お辞儀は斜め45度
「まあ、そう固くならず、楽にしたまえ」
などと言われて素直にくつろぐことが出来るほど、ライゼ・セルウェイは図太い神経は持ち合わせていなかった。
ここはスベイレンを統括する総督府である。
豪奢な建物も贅を凝らした内装も、全ては主であるスベイレン総督の威光を見せつけるためにある。執務室に並べられた調度品の数々は、招かれた客人たちに安らぎを与えてはくれなかった。
そして、ライゼの対面に座る相手こそがスベイレンの長、アルムガスト・レニエ・ランドルフ総督である。
「いきなり呼び出してすまなかったね。迷惑では無かったか?」
「いいえ、そのようなことは御座いません」
「しかし、君は桃兎騎士団寮で監督生をやっているのだろう? 学校生活に加え後輩たちに指導しなければならない立場だ。何かと忙しいのではないのかね?」
(……そこまでわかっているなら呼ぶなよ)
などと思っていても、口には決して出さない。
スベイレンにおいて学生騎士と総督は主従関係にある。急な呼び出しであっても、最優先で主君であるランドルフ総督の元へと駆けつけなければならない。
騎士学校の生徒達にとって総督からの呼び出しは度々ある事であった。
同寮のリドレック・クロストも、総督に頻繁に呼び出されていた。主君の特権を振りかざし、いろいろとこき使われているようだった。
やんごとなき方々は何事においても勿体をつける気質があるらしく、要件を切り出すにも時間がかかる。前置きのつもりなのか総督は当たり障りのない世間話を始める。
「最近どうなのかね、学校生活の方は?」
「問題ありません。学業に、修行に日々邁進しております」
「闘技大会の方はどうかね?」
「おかげさまで好調です」
「寮の生活はどうかね? 仲間たちとうまくやっているかね?」
「つつがなく」
世間話の相手として、ライゼは全く不向きであった。
愛想が無い上に口下手であるため、とにかく話が続かない。
「進路についてはどうなっているのかね? 聞くところによると仕官先を探すのに随分と難儀しているそうではないか?」
「ええ、まあ。芳しくありません」
どこから仕入れて来たのか、ランドルフ総督は仕官先探しに苦慮していることを知っていた。
「世間ではこういうのを『就活』と呼ぶそうだね? いや、私のような貴族には縁の無い話なのでね。実に興味深い」
いかにも興味津々といった表情でライゼに訊ねる。
帝国貴族として生を受け男爵の位を受け継いついだラングストン卿にとって、就職活動などといった物は無縁の存在だろう。
就職活動で悪戦苦闘する学生騎士の姿は道楽貴族にとっては新鮮に映るらしい。茶飲み話を盛り上げるのに持ってこいと言うわけだ。
「それでこれが履歴書というものか。ふむふむ、意外と手の込んだものなのだね。」
ご丁寧に、ライゼの履歴書まで用意していたようだ。
貴族間の公式文書は紙面で、なお且つ直筆でなければならない。
履歴書も同様である。保管用に学生課に提出した履歴書をランドルフ総督は書いた本人の目の前で読み上げてゆく。
「ライゼ・セルウェイ。二十二歳。桃兎騎士団寮所属の七回生。……七年も在籍しているのかね?」
「……はあ」
通常の学校と違い、スベイレンでは卒業と言うものは存在しない。
仕官先が決定を以て『卒業』となり、仕官先が見つからない限り何年も『留年』し続けなければならない。
騎士学校における在籍年数の平均は四年から五年。早ければ二、三年の内にこの学校を卒業してしまう。
在籍年数七年のライゼは騎士学校の中でも古参の部類に入る。だからと言って特段偉いと言うわけでもない。同期の仲間たちが仕官先を見つけ次々と卒業してゆくのを見送り、新入り達と一緒に学校に通うのは見っとも良い物ではない。
「以前所属していた橙馬騎士団では監督生として騎士団寮優勝に寄与。現在所属の桃兎騎士団寮においても監督生に就任し後進の育成に励んでいる、と――まったく、非の打ち所がない経歴ではないか!」
感嘆するように言うと、総督は手のひらで履歴書を弾いた。
「これだけの成績であるにも関わらず、未だに仕官先が見つからないと言うのはどういうことなのかね? 何か事情があるのだろうか?」
心の底から不思議そうに尋ねる。
聞きようによってはとても失礼な質問であったが、彼の疑問も理解できる。幾分ためらった後、ライゼは口を開く。
「それは、私の家柄が問題になっているのだと思います」
「家柄? いや、しかし君の父上はハスラム大公国の男爵なのだろう?」
総督は再び履歴書に目を通した。
「帝国筆頭貴族のハスラム公爵にお仕えしているだなんて、申し分ない家柄ではないか? 仕官の妨げになるとは思えんが?」
「男爵家と言っても、私は三男です。家督は長兄が継ぐことになっていますし、次兄は僧籍に身を置いておりますので……」
「ははあ、それで君は家を出て騎士になる道を選んだ、と言うわけだね。成程」
貴族社会では後継者争いを防ぐため、長男が家督を継ぎ、次男は出家することが慣例となっている。
三男以降ともなると継承できるような財産は回ってこない。商家に丁稚奉公するか騎士修行に出るなどして自分で食い扶持を探すしかないのだ。
実質的な権威は無いとはいえライゼは男爵家の息子である。三男坊の彼にも貴族社会のしがらみはついて回る。
「末席とは言えセルウェイ家は公国の貴族です。他家の騎士団に仕えるとなると、何かと不都合が出てくる。採用してくださる騎士団もおのずと限られてくると言うわけでして……」
「しかしだね、それならばハスラム公国の騎士団に仕官すればよいのではないかね? お父上の伝手を使えば、騎士団入りなど簡単ではないのかね?」
「男爵家にそれ程の影響力はありませんよ。それに、ハスラム公国は財政難です。騎士を増員できる余裕など在りません」
「つまり、君自身には何の落ち度は無いと言うわけなのだね。成程成程。うん。わかった、わかりました」
何がわかったのかは知らないが――取り敢えず納得したようだ。
しきりにうなずくと、総督はいよいよ本題を切り出した。
「要件と言うのは他でもない。君の仕官先探しに手を貸そうと思っているのだよ」
「はあ?」
「君も知ってのとおり、騎士の仕官先は年々、減少傾向にある。帝国国内でも軍縮スベイレンでも仕官先が見つけることが出来ず騎士学校を中退してゆく者達が後を絶たない」
総督の言葉にライゼは頷いた。
何年も就職活動に奔走しているライゼは年を追うごとに厳しくなってゆく雇用情勢を肌身に感じていた。志半ばでこの学校を去って行く学友たちを見送るたびに、ライゼは自身の将来に不安を感じていた。
「これは騎士学校の存在意義を揺るがしかねないゆゆしき事態だ。そこで、だ。スベイレン総督である私自ら、学生諸君らの就職活動の支援を行うことにしたのだよ」
「……それはつまり、推薦状を書いていただけるのですか!?」
「もちろんだとも。推薦状を書くくらいお安い御用だ」
身を乗り出して詰め寄るライゼに、総督は朗らかに微笑んで見せた。
「他にもいろいろと便宜を図ることが出来ると思うよ。こう見えて私は顔が広い。採用条件に希望はあるかね?」
「特にありませんが、やはり槍働きこそが騎士の誉。戦場の第一線で働きたいと思います」
「前線配備が希望と言うわけだな? うん、わかった。まあ、任せておきたまえ。仕官先の一つや二つ、すぐに見つけて見せるさ」
◇◆◇
総督の言う通り、仕官先はすぐに見つかった。
翌日にはライゼの元に先方の騎士団から連絡が届いた。総督の書いた紹介状はかなりの効力のものであったらしい。先方からはすぐにでも面接がしたいと申し出てくれた。
一も二も無く応じると、ライゼは慌てて身なりを整える。華美ではないが地味でもない――所謂リクルートスーツに着替えた。
携帯端末で飛光船の時刻を確認してからハイヤーを呼ぶ。正装でトラムに乗って移動するわけにもいかない。
ハイヤーが到着するまでの間、お茶でも飲もうとライゼは談話室へと向かった。
「あれ? ライゼさん」
寮長室前の談話室には来客者に備えて常時、お茶とお菓子が用意されている。
甘いもの好きのサイベル・ドーネンは、今日もお気に入りのチョコチップ入りスコーンを頬張っていた。
「どうしたんだよ、そんな格好して。どっか行くの?」
珍しく制服以外の格好をしているライゼに、サイベルが訊ねる。
リクルートスーツを砂糖菓子で汚されてはかなわない。サイベルからやや離れた位置に座ると、自分の分の茶を煎れた。
「ちょっと、バルベスまでな」
カップに茶を注ぎながらライゼは答える。
自覚は無かったが少々、浮かれていたようだ。聞かれてもいないのにライゼは、面接が決まったことを自慢し始める。
「就職活動だよ。騎士団の面接があるんだ」
「面接? 面接って、何するの?」
「面接は面接だ。人事担当者と会って話をする、それだけさ」
実際、面接と言ってもやることはほとんどない無い。
仕官に必要な資料は既に先方に提出しているし、今回はランドルフ総督の紹介状もある。
ここまで来たら実質、採用は決まったも同然である。面接はただの顔合わせに過ぎない。
「やることは簡単な確認作業だ。契約内容と仕官の意志を確認して、お互いに問題なければ採用決定ってわけさ」
「へえ、随分と簡単なんだな」
「面接まで話を持っていくのが大変なんだよ」
在籍二年のサイベルには、就活の苦労が理解できないようだ。事も無げに答えるサイベルに向かってライゼは就活生の苦労を訥々と語り始めた。
「まず、新人騎士を募集している騎士団を探さなくちゃならない。騎士団の募集なんて求人誌や職業紹介場で見つけるようなもんじゃないからな」
「じゃあ、どうするのさ」
「こちらから売り込みに行くさ。この学校には闘技大会を見に来る貴族たちが頻繁にやって来る。そういった上流階級の人たちが開くパーティーとかお茶会とかに出席して、情報や人脈をつかむのさ。それから騎士団関係の貴族に頼んで紹介状を書いてもらうんだが、これがなかなか難しい」
事は社交界の信用に関わる話である。どこの馬の骨とも知れない学生騎士に、紹介状を書いてくれる貴族は少ない。
「今回は総督が紹介状を書いてくれたので、俺も長いこと就職活動をやっているが、面接までこぎつけることが出来たのは今回が初めてだよ」
「でもさ、それって何だかズルくね?」
「別にズルくは無いだろう?」
ようやくのことこぎ着けた面接に言いがかりをつけられ、ライゼは口を尖らせ反論する。
「社交性だって就職に必要なスキルだし、人脈だって立派な財産だ。利用できるのならば」
「いや、だってさ、要するにこれってコネで騎士団入りするってことだろ? そんなだったら始めっからコネのある貴族や騎士の子供は有利じゃん。俺みたいな平民は不利じゃん。そんなのズルいじゃん!」
僻み根性丸出しであったが、サイベルの指摘はもっともであった。
騎士制度改革により表向き騎士の世襲は禁じられているが、騎士の子弟の多くが爵位を継承しているのが実情であった。
これは身分に囚われず広く人材を集めると言う騎士制度改革の本来の目的から大きく逸脱する行為である。
学校内でも平民出身と貴族、騎士出身の騎士学生達との間に大きな溝が出来ている。貴族出身のライゼは意識したことは無いが、平民出身のサイベルは出自による差別をかなり気にしているようだ。
「この学校は騎士になるための学校だろう? 闘技大会で命をかけて戦うのも、騎士団からスカウトされるためだ。それなのに、コネで騎士になれるんだったら、この学校でやってることは何なのさ」
やってられない、とばかりに吐き捨てると、サイベルは深いため息を吐いた。
「結局さ、人生なんて出自や運で決まっちまうんだよな。……俺も貴族の家に生まれたかったな。ラルクさんみたいな、帝国直参の大貴族の家に」
「俺は商人の家に生まれたかったよ。お前の家のような金持ちの家にな」
拗ねた眼つきで呟くサイベルにライゼが言った。
不況下の天空島ににあって台頭してきたのが交易商人たちであった。地上との交易で財を成した彼らは、没落してゆく貴族達を凌ぐ権勢を築こうとしている。
中でもサイベルの実家であるドーネン商会は、帝国経済を左右するほどの存在になりつつある。一人息子のサイベルは
大商人の一人息子であるサイベルをうらやましく思うと同時に、その立場を捨てて騎士を目指す彼の事が憎らしく思えて来た。
「ドーネン商会のお坊ちゃまなら就活で苦労なんてする必要ないもんな。これからは商人の時代だ。今からでも遅くは無い。騎士修行なんてやめて、実家に戻って稼業を継いだ方がいいんじゃないのか?」
「商人だって楽じゃないんだぜ」
羨むライゼにサイベルがすかさず言い返す。
「商人といっても所詮は平民。貴族や騎士の気分次第でどうとでもなっちまうんだ。この世界を支配しているのは、なんだかんだ言っても王族や騎士と言った貴族階級なんだから」
「そういうもんかね」
「そういうもんさ」
サイベルが貴族の苦労を理解できないように、ライゼもまた商人の苦労を知らない。
無い物ねだりで互いを羨んでも詮無い。
二人そろって肩をすくめ、話を切り上げたところで、
「ライゼさん!」
廊下の向こうからラルク・イシューが駆け寄って来た。
「これから空港に行くんでしょう? 俺も一緒に行っていいですか?」
「お前も外に出るのか?」
ラルクの礼服姿を見て訊ねる。
燕尾服に白ネクタイ。小脇に帽子を抱え、髪もきっちりと整髪料でなでつけられていた。
ライゼのようなみすぼらしいリクルートスーツとは違う、そのままパーティーに出席できるような正装であった。
「ええ。フロストリンネで会合があるんですよ。議員の集まりなんですが、親父の名代で出席しなくっちゃならないんです。その後で実家に戻って報告しなくちゃならないんで」
「大変だな。イシュー家の跡取りは」
イシュー元老院議員の一人息子であるラルクは、父の後を継いで子爵家の家督を継ぐことが決定している
正式に家督を継ぐのはまだ先だが、早速後継者としてこき使われているようだ。
議員として、子爵として。学ばなければならないことはたくさんある。これも帝王学の一環なのだろう。
「まったくですよ。挨拶回りで方々を駆けずりまわされていますよ。一時間刻みのスケジュールで天空島間を移動しなきゃならないから、休む暇もありゃしない――貴族の跡取りだって、大変なんだぞ? サイベル」
どうやらさっきの会話を聞いていたらしい。
ラルクに睨まれたサイベルは口を大きくへの字にすると、大きく俯いた。
◇◆◇
ヨナセン侯爵率いる椋鳥騎士団は侯爵領である天空島バルベスに拠点を構えている。
騎士団の設立は四公体制設立以前。戦国期の真っ只中であることから見ても、伝統だけではない、闘うための戦闘集団であることが窺がえる。
バルベスに到着したライゼは練兵場脇にある官舎に通された。薄汚れた官舎にはそこいら中に武器や防具が転がっている。
質実剛健かつ独創的な内装に圧倒されていると、出迎えの面接官が口を開いた。
「貴様がスベイレンから来たとかいう入団希望者か?」
面接官は年かさの騎士であった。
一つしかないパイプ椅子に腰掛けた面接官は、値踏みするような眼つきで正面に立つライゼの姿を見上げた。
「ラングストン卿の紹介状は読んだ。上手い事やりやがったな、ええ?」
第一印象はまず、最悪であったらしい。強面の人事担当はライゼに向かって罵声を浴びせた。
「スベイレン総督の直筆の紹介状とは恐れ入ったよ。一体どうやって総督に取り入ったんだ? 言わなくても大体、想像はつくがな。大方、大金を積んで欠かせたんだろう?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「誰が喋れって言ったんだよ? アアン!?」
反論しようとするライゼを巻き舌で威嚇する。
流石は現役騎士。大した迫力であった。
「これだけははっきりと言っておく! 俺はお前のような奴が大嫌いだ! 大した実力も無いくせに、人に取り入るだけが得意な世渡り上手が大嫌いだ!! 」
片眉を吊り上げねめつける面接官の視線を、ライゼ正面から受け止める。
ライゼとて、それなりの修羅場は潜り抜けている。圧迫面接に屈するほど柔では無い。
しかし、その毅然とし態度は、面接官の神経を逆なでしただけのようだった。眉間の皺をさらに深めると、面接官は質問を続ける。
「騎士学校卒業だそうだな? 何年居た?」
「七年であります」
「七年? たった、七年!?」
嫌味のつもりなのだろう。小ばかに馬鹿にするように面接官は大げさに驚いて見せた。
「錬光技の基礎を学ぶだけで最低でも三年はかかる。礼儀作法にたった七年で何が出来るって言うんだ? そんな事で帝国の安寧を守るお役目を果たせると思っているのか? アアン!?」
現役騎士にとってみれば、学生騎士の七年間などとるに足らないものらしい。
血と汗に塗れた七年間を侮辱されるのは気分が悪かったが、ライゼは何とかしてこらえた。
「騎士制度改革の影響で、最近じゃあどこの騎士団も学校出ばかりだ。合理性に基づいたゆとりある教育って奴で、促成栽培されたもやし共が次々と仕官してきやがる。馬鹿馬鹿しい! 騎士道ってのは机の上で学ぶもんじゃねぇ。体で覚えるもんよ!」
古株の騎士たちの中には、ライゼのような学生騎士の事を快く思わない人間が少なくない。騎士制度改革以降、新たに学校制度によって育成された若手騎士たちの事を『ゆとり世代』と呼び、事あるごとに馬鹿にしている。
この手の俗流若者論はいつの時代でも、どんな場所でもある事だ。若手騎士たちの方でも古参騎士を『老害』と言って陰口をたたいているのだからお互い様である。
「昔は先輩騎士から厳しくしつけられたもんさ。従士として身の回りのお世話をしつつ、戦闘技術から礼儀作法まで先輩騎士のやっていることをつぶさに観察し『見て』学んだもんだ。手とり足とり教えてもらうのをただ待っているだけの学生とは訳が違う!」
面接官は懐かしむように目を細めた。
効率的でも効果的でもない騎士修行は、彼にとってはかけがえのない思い出なのだろう。
やがてカッと目を見開くと、面接官は再びライゼに向き直り説教を再開した。
「学校で何を学んだかは知らんが、ここじゃ通用しねえ。それを今から教えてやる。表へ出ろ! 現役騎士の実力ってもんを見せてやる!!」
言うや否や、面接官は部屋を出て行った。
慌ててライゼが後を追いかけ、練兵場に出た。
練兵場では騎士団員たちが訓練を行っていた。
土嚢を担いでランニングする者、吊るされたロープを腕だけで上り下りをする者、丸太で出来た障害物を乗り越える者――肉体を苛め抜くだけのトレーニングは、スベイレンではまずお目にかかれないほどに原始的であった。
練兵場の脇まで歩いてゆくと、面接官は壁に立てかけてあった棒をひろいあげた。
恐らくは剣術の鍛錬に使うものなのだろう。もう一本をライゼに向けて放り投げた。
「これから入団テストを行う。模擬剣を俺に一発でも入れることが出来たら合格だ」
「これで、ですか?」
受け取ったのは何の変哲のないただの棒である。
剣術の訓練で使うような模擬剣とは違う、緩衝材など巻かれていない固い木の棒である。
防具も着けず、こんなもので殴り合えばただでは済まない。打ちどころが悪ければ死ぬことだってあり得る。
「臆したか! 嫌ならば止めてもいいのだぞ? ならば、テストは不合格だ。とっとと帰れ。腰抜けはウチの騎士団にはいらんからな!」
「い、いえ! やります! やらせていただきます!!」
仕官をちらつかされては黙っているわけには行かない。ライゼは慌てて構えを取った。
握りも何もない木の棒では構えも何もあったものでは無い。取り敢えずライゼは正眼に構えてみた。
同時に、面接官も構えを取る。
頭上に高々と掲げ、脇は大きく開いたその構えはまるで素人のようであった。
隙だらけの構えに唖然としつつも、しかしライゼは打ち込むことを躊躇った。
ライゼを侮っているのか?
はたまた、隙を作って誘い込んでいるのか?
思惑が読めず攻めあぐねていると、面接官が叫んだ。
「どうした! 構えを見ただけで恐れをなしたか? ハッ! スベイレンなど所詮はその程度。腰抜け揃いの臆病者よ! 常在戦場が聞いて呆れるわ!!」
挑発が引き金となって、ライゼは動いた。
一気に間合いを詰め、面接官の頭めがけて振り下ろす。
「ハッ!」
ライゼの放った渾身の一撃を、面接官は避けることも、受けることもしなかった。
額に棒の直撃をくらった面接官は悲鳴を上げることなくそのまま仰向けに倒れた。額からしたたり落ちる鮮血が練兵場を染めるのを見て、面接官が完全に意識を失っていることを確認した。
「……あれ?」
あまりにも呆気ない幕切れに、ライゼは短い呟きと共に首をかしげた。




