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虚空の惑星  作者: 天崎 剣
Episode 17 同化
96/111

96・執念

 黒い二人の戦闘員に引き摺られ、ディックは研究室の奥にある実験台まで無理矢理運ばれていった。持ち上げられ、台の上に大の字で結わえ付けられて目を開くと、配管が所狭しと走る天井や丸い複数の照明が視界に飛び込んできた。

 見覚えがある。

 そこは、自らがエスターの身体にメスを入れた、忌々しい場所だ。両手両足首にかけられた鎖の枷は、鉄製でとても外せそうにない。それだって――自分が、娘の手足にかけたものに違いなかった。そして、十歳の小さな自分がされていた――、大きな水槽の中、理解できぬままなされるまま身体をいじくられるあの感覚が、感情を失った大人たちの冷たい無数の目が、好奇心に冒された表情で自分を覗き込んでいるあの光景が――、ディックの中で鮮明に蘇ってくる。心の奥底に閉じ込められていた卑しい感情が、涙の固まりが、滝のように溢れ出て、全身を覆い尽くしてしいった。

 正気を保とうとするので精一杯、このまま飲み込まれてしまえば、リーの思う壺だ。


「ティン・リー、よく考えてみろ。俺の身体を乗っ取ったところで、何のメリットがある。十代のガキの身体ならまだしも……、五十路手前のくたびれた男の身体だぞ。いくら自己修復機能が備わってるといっても、老化は防ぎようがない。いずれ寿命だって来るだろう。……生身の身体にこだわり続けるにしても、節操ってもんがあるんじゃないのか」


「面白いことを言うね。どうにかして逃れようってわけか。そんな状態になっても」


 ケタケタと子どものように笑うリーの声が、地下に響き渡った。

 ネジの外れた玩具のような、ウイルスの入り込んだプログラムのような。

 悦に入ったリーは、悠々とディックを覗き込む。見開いたつり目が、獣のようにギラリと光っている。


「もちろん、私は君のことが許せない。切り刻んでしまおうと思ったことも一度や二度ではない。――が、そうしなかったのは、やはり君の身体が惜しいからだ。TYPE-Dの作成には特に苦労した。十年、二十年……どれほどの時間と金を費やしたことか。ラムザ・エマードが妙な考えを巡らさなければ、キョウイチロウ・ウメモトが彼をそそのかすような論文を書かなければと、思いもした。危険因子が出てくるのは時間の問題だったのかも知れない。ある一定の割合で出現する……働きバチの中の働かないハチ、経済貧困者、精神異常、肉体欠損、危険思想……、全部排除するのは不可能だと、高をくくっていた部分もある。起きてしまったことをどうにかして白紙にしようなどとは思わない。最善を尽くす。私は今、私の考える中で最大限に必要だと思うからこそ、お前の身体を欲しているのだ」


 リーの高笑いに、背筋が凍る。

 確かに、言葉や感情をラムザ・エマードに教わらなければ、彼が『私の息子になってくれないか』と手を差し伸べなければ、今頃自分は“政府総統”として生きていたに違いない。そこに自分、D-13と呼ばれる個体の意識はそのまま継続されていたのか、それともティン・リーの意識に書き換えられてしまっていたのかどうか。具体的なことはわからないが、少なくともこうして苦しむことはなかったのかも知れない。

 だが、現実は違う。

 地下から抜け出し、ラムザの息子として暮らし、引き離されNCCに収容され、ゴミのように扱われ続けたくなくて必死に這い上がってきた。例え仕組まれていたとしても、一人の女性を愛し、子どもを授かった。生まれてきた娘が実験体として扱われても、いつか自分がそうだったように機会を見計らって逃げだそうと心に決め、実行に移した。復讐のため大勢の人間を巻き込み、罵倒され、憎まれたこともある。

 信念を貫き続けたのは、諸悪の根源を潰すためだったはずだ。ティン・リーをぶっ殺し、せめてエスターだけには幸せになってもらいたいと――。



――『マザーと同化し始めたEを止める手立てなど、ないに等しい』



 ケネスの言葉どおりだとしても、簡単に諦めるわけにはいかない。

 鎖に繋がれた手を動かし、ぐいと内側に引っ張った。手首に鉄が食い込み、鬱血する。歯を食いしばり、もっと内側へ内側へと動かそうとするディックの腕を、――黒い鎧の男が押さえつけた。


「無駄な抵抗だと言ってるのが、君にはわからないのか」


 実験台に軽く腰を乗せ、リーはディックの腰からスッとエネルギー銃を抜く。面白半分に手の中で銃をクルクルと回し、そのまま、銃口をディックの頭へ押し当てる。撃つわけがない、わかっていても身体が反応して汗を噴き出させた。荒く息をし、「チクショウ」と吐き捨てる。文字通り、今の状態では手も足も出ない。

 せめて、ジュンヤがまともに動ければ。そう思ってディックは頭を上げ、入り口の付近で足止めされているジュンヤの様子を見ようと目を細めた。男に羽交い締めにされ、身動きの取れなかったはずだ。

 室内は薄暗い。遠く離れた研究室のドアは、ディックの位置からだと真っ暗でよく見えない。物音もしない。


「ジュンヤ、どこだ。どこに行った」


 キョロキョロと眼球を動かし、気配を探る。一体、どこへ。

 怖じ気づいたか、殺されたのか。思っていた矢先、銃声が鳴った。何かが倒れる音、誰かの荒い息。

 闇の中で人影が動いた。


「……お待……た、せ。やっと、倒した。手が、震えてる」


 ジュンヤだ。いつの間に大男の手をすり抜け、振りほどき、倒していたのか。その場にいる誰もが、ジュンヤの動きに気がつかないほど、ディックとリーのやりとりに夢中になっていた、隙を突いたようだ。

 肩で息をしながら、一歩一歩踏みしめるようにして前へ進むジュンヤの身体には、真っ赤な返り血が降りかかっていた。額からあごに向かってダラダラと流れ落ちる汗を、ジュンヤは袖口で無理矢理拭う。


「本当に愚かだな、……君らは。もうちょっと遊んでいようかとも思ったが、仕方あるまい」


 リーは顔を歪めた。

 ディックの頭から銃を放し、ひょいと実験台から飛び降りて、鎧の男たちに目で合図する。

 片足を負傷したのか、引き摺りながら必死に前へ進もうとするジュンヤが辿り着く前にと、何か大きなものを動かしているのが気配でわかる。


「おい、何を、何をするんだ。やめろ!」


 頭を、固定された。トリストにあったような長いコードのついた端子付きヘルメットが、ディックの頭に力尽くで被せられた。首を振った衝撃で外れないように、金具で固定されてしまったのだ。

 身動きが取れない、声を出すことしか出来ない。


「ディックを放せ! 今すぐ、こんなくだらないことはやめるんだ!」


 覚束ない手で銃を握りしめ、照準をリーに合わせたジュンヤが、必死に威嚇している。銃弾が数発、ティン・リーの身体を掠め、その先にある機械に当たって火花を散らす。更に数発、今度はリーに当たるように狙いを定めて発砲するも、震えた手では思ったように狙いが定まらなかった。

 そんなジュンヤを見下すように鼻で笑うと、リーは実験台側の壁にあるパネルに手をかざした。リーの掌紋に反応して壁が真っ二つに割れ、両サイドに引き込まれていく。地面がまた、小刻みに揺れて、ジュンヤは思わずよろけ、近くの壁により掛かった。

 突如現れた空間に、丸いシルエットがある。最初は薄暗く、はっきり見えなかったが、徐々に照明が灯り、その全体像が見えてくる。“大きな卵型の機械”だ。上部を切り取った卵のような曲線状のフォルム、機器に繋がれたたくさんの管が、地面を這っている。白でまとめられた秘密の部屋の中央に鎮座する卵は、まるで神聖な儀式のために用意されたもののように、ジュンヤには見えた。それがなんなのか、はっきりわからなくとも、大体想像がつく。

 ジュンヤは銃を構え直して、自動車ほどの大きさの卵へ乗り込もうとするリーに向けて何度も発砲した。エネルギー弾は本体に当たり、何度も弾けたが、そんなことはお構いなしに何発も撃ち続けた。今は自分しか動くことは出来ない。今動かなければ、今自分がやらなければ、意味がない。

 やがてその一発が、卵によじ登ろうとステップに足をかけたリーの腹部に命中する。続いて腕に、そしてまた腹部に。

 しかしリーは、血だらけのまま動き続ける。執念なのか、薄ら笑いすら浮かべて、機械の中に身体を滑り込ませていく。


「何てヤツだ……! 間に、合わない」


 ジュンヤは発砲をやめ、黒い男にへし折られた左足をかばいながら、跳ねるようにして卵の方へ走った。片足だけでは上手く進めない、――と、何かに足を引っかけ、思い切り前のめりに倒れた。引っかけた何かを確認しようと、ジュンヤは身体を起こしながら、足元を確認する。


「――うわぁっ」


 思わず声を上げた。

 カーキ色の上着、ディックの知り合いらしい、撃たれた男が、顔を上げていた。ジュンヤの右足首をぐいと掴んだケネスは、そのままゆっくりと身体を起こす。


「良いタイミングで目を覚まさせてくれた。感謝するぞ」


 大量の血を流し、左腹部の欠けた男は、リーの言葉に呼応するようにギラッと目を光らせた。


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