満月
「今夜は月が綺麗ね」
月光に照らされた艶めかしい君の裸体が僕の腕のなかで踊っている。
「だって満月だものね」
ニコリと笑った君のことが、ふと、恐ろしいと感じた。
体に這わすその舌を、いつ切り取られるのかドキドキしながらも、僕は君を抱いた。
それは初めての甘い甘い夜だった。こんなにはっきりと、こんなに美しい満月の夜はそうそうないんじゃないか?
君を抱きながら、僕は恍惚とした表情を浮かべる君の唇にキスをした。
何故だろうか。君はひたすら受け身だったはずなのに僕を手の平でころころと転がしているようだった。
「ねぇ、あたしが死んだら、アナタも死んでくれる?」
僕の腕のなかで、君は唐突にそんな質問をしてきた。僕はいっそう君のことを怖いと感じた。どうしてそんなことを言うんだい?
どうしてそんな悲しいことを?
君の足首には無数の白い線があったが、それがまさか君が死にたい理由だとは知らなかった。
知らなかったんだ。
「あたしのこと好き?」
君は月の光を背に受けて、艶々した唇を開いた。
好きだよ。
僕が返事をすると顔を歪ませた君。
何故?何故そんな顔をするんだい?だって君の欲しがってた返事じゃないのかい?
「嘘つきね」
え…?
僕は君を見くびってたのかな。君は僕がどんな人間なのか全てを知っているような恐ろしい顔をしているようだった。
君はただ僕に抱かれる人形ではない。そう気付いた時にはもう遅すぎて。
「素直なアナタに逢いたかった」
やはり君は、僕を手の平でころころと転がしているようだった。偽善者の僕を、君の理想を演じようとした、愚かな僕を。
「愛してると言ってと言えば、アナタは何の躊躇もなく言えるでしょう?」
ほら、僕の腕のなかの君は僕の全てを見抜いているようだ。
駄目だ。もう君を抱ける自信がない。
君を愛していないわけがないのに…。
「ごめんなさい。月の所為かしら?アナタがいつもより優しく見えたから」
そう言って、僕の腕からスルリと離れていった君を僕は捕まえることができなくて。
月の所為だって?こんなに美しい満月の何が君を狂わせる?美しすぎるこの満月の何が?
「何もわかってないのね」
わからないさ。
わからないんだ。
「アナタの素直な言葉、初めて聞いた気がする」
君が笑った。優しい、月より綺麗な真ん丸い瞳で君が笑った。
「ねぇ、あたしのこと、愛してる?」
2年前に書いたものです。古いせいかちょっと自信がありません。(苦笑)