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虚空の惑星  作者: 天崎 剣
Episode 19 最後の最後まで
108/111

108・希望が一欠片もなくなったって

 ドームの壁面は、一面蔦で覆われていた。EUドームを目にしたとき、緑と茶のコントラストに目を奪われたことを、ジュンヤは思い出していた。ティン・リーと初めて出会ったあの島でも、緑の多さに驚いた。

 ドームの中にはなかった青々とした色、日の光を浴びて自由に伸びた枝葉は、囲われた空間の中で生かされていた自分たちとは対照的に思えた。雨や風、雷さえも、木々はものともしなかった。自然から隔離されて生きていた人間とは違う、芯からの力強さがそこにはあった。

 遠景からは、ドームさえ、自然の作り出したオブジェの一つに見えた。このドームだって、造られた頃は全く別の色をしていたに違いない。蔦の奥に見える深い藍色のパネル、これが恐らく大きな球面になってポツンと大地の上にあったのではないかと考えられる。数百年を経て、それらは樹木に覆われていった。自然は全てを飲み込む。全てを温かく包んでいく。マザー・コンピューターが世界を機械で包んでいったのとは対照的に、柔らかくしなやかな力で。

 狭い世界の中で、虚勢を張って生きていた自分、心をさらけ出すことを恐れて、何事にも慎重になりすぎていた自分が馬鹿らしく見えてくる。


『最後の最後まで諦めるなよ、ジュンヤ。あのエマード博士だって、娘を救い出そうと必死になってる。希望が一欠片もなくなったって、やっぱり諦めちゃダメだ。どこかに希望が転がってるかも知れないと信じて、無駄に踏ん張るのが人間なんだよ』


 アンリが別れ際に言っていた。

 希望、そんな目に見えないあやふやなものを見つけ出さなくちゃならないのかと、普段の自分なら後ろ向きに考えていたに違いない。

 しかし、今のジュンヤはそうは思わない。誰が無駄だと言おうが、誰が止めようが、絶対に諦めたくなかった。

 大きな卵を半分地面に埋めたようなドームの壁を、バースの運転するエアバイクはどんどん駆け上がっていった。急な斜面を登っていくうちに、ドームの天井部分に亀裂が入り、煙が立ちのぼっているのが見えてくる。火の気配と、鼻をつくガスの匂いも感じられた。爆発音が複数回起こり、その度にドームの壁が激しくしなる。衝撃に押されて壁面から離れないよう、バースは慎重にエアバイクを運転した。

 風が冷たい。少しずつ季節は進んでいるらしく、島を訪れたときははっきりとした緑色が主流だった景色の中に、今は黄色や赤が目立つ。地平線の向こうには色づいた山々が見えていたが、ジュンヤとバースに、景色を楽しむような余裕は微塵もなかった。

 ドンとまた一発、激しく何かが爆発する音。

 バースは目一杯アクセルを踏み込んだ。しかし、急上昇するには馬力が足らない。

 焦る気持ちをぐっと抑え、何とか上空を目指す。

 ジュンヤ曰く、ドームの真ん中に開いた穴はどんどん広がっていて、そこからなら簡単に中へと入ることができるのだとか。ドームの中心に政府ビルがあり、その周辺にエスターがいるとも言った。

 丸いはずのドームの壁は、天辺に向かうにつれ、所々内側に窪んできていた。亀裂が走った先を見ると、確かに壁が崩れ、大きく開いた口が見えてくる。


「そこから下へ落ちていけ。バランス、崩すなよ」


 全く頼りにならないジュンヤの助言、バースは湿った手で力一杯ハンドルを握り、アクセルの踏み込みを調整しながら宙へダイブした。

 一定期間なら滞空できるなんてことを耳にしたが、その詳しい操作方法を聞いていたわけじゃない。エアバイクはふらりふらりと左右に揺れる。振り落とされぬよう、バースの腰に掴まるジュンヤ、重すぎて手元が狂いそうになる。

 重力に耐えきれず、エアバイクは落下していった。車体の前方を下にして、どんどん地面に向かって落ちていく。


「踏ん……張れ……!」


 背の低いバースにとって、暴れるエアバイクを抑えるのは至難の業だ。車体があちこち飛んでいかないように、ハンドルを握り続けた。

 耳をつんざくような激しい音が轟き、顔を上げる。何かが光を帯びて浮いているのが見える。


「見えた、アレだ!」


 ジュンヤの声に目を凝らすと、確かに視線の先に人型の何かが。

 大きな白い翼を持った、白銀の天使――エスターだ。


「あ、アレに近付こうっての? 無茶言うなよ」


「お前が自分で行くって言っただろうが」


 口では冗談交じりに喋ったが、本当に辿り着けるのかどうか。

 ドームの中はまるで火の海だった。

 崩れ落ちるビル、燃えるものがなくなるまで燃やし尽くそうというのか、炎が何もかも飲み込んでいく。火柱があちこちに立ち、既に人の姿など、どこにも見えなかった。

 上空にいる天使と自分たち、他に動いているものは見えない。

 炎の中で一つだけ、巨大なビルが折れずに立っている。天まで届きそうなそれが政府ビル。しかし、それさえも、あちらこちらが崩れ、原形をとどめてはいなかった。

 落ちたら死ぬ、一巻の終わりだ。肝に銘じて、前に進む。

 下から熱い風が上がってくる。そして上からは冷たい風が。二つの風がぶつかり合い、激しく渦巻いている。このなかで飛び続けるのは無茶だと思うが、まともに着地できそうな場所もない。


「ビルの屋上を辿りながら行くしかない。一旦、損傷の少なそうなビルの上に降りて、もう一度上昇するんだ」


 言うだけなら簡単だ、思いながらバースは、ジュンヤの指示に従って、すぐ側の細長いビルの屋上へエアバイクを走らせた。火の手はすぐ側まで迫っていた。停車後、息を整え、再加速、再浮上。同じ方法で徐々に高いビルに乗り移り、政府ビルを目指して走っていく。


「ディックが政府ビルの最上階にいるはずだ。合流、出来るならしたいけど、通信機、持ってないんだよな」


「そんなこと、言ってられないよ。とりあえず行くだけ行こう。向こうからこっちに気がつくかも知れないし」


「……だな、行くか!」


 足場に出来るビルが残り少なくなり、とうとう傾きかけた政府ビルの建物だけが目の前に迫る。これを上るより仕方が無い。しかし、中を潜って行くには時間が足りなさすぎる。


「外壁を垂直に上るってアリだと思う?」


 と、バース。


「今更何言ってンだよ。アリに決まってるだろうが」


 ジュンヤが後押しする。

 これまでのようにバースの腰に腕を回している状態では、垂直に進めない。ジュンヤは身を乗り出して、右ハンドルの外側を握った。左にぶら下げた布鞄を死守するため、左手は離すことが出来ないらしい。片手で全体重を支え、引き摺られるように垂直に運ばれていく。

 地面から吹き付ける熱い風が、ビルの外壁に沿って上へ上へと車体を押し上げる。エアバイクは加速しながら、最上階向けて突き進んでいった。

 こうしている間にも、天使は身体に蓄えたエネルギーを時折プラズマのように放出する。攻撃が終わったかと思うとまた充電、ドーム中のエネルギーを吸い取っていく。

 ドームの天井は既に三分の一近く崩れ落ちた。このドームをぶっ壊して、それで満足するとはとても思えない。次、またその次と、一つずつ破壊していくのは目に見えている。

 最上階に近付くにつれ、どんどん先細る政府ビル。何があったのか、潰れてしまった階も目にした。一部がゴッソリ削り取られている場所も。

 満タンだった燃料は半分以下にまで減った。あと少しで最上階、とにかく上に進まねば。

 日差しが徐々に強くなる。風も少しずつ冷たくなっていく。外の空気だ。

 グンと車体が宙に放り投げられ、浮き上がった。垂直の壁が途切れた。最上階に到達したのだ。

 天井を失い、足場もガタガタ、死体に火の手、残骸の散るその場所は、ジュンヤの記憶とは大きく違っていた。

 何も無い。

 ティン・リーやその美人秘書、それから特殊任務隊の五人が自分を見定めるようにしていた執務室が、跡形もなくなっている。そこが執務室だったと、床のタイルや壁の一部が知らせているが、原形をとどめている場所は殆どなくなってしまっていた。

 バースはゆっくり着地すると、ヘルメットを脱いでエアバイクのエンジンを切った。シュンと空気の抜けるような音がして、車体がボコボコした足場に触れる。


「ここが、総統のいた場所だってのか」


 バースが言うのも無理はない。この世の終わりのような光景が目の前に広がっていれば、誰だってそう思うはずだ。

 ジュンヤにしたって、ドームから離れたときよりも更に被害が拡大していることに胸を痛めていた。何をどうやったら、ここまで街を破壊できるのか。エスターの、いや、白い天使の力に唖然とする。


「なぁ、ジュンヤ、ディックは?」


 辺りを見回すが、人影らしい人影がない。どうやら本当に、動いているのはジュンヤとバースの二人だけらしい。

 つい数時間前に送り出したEUドームとESの戦闘員たちは、見覚えのある者無い者、皆息絶えている。

 壁のすぐ側で倒れているのは、ハロルドだ。彼も、動く気配がない。やはり死んでしまったのか。ディックは……、居ないようだ。


「ま、まさかとは思うけど、し、死んだとか……ないよね」


 恐る恐る、バースが言う。

 エアバイクから降りて、不安定な床に立ち、改めてぐるっと周囲を見渡す。人影なんて、どこにも――。



「誰が、死んだって?」



 真後ろに、大きな影があった。

 あちこち服は破れボロボロで焼け焦げているが、安心感のあるガッチリとした体つき。深い青色の瞳とトレードマークの口ひげが、光を背にして二人を見下ろしている。


「ディック、無事だったのか」


 緊張の糸がほぐれたように、ふっと肩の荷が下りた。

 ジュンヤは久しぶりに明るい声を出して、その男を見上げた。


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