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前編

このクズっぷりといったらない。自分でクズだと言うヤツほど心底ではそう思ってないものだが、今の俺は自覚のある、真性心底クズの塊だ。これは言い切る。第一頑張りようがない。頑張ったところで間に合う窮状じゃないのだ。

ネットの掲示板で『人生詰んだ』っていうヤツがいるけど、俺からみるとまだまだ余裕だ。金が無いなら電話一本闇金がある。それ借りまくって払えなくなって親兄弟に電話され、スッテケテンの鼻つまみ者。それでもまだ良性のクズモドキ。

鬼のシャウト悪魔の怒号、しつこい督促(とくそく)シカトし続け寿司15人前、ピザ20人前、トドメに葬儀の花輪が届く。それを涼しい顔で追い返し、明日の競馬のタネ銭を工面する。親兄弟、親戚友人は見込みゼロ。ここはヤバいと評判の極悪金融に電話してみる。

「あれっ岡田さん?埼玉の岡田繰太さん?ちょっと待ってね、あらら、っつーかあなたブラックですから貸せないよこれは」


引き下がるわけにはいかない。


「オタク闇金だよね」

「うーん、まあそうだけど…」


「ブラックOKでしょ」

「失礼だけど岡田さん。あなたブラック闇金のブラックリスト載っちゃってますよ」

「じゃさあ、一万でいいよ」

「うーん無理だね」

「けっ、闇金の意味ねーじゃん」



電話を切った俺はうふうっ、とため息。 明後日までに地元のヤクザに十万払わないと(さら)われる。どうにもならずにクズならではのシュミレーションを試しみる。腎臓を片方売る。これは四十万。しかし借金のカタに売る場合は差額なんてくれるはずもない。小説やドラマの話ではなく、実際に売ったヤツを俺は知っている。残った腎臓パンクして、病院行ったら怪しげな手術跡通報されてあえなく御用。人工透析欠かせぬ受刑者となり、わずか二ヶ月で獄死した。俺は知っている。そいつの心情を。その場凌(しの)げればイイのだ。しかし最悪死んでもイイ。博打のようなモンなんだ。それは愚かな考えだってことは俺だけじゃない、むしろクズほどよく知ってるだろう。


この生活から抜け出すには? 今から仕事したって間に合わない。うまく競輪競馬で金増やし、現状切り抜けたらちゃんと働く。 警察には行けない。闇金に通帳売ったり、他人を丸め込んで金を騙し取ったことが必ず露呈するだろう。


ヤクザに追われ警察に狙われては逃げ道なんて最早ない。強盗や空き巣するには絶対的にエネルギーとスキルが足りない。

ううっ、ううっ、と唸るばかりで策が出ない。

今度ばかりはそれこそ『詰み』かと思うと同時に、詰まれたらもう他人(ひと)に迷惑かけなくてもよくなるかな、などと考えたりもするが、このまま黙ってるとどうされるんかな?

ヤクザが先かサツが先か、忘れた頃に嫌がらせの出前や花輪。一気に複数の厄介を抱えると考えがまとまらない。


俺は優先順位を付けることにした。まずはヤクザだ。警察は放っておくしかないだろう。闇金は親兄弟に鬼電の嵐だろうが、それも放っておく。最悪怒った身内に殺されそうになったら、俺のせいで俺以外に犯罪者を造るのはさすがに地獄なので俺から死ぬことを考えてあげよう。


しかし万策尽きたのは火を見るよりも明らかなので毛布の中で目を(つむ)るしかない。ちゃぶ台の携帯電話はバイブにしてあるため、ヴィーンヴィーンとふるえっぱなしだ。

軽いが硬い音がして、携帯電話がちゃぶ台から落ちたのがわかった。


面倒なので放っておく。


「もしもーし、もしもーし岡田さん岡田さん」


クソッ、このバカ携帯がっ。ちゃぶ台から落ちただけでもバカなのに要らん電話に出やがって。しかもスピーカーモードとは。もういいわ。どんだけの罵詈雑言も優しい気持ちで聞いてあげよう。


「岡田さーん。聞いてる?さっきの闇金だけどさ、もしもーし」


今さら何じゃこの詐欺師極道金貸し。


「あのさぁ、切らないで聞いてね。」


聞いてるよボケ


「岡田さんさあ、俺四十万出すよぉ」


うるせーハゲ。さっき一万でも駄目だっつって、四十万ってパラダイス過ぎだろが。


「この四十万は貸すんじゃないよ。あげちゃうんだから」


頭おかしいんかお前。四十万って円か?それは円なのか?


「岡田さーん。あなたヤバいよ。ヤクザにバンバン債権渡っちゃってるよー」


何言ってんだこの野郎。闇金の取り立てでヤクザが出てきちゃ割に合うわけないっつーの。そもそも俺は借りた元金の三倍は払ってるんだぞ。元金なんて一件二万の十社位だっつーの。


大方お前が他社の債権安く買い取ったんだろう?

極悪でネットにバンバン書かれてるお前はバックにヤクザっつーより、ヤクザそのものなんだろう?しょせんは構成員のチンピラだろうがな。

ん?静かになったな。バカ携帯はもう電源切っちゃおう。


ん、まだつながってる?


「おっかださーん、今持ったね、今電話持ったよね」


うわっ、こいつは並みの強者じゃないな。

適当に話してトンズラ決めよう。



「なんなんすか一体」


「いやー、あのね、岡田さんに頼みたい仕事があるんだけどさあ」


(かす)れた声の圧はアウトローだなやっぱり。


「は、はあ」



「なーに、岡田さんだったらチョロい仕事だからさあ」



「……」ヤバいヤバい。これはヤバい仕事だ。内容は聞かない方がいい。受けたら最期、一銭も貰えず俺はヤクザに引き渡される。

「あのう、勘弁してもらえませんか。俺返す気持ちはあるんです。でも怖い人に返さないと即死なもんで…」


「あんたさあ、何か勘違いしてるよ。アタマパニくってるねぇ」


これは暇つぶしなのか。俺のようなクズ債務者をからかい痛ぶり優越感に浸るという闇金ならではのストレス解消法なのではないのか。


たしかに俺はいつもパニくっている。「で?今急々に払わないといけないのはドコ?」


「○△×組の佐倉って人です」


「あちゃあ、本職から借りちゃ終わりだよあんた」


だから焦ってるんだよ。何なんだよこれ。


「でもそれは大丈夫。俺同じ会社だし」


そら来た。結局ヤクザかこの野郎。


「もう時間がないので電話切ってもいいすか」


「ダメダメダメちょっと待ちなさいよ」


「はぁ」「その件については話付けるから連絡先教えて」


「はぁ」


この兄さんはワケがわからない。


「一時間後また電話するから電話出てね。あっ言い忘れたけど、俺、加山っていうから。じゃ後でね、岡ちゃん」


はあ、やっと終わった。不気味過ぎて吐き気がする。俺はこの窮状にまたもう一つ厄介を抱えたのかもしれない。

最悪の結果はどうなるのか。


『今の電話の加山が○△×組の佐倉に自分の債権を売り、佐倉の俺に対する債権が膨れあがり、俺は内臓取りまくられるか、タコ部屋で十年年季で働かされ、良くても廃人確定、死んだらゴミとして埋められる運命』


やはり最悪は「死」なのだろうか。いや、違うな。


俺がどんな死に方しようが、身内や友達の憎しみは消えないだろう。俺はそれだけのことをしてきたんだ。俺が逆の立場だったら超々憎たらしいもん。人は死んだ犬より、死んだクズこそ打ちまくるもんだろ。死んだらほんのちょっぴり悲しまれる位の人間になりたいもんだよ。


ああ、なんで生まれてきたんだろ、なんで生きているんだろ、俺がいなきゃ俺の身内も友人も確実に今より幸福だったワケで、でもなんだ、俺も迷惑かけたくてかけてるワケじゃなく、でも必ず迷惑かけてしまう習性なワケで……ようは俺が出来損ないのクズだからというのがやっぱ一番の原因なんだ。

あっ、マズい。無駄な時間費やしちゃったよ。はあーっ金策、ないわな。

こんなときは一時眠ろう。眠ってる間は俺の時間だ。起きたらまた考えよう。

ん、ん、また電話、しかもさっきの加山じゃん。ヤツは怖いがどうにでもなれ。

「岡田さーんおまたせ」

「なんなんですあなた」

「だからあ、話つけましたよー」


「ええっ、あのっ、あの高利貸しの佐倉さんと?」


「話はつきましたけどねえ、これは必ず払わなきゃダメだよ」


「それは払いたいです。っていうか、どうやったら払えるのかで今苦しんでるんですよ」

「岡田さんさ、振り込み先教えてよ」


「ちょ、ちょっとなんなんですか」


「岡田さんさあ、俺も間に入っちゃったから責任あるワケよお」

「えっ、でも」


「で、その佐倉ってーのも堅物でさ」


「は、はあ」


「俺の世話にはなりたくないっつーワケ」


「……」


「だからあ、あんたに振り込むからあんたから払ってやってよ」


「は、はい」



意味があまりわからないが、今の俺に金を振り込むとは。やっぱり気持ち悪いなコイツ。

「じゃあ振り込むからね。入金確認したら電話頂戴」


これはなんなんだ。地元のヤクザに返す金を見ず知らずの闇金が立て替えるなんて。ありえない。もし、ホントに十万振り込まれてたらどうなんのかな。ハッキリ言って怖さしか残らんわ。



―――――


きたきたきた。ホントに振り込んで来やがった。八万円。とりあえず全額下ろしてっと。

加山に電話……しないと逆に不気味だ。


「もしもし岡田ですが」


「はーい岡田さん金入ったよね」


「はい八万下ろしました」


「そのまま佐倉に電話して」

「えっ、佐倉さんに」


「いーから言った通りにして」


「は、はぁ」


「その金で競馬なんかやったら死んじゃうよあんた」


わかったわかったよ。なんかもうすっかりあっちのペースだな。エッと佐倉に電話っと。


「ああどうも岡田ですう」


「おう岡田さん。小ズルい手使ったなお前」


「えっ…」


「まあいいや。今から口座言うから六万振り込めや」


「ろ、六万でいいんすか」


「ああ、五万貸したんだよな。利息一万でいいわ」


「そ、それでチャラっすか」


「ああ、でも今すぐだぞっ」


「は、はい」


六万でいいのはいいとして、でも俺の金じゃないから有り難みもあまりない。それにしても闇金の加山って何者なんだろ。


とりあえず振り込んで加山に電話っと。


「岡田ですが、今佐倉に振り込みました」

「ああ、そうよかったねえ」


「で、このあまった二万は……」


「生活費に充てりゃあいいじゃん。文無しなんだろ」


「はぁ」


「一つだけ言っとくけど、競馬は駄目だぞっ!」


いきなり凄まれた。こ、怖い。


「あとさ、俺の仕事頼まれてくれるよね。岡ちゃん」


乗り掛かった舟っつーか、ここは言うこと聞くしかないんだろうな。やっぱ怖いわ。


「そんな難しいことじゃないんだよ。」


「はぃ」


「岡ちゃんさあ、青森行ったことある?」

「通ったことはあります。修学旅行で」


「へっ、まあいいや」


「青森のタコ部屋かなんかっすか」


「はっはっ、岡ちゃんおもしろいねえ」


「じゃ、な、なんなんすか」


「いやなに、青森まで小っさな段ボール一個運ぶだけだから」


運び屋?とうとうヤクザの手下、本格的犯罪、シャブかチャカ……あとは……とにかくなんかヤバいもんにちがいない。


「岡ちゃん家に俺行くからさ、その荷物持って」


こ、怖すぎる。そもそも佐倉だって地元じゃ知らぬもの居ぬアウトローだ。その佐倉を簡単に説き伏せた加山は相当な大物かも知れない。


「送ってもらうってのはダメなんですか」

「ダメだよう、送れるんだったら岡ちゃんなんかにゃ頼まねぇんだから」


そりゃそうだ。でも加山と会うってやっぱ怖い。


「じゃあさ明後日の10時に行くから」


「はあ」


「逃げたらどうなると思う?」


「ど、どうなる……」


「ウチの枝にさがさせるから」


「え、枝って」


「手っ取り早く言うと佐倉んとこだよ」


「わ、わかりました」


「それまでその二万で(つま)しくしててね。じゃあね」


なんということだ。加山はそこそこな大物だった。あの滅茶苦茶暴力装置の佐倉のトコが『枝』とは。とりあえず、最大の不安事は切り抜けたワケだし、今日は加山に揺さぶられて疲れてしまったな。とりあえず食料買い込んで、明後日まではおとなしくしていよう。それにしてもヤクザの大物が闇金なんてションベン仕事するんだろうか。加山ってヤツは得体が知れない。


―――――


今日は加山が来る。なにがどーしてどーされるのかさっぱりわからん。部屋の掃除は昨日したし、っつうか、加山を部屋に上げるのか?俺は。


今日は落ち着かない。


それにしても気になることがある。加山との一件があってから闇金の督促が止まった。 いやがらせの出前や花輪も止まった。まさか加山が……とりあえず昨日一日は平穏だった。


金に忙しい生活を一年以上続けた俺は、殆ど心休まる暇がなかった。なんにも追いかけられない生活がこんなにイイもんだとは。


元々好きだった小説を読んだり、映画のDVDを見たり、大好物の缶コーヒーをがぶ飲みしたり……


間もなく加山が来て、恩着せの無理難題を押し付けられ、パクられるか、下手したら生き死にに(かか)わる大事が俺に振りかかるのかもしれない。でも加山には感謝しなければなるまい。


昨日一日の安息日を俺は忘れない。


ピンポーン


来たな加山。ドア開けなきゃ。


「おはよう岡ちゃん。はじめまして」

「岡ちゃんさあ、ちょっと出ようや」

「ええっ、どこ行くんすか」

「いいからいいから」ちょ、加山力強すぎ、手首抜けちゃうわ。「運転手さん近いカラオケボックスに行ってよ」「了解しました」なんだこれは。そーかそーか悪事はカラオケボックスで練るもんなのか。―――着いたけど、加山歩くの早すぎだよ、あっ、そう、この部屋なのね。「岡ちゃん財布出して」

えっいきなりなに。

「金幾ら残ってんの」


「ま、まだ一万と六千円位は」


イッ、財布取り上げられたのはいいけど。か、加山、指ないじゃん。右手は小指だけだけど、左手は薬指もないじゃんよ。


「なかなか宜しい」

よく見ると加山って指はないけど中肉中背、七三にスーツってなんか意外だな。


「馬なんて八百(やお)なんだから」


「ついでに言うとパチや競輪もみんな八百だよ」


「は、はあ」


「ここで八百の概念をあんたに言ってもしょうがないけどさあ」

「は、はい」


「二度と命の金は賭けるんじゃないよ」


俺は圧っせられている。加山はやはり本物のアウトローだ。一見なんの特徴もない薄めの顔の、極々小さな黒い瞳からは冷徹すぎる鋭い光がレーザービームのように放たれていた。目と目が合ったら俺は失禁してしまいそうだ。幸いに加山は今、カラオケのリモコンをいじりながら話している。

「さあて本題だ」

うっ、目を射抜かれた。動けない。

「岡ちゃんさ、これ青森まで持ってって、明日中に」

そんな無造作に差し出されても。なんだこのバックは。黒革のおっさんボストン。重いっちゃ重いな。


「これは俺の稼業と関係のない、全く個人的な仕事だから」


「で、中身は?」


「それ聞いちゃうかい」


「い、いえどうでもいいです」


「知らんことがいいこともあるぞ世の中には」


「は、はい」


「届け先はここ」

『青森県○△市大字○×字△○10-1山賀シヅ様』


そんな朗々と読み上げなくても加山さん。

「それとあと三万あげる。これは旅費込みだからね」


見ないでくれ。そんな射抜くような目で俺を見ないでくれよ加山さん。


「最後に一つ。全てが終わったら俺に電話すること。俺とお前はもう会うことはない。以上」


こ、これで終わり?加山は行っちゃった。でも足が震えて立てないわ。加山はホントに怖い奴だった。

テーブルの上の財布には加山が三万円補充してくれたようだ。今のところボストンの中身は見るつもりはない。

――――――



バスって疲れる。節約して高速バスで青森着いたけど一睡もできんかったな。今六時半、こっから○△×市って電車かあ。発車まで三時間もあるわ。そこのネットカフェで時間ツブそ。


おー盛況盛況、都会となんら変わんないじゃん。しかもこっちの女って色が白いし目がパッチリだし、ネイティブにキレイだよ。おいしそうだな。


ん? 女を品定めするなんて俺いつ以来だろ。ここ一年は闇金との借り返し、金の自転車操業に精根費やし、最終的に本職のヤクザ金融にまで手を出してしまった俺。金に困ると性欲なんかなくなっちまうんだな。俺の場合食い物の心配が先だもん。もう四十になる男が情けない。


クズのクズのドクズの極み。


この一件が無事に済んだら働こう。加山はあとは金くれないだろうな。こんな俺に十一万もくれたんだ。もう充分だよ。このボストンを山賀シヅ――― この辺一帯を仕切る女組長かなんか知らんが、俺を無事に帰してくれるだろうか。それとも近いうちに俺は警察に持って行かれるのかもしれない。


それでもいい。


忘れかけていた一昨日のような安息の日。あんな日がまたくることがあるのなら。もうこりごりだ。いつもビクビク人相最悪、人騙し続けてきた俺は、最早人間の血なんか流れてないのだろう。


つづく

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