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虚空の惑星  作者: 天崎 剣
Episode 15 TYPE-C
76/111

76・生き残れ

「さっき、敵が何体だったか確認したか」


「いや。少なくとも三体以上だというのは確かだ」


「あの部屋の規模とロボットの大きさからして、それが妥当だろうな。ってことは、一人一体ずつ気を引けば、キース、おまえは楽々装置に向かえるわけだ」


 気丈に振る舞うハロルドだったが、薄明かりの中、額に滲む汗の量は尋常ではなかった。何度も銃を構え直してみたり、袖で汗を拭ってみたりと、終始落ち着かない。これで大丈夫なのかと、キースはハロルドに声かけようとしたが、この緊張感を解いてしまうのではないという恐れから、言葉を飲み込む。


「ウッド、アレックス、三方向に散るぞ。いいな」 


 ドスを効かせた声に、二人は深くうなずいた。

 三体だけだなんて保証、実際はどこにもない。転移装置から次々に送り出されている可能性だってある。だのに、冷静な判断を失っていたハロルドは、勝手に三体だけだと決めつけていた。それはとても危険なことだと、わかっていながらキースには、言葉を返す余裕すらない。

 闇の中から赤い眼がどんどん近付いてくる。

 耳を澄まして足音を確認、なるほど、三体だ。ギシーギシーとリズムよく近付く一体と、ギシシシギシシシとギアをゆっくり噛み合わせるように歩く一体、もう一つは油圧式スペアリングの伸縮音を強調させたような音を発している。


「熱感知で動いているとしたら、四人がこの場所からそれぞれに散るのは危険だ。キースは一度屋外に出て、しっかり引き離した後で、施設内に戻った方がいい。でなきゃ、完璧狙い撃ちされる」


 忠告したのはウッドだった。


「言われなくても、そのつもりだったけどね」


 ニッとキースは笑って見せた。笑うと言うより、無理矢理口角を上げたという表現が妥当だと感じるくらい、不自然に表情を引きつらせていた。


「行くぞ!」


 ハロルドの掛け声を合図に、四人一斉にガラスのドアを開け放し、一気に外へ飛び出した。

 ゴウとつんざくような風が屋内に流れ込み、風圧で吹き飛ばされそうになるも、腰を落として踏ん張った。風の中に突っ込むようにして玄関口を抜けると、正面からの風は更に強さを増し、叩き付ける雨であっという間に全身ずぶ濡れとなる。

 音が、よく聞こえない。

 散弾銃を撃ちまくったかのような轟音と、すぐ近くで鳴り響く雷は、ぬかるんだ地面の中、少しでもロボットから距離を稼ごうと丘を駆け下りるハロルドたちを嘲笑っているかのようだ。

 パリンと高い音がして、エントランスホールのガラスが破られたと悟る。すっかり日の落ちた今、丘の下から施設の出入り口ははっきり見えない。大きな金属質の胴体が稲光に照らされ、ギラリと光った。十分距離は取ったと思いたい。あの俊足、あっという間に追いつかれるのは目に見えている。

 ハロルドと同じく、正面から右方向へと逃れたキースは、金属の化け物らがどうでるのかに、全神経を集中させていた。

 背後には鬱蒼とした森、前方にはロボット三体、味方は軽装備で、武器も少ない。この状況でどうやったら転移装置まで戻れるのか。

 センサーでハロルドたちの位置を確認し、銀色の化け物は右へ左へと大きく巨体を揺らした。真っ暗闇に赤い眼が点滅し、止まる。三体がそれぞれ目標を捉え、思惑通り三方向に分かれて突き進んできた。ぎっしぎっし、地面が揺れ動く。ぬかるんだ傾斜地、足場が悪いにもかかわらず、それらはスピードを緩めない。

 爆音、アレックスの手榴弾だ。中央部で待ち構えていた彼の放ったそれは、近付いてきた一体の足元に直撃した。ぐちょっと不快な音がして、巨体が前傾姿勢のまま倒れる。しかし、ダメージを与えたわけではない。足場を爆風が削り取ったに過ぎず、ロボはまた、ギギと金属の擦れる音を響かせ、体勢を立て直した。

 更にその奥で、ウッドも別ロボットの頸部を狙っていた。出力を大きくしたエネルギー弾が風に流され数発命中したが、やはり手応えは感じられなかった。カツンカツンと小気味いい音を立てただけで、傷一つ点けることが出来ないのだ。


「ふ……不死身か」


 戦闘慣れしている二人が手こずっているのを見せつけられ、ハロルドは震え上がった。しかし、怯んでばかりはいられない。なんとしても、キースを転移装置に向かわせなければならない。

 前方から向かってくるロボ、そしてウッドとアレックスを交互に見ていた彼は、何かを悟ったように、追い風を背にして全速力で右方向へと駆け出した。


「ハル、どうした!」


 キースの言葉を無視して走り去るハロルドに吸い寄せられるように、二人に向かっていた恐竜ロボットの軌道が変わる。熱感知と同時に、それらは、より早く動く物を追っているのだ。つまり、今のうちに逃げろと、そう言いたいらしい。どんどん離れていくロボットの注意が向かないように、キースはそろりそろりと、向かい風の中、背後の森に沿うようにして建物へと向かっていった。

 上手くいった。自分の行動を悟ってくれたと確信したハロルドは、もつれる足を必死に前に進め、アレックスの後方を通り抜ける。

 丁度アレックスとウッドの真ん中辺りで足を止めると、真ん前に自分を追ってきたロボットが迫っていた。

 容赦なく叩き付ける雨の勢いは更に増す。とてもじゃないが、まともに戦えるほどの技量も武器も防具もない。手持ちの武器で死にものぐるいで戦うアレックスたちには悪いが、ハロルドにはただ逃げるしか道は残されていなかった。

 問題はどうやって逃げるか。孤立して喰われるよりもマシかと、二人の側まで来たのはいいものの、このままでは三人とも餌食にされる。

 無い頭をフル回転させ、導き出した結果、ハロルドは武器も構えぬまま、ウッドの方へ思い切り駆け寄った。

 エネルギー小銃を構え発砲していたウッドが彼に気がついたときにはもう遅かった。風の勢いに任せて寸前まで迫ったハロルドが、自分に覆い被さらんばかり突撃してくるのを避けることなど、咄嗟には出来そうにない。思わず姿勢を崩し、ぐちゃぐちゃになった丘の斜面に尻餅をつきそうになったところで前方を見ると、自分が戦っていたロボに、もう一つのロボが激突し、バチバチと火花を上げていた。崩れる、自分も、前方の巨体たちも。思った途端にそれが現実となり、ばしゃっと泥水を全身に被った。


「悪いな、ウッド」


 いつの間に身体の上をまたいでいたハロルドが、ひっくり返ったウッドに言い捨てる。

 銃撃してもびくともしなかったロボットがひしゃげているのを目視で確認しすると、ウッドは、なるほど、悪い作戦じゃないなとハロルドにうなずき返した。単純に、攻撃すれば勝てる相手ではないのだから、ロボ同士を衝突させればいいと、ハロルドは考えたらしい。追い風に乗って走ることで生まれる運動エネルギーと、丘を下る位置エネルギーが合わさり、通常攻撃より効率的にダメージを与えることが出来たわけだ。

 歪んだ分厚い装甲の継ぎ目から、大量の雨が内部に浸透し、ショートを起こしたのか、ウッドと戦っていた一体は完全に機能停止している。精密機器は水に弱い。それは昔から変わっていない。同じような方法であと二体、やっつければ何とかなるかもしれない。僅かな望みしかないと知っていても、自然と士気が上がる。

 足を損傷したらしく、ハロルドを追っていたロボのギア音が微妙に変わった。

 今ならいけるかもしれないと、ウッドはエネルギーボトルを交換し、足の継ぎ目に向かって数発撃ち込んだ。まだ、体勢は変わらない。

 アレックスは、大丈夫なのか。

 ハロルドはブンと大げさに身体をよじり、後方で戦っている彼の様子を確認しようとして――愕然とした。

 火を、噴いている。

 恐竜ががばっと開けた口から火を吐き出し、武器をしまい込んだ荷袋もろともアレックスを燃え上がらせていたのだ。手榴弾がいくつかあると言っていた。それが完全にあだとなった。

 一目見ただけで、助からないと判断出来るほどの炎に包まれるアレックスを、ハロルドとウッドはただ見つめるしかない。そして同時にその光景は、いつ自分たちに振りかかかるとも知れないものなのだと確信すると、ぞわぞわと恐怖心が体中を支配し始めた。

 目の前の一体がいつ火を噴くかも知れない。足を多少損傷したところで、あの頭がぶっ飛んだわけじゃない。今もセンサーでこちらの動きを捉えているのだと、思えば思うほど足が震えた。


「このまま、帰れなくてもいいなんて、思ってないよな」


 銃撃の合間に、ウッドが話しかける。

 ぎこちなくうなずき返すハロルド。


「二体の頭部、センサーを狙ってみる。無意味かも知れない。だが、俺も火だるまにはなりたくないんだ」


 構えた小銃で一発、二発、三発、恐竜型ロボットの頭部、目の辺りにエネルギー弾を撃ち込む。命中率の高いウッドの攻撃に、ロボットらは一瞬、動きを止めた。


「今だ!」


 腰を落として、ウッドは一気に丘を駆け上った。ハロルドも、重く濡れた足を前に前に、丘を登っていく。

 後方で、ギシンギシンとロボットが動き出した音、ほんの少し追い風になっているとはいえ、相変わらず叩き付けてくる雨粒の音も、真っ白くなったハロルドとウッドの頭にはガンガン響いた。

 時折聞こえるゴッと鈍い音は、アレックスを焼き殺した炎を噴く音だ。センサーの位置は間違いなかったのか、本当に足止めは出来ていたのか。後ろを振り向けば全てがわかると知っていても、そのロスが命取りだとわかっているから、決して二人は振り向かなかった。歯を食いしばり、唸り、恐怖からか後悔からか流れ出た涙を拭くことも叶わず雨に打たれ風に吹かれ、必死に丘の上の施設を目指した。

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