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虚空の惑星  作者: 天崎 剣
Episode 15 TYPE-C
74/111

74・炎上

 ――突然、音が途切れる。

 ローザは監視モニターから消えた赤い点の跡を、虚しそうに指さした。どうしようもないと首を横に振りながら、そっとヘッドホンを外して、操作パネルの上に置く。


「閣下、TYPE-Cはどうなさいますか。あと五体、あったのですよ。成長促進剤を使ったとしても、保存している細胞から成人体を作り出すには十年近くかかります。TYPE-C自体はまだ危害を受けていないようですから、死守した方が宜しいのでは」


 彼女はぐるっと椅子の背もたれの向きを変えて、隣でじっと地下冷凍保管室の監視モニターを注視し続けていたリーに顔を向けた。無表情のまま彼は静止していたが、その心中は怒りに満ちているようにも思える。

 Eの手術に気を取られ、冷凍保管室での異常に気づくのが遅れたのは、正直痛手だった。リーとローザ、そして特殊任務隊と一部の科学者しか知らない施設だ。

 Eの術後の経過を見守るケネスとロイは動くことが出来ず、パメラは何者か――恐らくジュンヤに、銃殺された。敵が侵入したと気づき、慌ててスウィフトとエドモンドを送ったが、彼らはEUドーム地下の戦闘で怪我を負っている。エドモンドはやっと立ち上がれる程度で、そんなこと、戦闘になればすぐに敵にバレてしまうだろう。ドーム襲撃時のようにたくさんの失敗作を送り込むことも出来ない。出来るだけ、あの場所での戦闘は避けたかったのだ。大切な大切なクローン体が眠っていたのだから。

 執務室の隣、転移装置と各種モニター、操作パネルの並ぶ監視室。二人だけの無言の空気は、ローザの息をどんどん苦しくしていた。


「もう遅い。これ以上、TYPE-Cにこだわり続けるのは無意味だ」


 リーは、肩まで伸びた黒髪を右手でぐっとかきあげる。凛々しい横顔が一瞬あらわになり、またサラサラと隠れていった。


「しかし閣下、もう媒体は」


「Cでなければならない理由などない。たまたまずっと、Cであっただけのこと。本来ならばDへ移行していたはずなのだからな。――今、起こっていることを思えば、私があの男の姿になるなど考えも及ばないだろうが」


 彼の話になると、リーがことさらに表情を豊かにすることを、ローザは知っていた。執着心、敵意、そんな単純なものではないのだろう。事の成り行きを理解していても、二人の間にどのような感情が渦巻いているのかなど、彼女には到底想像できなかった。


「では、どうなさいますか」


「施設もろとも爆破するしかあるまい。今度は失敗作などではなく、確実にあの場所を破壊できるよう、アレを送り込んでやれ」


 静かに言い放ったリーに、ローザは深くうなずいた。



 *



「や、やめろ。何をする」


 白い息を吐き出して、スウィフトは足元でバリッと音を立てて壊れていく端末を凝視した。ハロルドが何度もかかとで床にこすりつけるのを見せつけられ、唖然として子供のように泣くような声を出す。見開いた目が乾いて、慌てて激しく瞬きし、手足をバタつかせる様子は、滑稽としか言いようがない。


「何をするって、そりゃ、決まってるだろ。外部に連絡なんかされたら困るんだよ。しかし、流石だな。どのドームとも繋がっていない、環境のいい島の地下にクローンを保存して、必要なときに解凍してるわけか。今までどれくらいの間繰り返してたか知らないが、とんでもない方法で生きながらえていたもんだな」


「フン、そんなことまでおぬしらに話す義理など無いわ。エドモンド、やれ、やってしまえ! ヤツらを殺してしまえ!」


 そのセリフの終わらないうちに、小さなスウィフトの後ろで、黒い巨体がのっそりと動きだした。天井にくっついてしまうのではないかと思われるほどの大きな身体は、それだけで十分な凶器だ。

 まずは、自分をはじき飛ばしたウッドへ。大きく振りかぶり、岩のような大きな右拳を振り下ろす。遅い。スローモーションかと錯覚してしまいそうなほど、緩やかに拳が動いた。


「喰らうか!」


 ウッドがすかさずエドモンドの懐に入る。スッと腰を落とし、足を半回転させて足払い。当たったが、完全に足元をすくうことは出来ない。それでも、巨体はぐらりと揺れた。

 隙が出来る。

 今度はキースが、役立たずと知ったエネルギー銃の銃身を、エドモンドの脳天に目一杯叩き付けた。エネルギーボトルが粉々に砕け散り、蛍光色の溶液がシャーベット状になってあちらこちらに飛散していく。降りかかる溶液から逃れようと咄嗟に両手をかざし、視界が奪われた巨体に、遠方から銃撃。

 じっと、なりを潜めていたアレックスが持っていたのは、実弾銃だった。セミオートライフルが火花を散らし、巨人を狙う。ウッドとハロルドがサッと身を屈めて後退するのを見計らい、アレックスは少しずつ少しずつ、エドモンドへの距離を縮めていった。


「エネルギーボトルは凍結するが、実弾には影響ないんでね。もしものために準備して正解だった。今のうちに、筒をぶっ壊せ! 早く!」


 フルフェイスヘルメットの下でニヤッと笑い、アレックスは何度もエドモンドの身体を撃った。頑丈な防弾加工の防護服は幾度となく弾を弾き返し、その度に巨人は雄叫びを上げて、通常の人間の倍以上もある大きな拳で手当たり次第に殴りだした。カプセルの側面や上部を手持ちの武器で叩き壊そうとするキースやハロルド、ウッドを狙って――勢い余り、銀カプセルの強化アクリル部分に拳を打ち付ける。ガゴッと何かが外れる音がして、スウィフトは仰向けになったまま、悲痛の叫びを上げた。


「エド、やめ……。ど、どこを、狙っ……。中身を、中身の入っているカプセルを壊……な」


 気管支を通ったマイナス一〇〇度の空気が粘膜を渇かし、徐々に身体を冷たくする。スウィフトは生気を失いかけていた。動くこともままならず、かすれた声で何度もわめくが、巨人には届かない。


「力尽くでぶち壊せ!」


 キースの声に、ハロルドとウッドは、足で、銃身で、壊れたカプセルのフタで、思い切り中身の入ったカプセルを様々な方向からぶっ叩いた。

 プシューッと空気の漏れる音、カバーの開いたカプセル内部に、アレックスが銃弾を浴びせていく。二十前後並んだカプセルの殆どには実際中身がなかった。ざっと見渡したが、実際破壊する必要があるのは数個に過ぎない。それぞれ位置は幾らか離れているが、破壊しようと思えばすぐに破壊できそうだ。


「なんという……してくれるのだ、閣下の、閣下のから……」


 泣きそうな老人のそれは、セリフの途中でそれは悲鳴に替わり、そのまま床に転げ、途切れた。

 主を失い、コントロールを失った巨人には、もう目標など見えていなかった。ズダンズダンと大きな足音をたて、ブンブンと両手を振り子のように振って、壊れたおもちゃのようにじたばたとあえいでいる。やがて、度重なる銃撃に耐えかねて防護服に穴が空くと、巨体からわっさわっさと血が噴き出し、銀筒の上に大量の血を降り注いでいった。

 そろそろ、死ぬのかも知れない。巨人の様子を傍目で見ていたキースは、ドーム地下で見た失敗作の姿を重ねていた。命が続く限り破壊行動を続ける――彼らより、この巨人は知性があったように思えたのだが。もしや、こうした事態を想定して、老人は巨人に感覚を麻痺させる薬を打ってしまったのか。緊急事態なのだろう。せっかくの実験体をこの科学者は、一体どういう位置づけで側に置いていたのだろうと思うと、空しさが募った。

 飛び散った高濃度エネルギー溶液に火花が引火し、周囲を赤く照らしだすと、静かに燃え始めた炎は、空気中の酸素を取り込んで小さな爆発を繰り返した。爆風で壊された銀のカプセルからカバーが剥がれ、TYPE-Cの身体が寒気と炎に直接晒される。ヘルメット越しで彼らにはハッキリとは感じ取れなかったが、肉の焼けるような臭いが一気に室内に充満していった。


「火が回ってきた。外へ、外へ逃げるんだ」


 冷凍室から飛び出し、地下室を抜けて細い階段を駆け上がる。真っ暗だった通路に、地下からの赤い炎が照ってほの明るいのがせめてもの救い、分厚い防具で足下も見えにくい中、四人は必死になって地上を目指した。

 先に発電機をぶっ壊そうと飛び出したベンのことを思い出し、キースは階段の途中で、「まずったなぁ」とつぶやく。


「何が」


 ハロルドが訊くと、


「いや、ここから帰るのに、転移装置のプログラム変更をしろってエマード博士にメッセージもらったの、すっかり忘れてた。もうぶっ壊してたとしたら、こっちからは帰られなくなる。ドームから迎えに来てもらうか、あるいは」


「照明が消えてる訳じゃない。冷凍室だって、温度は上がってきてたが、冷気はおさまってなかった。発電機の位置がわからなかったのか? あれは入り口の」


 ヘルメットを脱ぎ捨て、両手を無理矢理振って急ぐハロルドの息は、すっかり上がっていた。限界だと思えばすぐに足を止めてしまいそうなほど、疲れ切った。時に自分の年齢を呪い、体力不足を呪った。こんな所でくたばりたくないと、何度も唱え、若いキースたちに必死について回る。重い足を一歩一歩押し上げ、一団最後尾のハロルドがようやく地上へとたどり着いた、その時。

 遠くで何かが爆発するような音。

 耳を澄まして場所を確認した。

 十一時方向、ベンのうめき声。

 何があった、四人顔を見合わせ、恐る恐る歩を進めた。

 何者かの気配、ベンではなく、もっと無機質な何かの音。


「く、来るな」


 またしてもベンの声。背後で、ギシギシとギアの動くような音が複数聞こえてきた。


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