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虚空の惑星  作者: 天崎 剣
Episode 17 同化
93/111

93・再会

 その男は、自分以外の誰をも信用しようとはしていないように見えた。もしかしたら、自分自身さえ信じられてはいないのかも知れないと思うほど、疑心に満ちている。

 彼が何故そういう人間になってしまったのか、ジュンヤはまばらに受け取った情報を整理してみるが、とても納得のいく説明は出来そうにない。そしてその、誰のことも信用できない人間が、愚かしいと見下す自分を連れて敵地へ向かっている。

 何を考えている、ただの足手まといに過ぎないんじゃないのか。

 彼はもやもやさせた心を抱えたまま、男の後ろを必死に追った。

 フレディの記憶した座標にポイントを合わせ、小型転移装置で地下に飛ぶ。エスターが捕らえられているはずの場所だ。

 辿り着いた地下通路、湿った空気を吸い込みすぎたジュンヤは、あまりのカビっぽさに思わず鼻を塞いだ。天井の低い、細く長い通路、通気口から降りてくる冷たい空気が背中を伝い、不気味さを増長させる。こんなところにエスターがいるのかと思うとあまりに不憫だ。

 ここが何のために作られた場所なのか、まだディックの口から何も聞かされていない。けど、敵のアジトとしては十分すぎるくらいの風格はあるなと、本当は心に余裕なんて微塵もないはずなのに、ジュンヤはふと考えてしまう。


「ジュンヤ、油断するな。銃を構えろ」


 言われてハッとし、装備していた小型のエネルギー銃を両手で構えた。実戦経験の殆どないジュンヤにとって、銃はやけに重かった。


『ドーム上空、攻撃開始。転移装置より戦闘員転送開始。博士、そっちは』


 アンリの声が耳元で聞こえ、


「地下到達。何か問題があれば連絡を」


 ディックは低い声で淡々と答えた。

 端末と繋いだインカムが状況を知らせてくれるのはありがたいが、今はそんなことよりも目の前に何が待ち構えているのか気がかりでならない。ジュンヤは額の汗を袖で拭い、大きく深呼吸する。今のところ、この閉鎖された空間にはディックとジュンヤの二人しか存在しないようだ。

 湿った薄暗い通路には、二人の足音と呼吸音だけが響いていた。銃を構えたまま、慎重に進んでゆくディックの後ろに隠れるように、ジュンヤは腰を低くする。

 ふと、背後が青白く光った。

 視界の端で光を感じで振り向いたと同時に、銃声が響く。バタッと何かが倒れる音がしたかと思うと、足元に何かが倒れた。


「反応が遅い」


 ――敵だ。転移装置で送り込まれてきただろう黒服の戦闘員が、血を流して倒れている。

 全身にかいた汗が身体から熱を奪い、ジュンヤを急激に冷やした。一体何が起きたのか理解できぬうちに、また周囲が青白く光り始める。

 暗視スコープ越しに、人の形が見えてきたと思うと、また銃声、一体一体、撃ち抜かれていく。ディックの反応の早さにジュンヤは目をみはった。銃の腕がいいとは聞いていたが、実際目にするのは初めてだったのだ。ただの科学者じゃないらしいとは思っていたが、どんな死線をくぐり抜けてきたのか。この男の敵でなくて本当に良かったと胸を撫で下ろすと同時に、つい先日まで甚だしい勘違いをしていた自分を恥じた。

 まるでジュンヤの出番などないように、目の前の敵を確実に倒していくディック。死体の山をまたぐようにして通路の先を急ぐ。


「ひとつ、聞いてもいいか」


 こんな状況だのに、ジュンヤはいても立ってもいられず、前方でエネルギー銃を撃ちまくるディックに声をかけた。


「ホントはあんた、“何者”なんだ」


 敵は、床に浮かんだ無数の青白い光の輪から次々に這い出てくる。ジュンヤも微力ながらと何発か銃弾を放った。まともに敵に当たることはない。地面に辺り火花を散らす程度で、素人腕前なのは火を見るよりも明らか、それでも悔しさから、何度も引き金を引いた。

 一方でディックは、ジュンヤの撃ち損ねた敵を、確実に倒していく。額のど真ん中を狙い、一発で仕留める。これが、ただの科学者に出来る所業だなんて誰が思おうか。


「言ったはずだ、“生物学的に恐らく人間じゃない、キメラの部類だ”と。それ以上でもそれ以下でもない。“政府総統の新たな器”にさえなることが出来なかった、出来損ないの失敗作だ」


「誰も、“失敗作”だなんて思ってやしないだろ。俺にはホントのことは殆ど見えないけど、これだけ超人的な力を持っていながら、一科学者として生きるだなんて、俺には理解が」


「――理解だなんて、してもらおうと思ったことは一度もないがな」


 また一発、放った銃弾が敵の額を貫いていく。

 仰向けに倒れた戦闘員の胸元、黒地に白いロゴで“NCC”とあるそれを、ディックはしばらく見つめ、短くため息をついた。


「俺は、このクズ共と同じように戦闘訓練された、実験体の一つに過ぎなかった。“器”であることがバレないように、他のNo Code Childrenと一緒に人を殺すための訓練を受けていた。人格などそこでは必要無い。より多くの人間を、政府に反する人間らをぶち殺すためだけに生きることを許された。コードを持たない実験体のなれの果てなんて、こんなもんだ。優秀であれば人格を認められ、施設を出られる。支配から逃れて、まっとうな人生を送りたいと思って、血を吐くような努力もした。その先に、何があるのかなんて、当時は考える余裕すらなかった」


 ごろんと、死体を蹴り上げて、ディックはまた先へ進む。

 前方数カ所が青白く光り、その一つ一つから黒服の戦闘員がせせり出る。


「自分の不幸と……この死なない身体を何度呪ったか、お前には到底理解できまい。同情や理解など、無意味だ。現状が変わらなければ、そんなもの、何の役にも立たん」


「理解できないなら、どうして、どうして俺を連れてきたんだよ」


 ジュンヤの声をかき消すように、銃声が鳴り響いた。壊れた人形のように後方にはじけ飛び、倒れていく敵の戦闘員。ディックの表情は冷たく乾いたままだ。

 ようやく全ての光が消え、前方に重厚な鉄の扉が見えてくると、急にディックの動きが鈍くなる。

 それまでの軽快な動きが嘘のように固まり、よく見ると大量の汗。

 どうしたのと、聞くまでもない。

 悲痛な表情を見ているだけで、ジュンヤの胸は締め付けられていく。今まで見たこともないような、極度の緊張と恐怖に冒されたディックに、彼はかける言葉が見つからなかった。

 ゆっくりと、渇いた喉に唾を流し込む。

 敵が、あの男が中にいるのだと、ディックは無言で伝えてくる。

 雨の中、島でリーと対峙した、あの時とは勝手が違う。湧き起こる憎しみを堪えるようではなく、心の底からの恐怖に耐えているようだ。

 ほんの数ヶ月前、自分の敵だと言って撃ち殺した相手が、扉の向こうにいる。ディックの気持ちなど、ジュンヤにはわかりようもない。

 ただ、何も知らなかったあの時に比べ、少しずつだが情報は得た。

 あのティン・リーという男が、世界の全てを握っているということ。ディックやエスターを実験体として使っていたこと。ディックはリーの“新しい器”として生まれたということ。エスターが無理矢理マザー・コンピューターと同化させられそうになっているということ。

 現実味のないそれらは、ジュンヤには他人事のように思えた。しかし、自分の祖父に当たる人間がどうやら政府総統と関わりがあり、“コード廃止論”を唱えて追放されたことや、それに関連してなのか、父親が反政府組織を立ち上げたことは、どう考えても逃れようのない運命にさえ感じてきていた。

 ディックが自分を信頼してないにしても、この場に同行させたのは、もしかしたらそういうことも関係しているのかも知れない。

 例え足手まといになるとしても、ほんの少しでもいい、エスターを救い出す手助けがしたい。ジュンヤのそうした気持ちなど、ディックには理解できないのだろうが。

 ギイと音を立てて、鉄扉が開いた。

 薄暗い室内から、鬱蒼とするような湿った空気が流れ出て、独特の薬品の臭いが立ちこめる。生もののような、動物の体液のような、不快な臭いだ。鼻を塞いで臭いを防ごうとするが、口から空気を吸い込むと同時に鼻の穴を駆け巡り、ジュンヤは思わずむせた。とても、まともな人間のいられる場所じゃない。

 暗視スコープを通して部屋の全体像を把握しようと、彼は周囲に目を配った。室内を埋め尽くすような計器や実験具が整然と並び、様々な機械が小さな音を出して不気味な音楽を奏でている。実験室のようだ。どうやらこの場に、エスターが捕らえられているというディックの言葉は間違いではないらしい。

 奥に、ほのかな明かりが見えた。大きな円柱形の水槽に、蛍光色の液体が揺らいでいる。中で、何かがびくんと動いた。魚にしては大きすぎる。ジュンヤは目を凝らして、それがなんなのか判別しようとする。


「――何もかも、変わらないだろう、D-13」


 全身に稲妻が走り、ディックとジュンヤは無意識に銃を構えていた。

 気配など無かったはずだのに、一人の男がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてたたずんでいる。

 リーだ。

 相も変わらぬ美しい顔で、なるほど一科学者、一研究者という風か、肩までの髪を一つに結わえ、白衣を羽織っている。


「案ずるな、まだ同化は済んでいない。目の前で、娘が変わり果てる様子を見て欲しいと思ってね」


 悪魔のような一言に、ジュンヤは身体を震わせた。

 リーは尋常じゃないとわかっていたはずだのに、あまりの恐怖で全身から血の気が引いていく。

 ギラッとリーの目が光り、その視線が実験室奥の水槽に向けられる。


「君がどれだけ絶望するのか、私は楽しみで仕方が無いんだ」


 揺らめく液体の中、小さな泡にかこまれて浮いていたのは、たくさんのコードに繋がれた、一人の少女だった。


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