くらいになると仕官先から招聘の要請が来るようになる。ライゼのように就職活動で方々を飛び回るようなことはしないのだ。
「まったく、羨ましい限りだ。こんなに誘いがあるなんて、よりどりみどりじゃないか」
「ところがそうでもないのさ」
珍しく謙遜しているのかと思ったが、そうでもないらしい。
冴えない顔でヤンセンは深々と溜息をついた。
「数だけはあるのだが、条件の合う所となるとなかなか見つからん。企業が求めているのは低コストで、すぐに結果が出て――何より金になる研究だからな。組織の言いなりになって、くだらない研究に時間を費やすなんて御免だからな。好きな研究を予算無制限でやらせてくれる職場があれば、すぐにでも飛んでゆくのだが」
「そんな都合のいい話があるもんか」
「そんなことは分かっている。わかっているからこそ、こうして慎重に選んでいるのではないか。……いっその事、自前の工房でも構えてしまおうとも思うのだが、独立してやっていくには先立つものが無ければならん。この学校には研究に必要な機材も揃っているし、闘技大会で研究結果を発表することもできる。もうしばらくの間はこの学校で地道に研究を積み重ねていくしかないのだろうな」
理系学生といえども、就職活動は楽なものではないらしい。
進路に悩んでいるのが自分だけでないことを知り、ライゼはなんとなく勇気づけられたような心持になった。
「そっちは何だ?」
次に、ミナリエの正面に積み重ねられた紙束を一つ掴む。
ノートサイズの大きさの台紙をめくると中には一枚の写真が収められていた。
どこかの写真スタジオで撮影した物らしい。正装した紳士の立ち姿を写し取ったこの写真は、
「見合い写真?」
「……ええ」
そこでようやくミナリエは顔を上げた。
見合い写真の影に隠れていたその顔は、心なしか疲れているように見えた。
「実家から大量に送り付けて来たんです。まったくもう! 夏休みに帰省した時にまだ結婚する気なんてないって言ったのに……」
貴族の子女にとって、結婚は一大事である。
これもまた、就職活動と言えなくもない。
「まあ、何というか……大変だな」
「ええ、それはもう大変ですよ。断っているのに次から次へとやって来るんです。しつこいったらありゃしない」
「見合いを断るくらい簡単ではないか?」
うんざりとした表情のミナリエに、不思議そうな顔でヤンセンが訊ねる。
「簡単じゃありませんよ。断りの返事を書くのも一苦労ですよ。先方の失礼にならないように、色々と気を使わなければいけませんし」
「そんなふうに思わせぶりな態度をとるから相手も食い下がってくるのだ。後腐れ無いようきっちりと断ればいいんだ。エルメラ寮長のように」
「いや、あれはさすがにちょっと……」
「……何の話だ?」
唐突に出て来た寮長の名前に困惑していると、二人は笑いだした。
「何だ知らないのか? 酔っ払って見合い相手を蹴り飛ばした話!」
「先月の事何ですけど、ハルシュタット家主催のパーティーがあったんです。そこに皇室の外戚に当たる方がお見えになっていたんです。独身で家柄も申し分ないので急遽、見合いの席を設けようって事になったんですよ。で、いざ引き合わせようとした段階で、寮長は既に出来上がっていたらしくて……」
「……ああ、成程」
寮長の酒癖の悪さは桃兎騎士団寮では有名である。
闘技会の打ち上げでは、彼女のせいでいつも大騒ぎになる。ライゼも被害者の一人だ。
「ハルシュタット家を通じてエルメラ様には方々から見合いの話があったのですが、この一件を境にはぷっつりと消えてしまったそうで……」
「何やってんだ、あの人は……」
よりにもよって皇室関係者を足蹴にするとはとんでもない不敬である。
ハルシュタット家の人間でなければ監獄送りにされている所だ。
「あの歳で嫁き遅れ決定か。ハルシュタット銀行もとんでもない不良債権を抱え込んだもんだ」
「いくらお金持ちでも、お婿さんまでは買えませんものね」
「お前ら、上手い事言ってんじゃねぇよ。寮長に失礼だろうが」
不謹慎な事を言う二人を諌めるが、そう言うライゼの顔も笑っているのであまり効果は無い。
とうとう三人揃って吹き出した所で、談話室の正面にある寮長室のドアが開いた、
「……あんた達、聞こえてるわよ」
ドアの前で仁王立ちになってエルメラ寮長の顔は恐ろしく不機嫌そうであった。
◇◆◇
今度の面接相手である黒薊騎士団は、結成からまだ半年しか経っていない新設の騎士団であった。
軍備縮小が進む帝国国内において、新たに騎士団が発足するのは非常に稀な事と言える。この稀な機会を何としてでもものにしようと、ライゼは意気込んで面接に臨んだ。
「いや、ようこそいらっしゃいました」
担当の面接官は初老の紳士であった。
第一印象は好感触であったらしく。前回のように威嚇してくるようなことも無く、面接官は穏やかな笑みを浮かべ対応してくれた。
「まさかあなたのようなお若い方がお見えになるとは思いませんでしたよ。いや、実に心強いです」
「……はあ」
和やかな空気の中で進む面接に、ライゼは戸惑いを感じていた。
黒薊騎士団本部に到着してまず驚いたことは、そこが何の変哲もない雑居ビルの一室であったことだ。
いくつものテナントが入った雑居ビルの一室は、面接のために特別に用意されたものでは無く騎士団の本部なのだそうだ。
決して広いとは言えないが、パイプ椅子とスチール机だけのオフィスはその広さを持て余すほどに閑散としていた。
何より不可解なのは、面接官以外に人がいないと言う事だ。
騎士団本部とは、言って見れば軍事基地である。戦闘員である騎士の他にも多数の文官を抱えているのが普通である。
「……あの、他に騎士団の方は?」
「私一人しかおりません」
ライゼの質問にきっぱりと、面接官は答えた。
「我が黒薊騎士団は少数精鋭なのです。選りすぐりの精鋭なのです。」
「…………」
快活に笑う面接官を前にライゼは沈黙する。
――二人しかいないのに、一体どんな仕事をしろと言うのだ?
「それで、ここではどの様な業務をするのでしょうか?」
「あなたにはここで、騎士団史の編纂を行っていただきます」
「騎士団史、……ですか?」
「左様。栄光ある薊騎士団の歴史を余すことなく記録し、後世に伝える重要かつ名誉あるお役目です」
「……この騎士団ができたのは何時でしたっけ?」
「来月で丁度、半年になります」
「…………」
再び沈黙。
――設立して半年の騎士団の歴史の、何を記録しろと言うのだろう?
「それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「ハイランド帝国百科事典、全三十巻を写本していただきます」
どん、と言う重苦しい音と共に、面接官は分厚い百科事典をテーブルの上に叩きつけるように置いた。
ハイランド帝国百科事典の第一巻はそのまま鈍器として使えそうな重量を持っていた。おそらく、残りの二十九巻も同じだけの分量があるのだろう。
「…………」
三度、沈黙。
――これは、仕事と言えるのか?
「期限とかは特に決まっていないので、のんびりとやってください。紙はこちらでご用意しますが、ペンとインクはご自分でお願いします――他に何か質問はございますか?」
「……もう、帰っていいですか?」




