あなたは私が傷つくのを見たくないと言う。でも、あなたが私を一番傷つける。
ちょっと切なめ系かと思います。苦手な方はご注意ください。
「傷つけたくないんだ」
そう言う目の前の人物。
すっとした切れ長の目。
深い海みたいな髪の色はとても綺麗だと思う。会ったばかりだけど、胸が高鳴るのを感じた。
だから、この人の話に耳を傾ける。
私はサッキュバスという種族。
軟派な種族と言われるが、一目惚れして、関係を持つのが早いだけ。
その人の夢の中に入り込み、求愛をする。睡眠を誘発する魔法を使うのが常套手段なんだけど、目の前の彼には睡眠魔法が効かない。
何回か睡眠の魔法をかけて眠らそうとしたんだけど、できなくて実力行使しようとしたら向こうから話しかけてきた。
「君、綺麗だね」って。
不覚にもキュンとしてしまった。
ああ、残念でたまらない。
眠ってくれたら夢の中であんなことやこんなことできたのに。
そしたら、あなたの子ども産めるのに。
「傷つけたくないんだ」
彼を凝視すると、こほん、と彼が咳払いしながら話を続けた。
「君があまりにも綺麗すぎて……。この先にいる魔界四天王の一人、グリードに用があるだけなんだ。通してくれないかな」
私は首を横に振る。
だって、目の前の人はグリード様を殺しに来たんだもの。
そんなの解ってて通すことなんてできない。
「仕方ないな」
そう言うと、ぶんっ!と大剣が振られた。
私に向かって。
……ちょっと待って。
彼は今、何をした?
剣が振られた先、私は自分の肩を見ると、じんわりと血が出ていた。
「っ!!なにをっ!!」
怒りに任せて彼に強風を浴びせる。
「ぐああっ!」
悲鳴が聞こえる。
地面にドシャリと倒れる人の音も。
――違う。
そんなつもりじゃなかった。
「アレフ!!」
少し離れて様子を見ていた白魔術師が彼に駆け寄って、回復魔法をかける。
そして、ぎっと私を睨んだ。
彼女は私を睨んだまま、詠唱を始めた。たくさん素粒子が彼女の周りに集まっていく。
これは光の魔法。
私達、サッキュバスが最も苦手とする聖術だ。しかも威力が高い魔法を使おうとしている。
殺される!!
殺される前に殺さないと!!
私も負けじと、風魔法の威力が高いものを放つために風を起こし始めた。
しかし、お互いの術は放たれることはなかった。
「止めろ!!」
彼―アレフ―が白魔術師を止めたのだ。
集まっていた素粒子は霧散し、私も術の発動を止めた。
立っているのもやっと。
その状態で彼は叫んだ。
「お互い傷つくだけだ!サッキュバス!!君が傷つくのを見たくないんだ!」
そう言うのに、アレフは白魔術師を庇うように前に進み出た。
白魔術師の女性は安堵したように微笑み、そして僅かに頬を赤く染める。
今のは私に放たれた台詞だけど、明らかに彼女を守るために紡がれた言葉。
魔法が放たれた場合、お互いただでは済まないと解っていたが、白魔術師だけの相手なら私の方に分があった。
それをアレフは判っていた。
だから、彼女を庇うために私にそんな優しい言葉を投げかけた。
胸がすごく痛い。
サッキュバスは確かに人間から見れば、『手当たり次第、寝る種族』だろう。
でも、私達は毎回本気なのだ。
本気で好きになって子どもが欲しいと思って夢の中に入り込む。
でも、当たり前の様に相手には生活があって、異種族、ましてや敵である場合が多い私達と共に在ることは決してない。
だから、一夜で我慢して、諦めるためにまた次の人間に惚れて……と永遠に連鎖していく。
次から次に一目惚れするのは、そういう辛さを軽減するための一種の自己防衛本能だと思う。
でも別れの瞬間はいつも辛い。
「退いてはくれないか、サッキュバス」
アレフは反応しない私に剣を構える。
傷つけたくないって言ったくせに、傷つくのを見たくないって言ったくせに態度でも言葉でも、あなたが私を一番傷つける。
もうこれ以上は耐えられない。
「サッキュバス、『逃亡』しましたね」
「『説得』に応じてくれて良かったよ」
ふーっとアレフと白魔術師はその場に座りこんだ。
さっきまで目の前にいた魔界四天王グリードの手下は見当たらない。
「あの術放たれていたら死んでたろうなー」
サッキュバスがつくっていた竜巻を思い出して、アレフは身震いした。
どこか哀愁を漂わせる雰囲気を持つサッキュバスは、それは儚げで世間離れした美しさだったが強さは並みではない。
最後まで戦っていたら、大打撃を受けていただろう。
「『説得』って、結構役に立つんだな。もっと早く勉強しとけばよかった」
今までは敵と会ったら、ひたすらに戦っていた。しかし、グリードのいる山はレベルが高い敵が多く、しかもグリード自体がとてつもない強さの持ち主。できるだけ戦わず体力を温存しておきたかった。
だから、話術の勉強をいっぱいして『説得する』という技術の成功レベルを上げたのだ。
「サッキュバス、泣きそうな顔して飛んでいきましたね…」
「そうか?それより、グリードがいる所まであと少しだ!一緒に奴を倒しに行こう!」
「はい」
アレフは立ち上がり、白魔術師に手をさしのべる。
そのキラキラした瞳に白魔術師は見惚れてしまい、先ほど自分が言った台詞なんて忘れてしまった。
二人が去った後、戻ってきたサッキュバスが涙を一滴流したことなんて誰も知らない。
そうして彼女は敵をなるべく通さないようにするために、そして自分を守るために、誰かが来るのを待っている。