第七話 海と風のいたずら
ビーチの風画達は、恒例のビーチバレーに興じていた。風画&美奈チーム対槍牙&沙輝チームによる、時間無制限五ポイントマッチだった。
「食らえぇ、槍牙! 白狼スペシャルサーブ!」
風画は渾身の力を込め、ビニール製のボールを思いきり拳で叩いた。
ボールは見る見る加速し、ぐんぐんと上昇し、槍牙のコートを飛び越えて、遙か彼方の男の顔面に激突した。
「あちゃあ!」
風画は大袈裟なリアクションをとり、ボールの当たった男に駈け寄った。
「すいませーん。大丈夫ですかぁ?」
ボールをぶつけられた男に怪我はないようだったが、問題はぶつけられた男の方だった。
「うわあああああん。みんなして僕のことおおおおお。もう、嫌だああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
男は目にも留まらぬ早さで走り去る。それこそ脱兎の如く。
「あれ、アイツ、どっかで見たことが有るような無いような……?」
地面に転がるボールを拾いつつ、風画は小さく呟く。
「ま、いいか」
風画はそう言って、槍牙達の居る所へと戻った。
進矢は漕ぎ疲れて空を仰いでいた。
「はあ、はあ、はあ……」
心臓の鼓動はドキドキではなく、ドクンドクンに変わっていた。スポーツをした直後に感じる鼓動だった。
息を切らして俯く進矢。彼は首を持ち上げて裕美を見ようとした。すると、裕美はボートの片方の縁にもたれるようにして寝入っていた。
「あ、あれ? 高木ちゃん?」
進矢は裕美の肩をさすった。
「高木ちゃん。どうしたの? 船酔い?」
進矢は尚も、裕美の肩をさする。
「ん、あ、なあに?」
裕美は目を覚ました。
「あれ、寝てただけなの」
進矢は安堵の表情を隠しきれなかった。
「あ、うん。ごめんね。心配した?」
「ん、あ、いいや。全然」
進矢は両手の手のひらを裕美に向けて両手を振り、大袈裟なリアクションをとった。
「ごめんね。実はさ、昨日のバイトでいつもより多くお客さんが来て、それでいつもより疲れちゃったの」
裕美は大きく伸びをした。
「ああ、そうなんだ。どこでバイトしてんの?」
「国道沿いのエネオスの脇を行った先にあるコンビニ。昨日はさあ、ホント大変だったんだよ。いつもだったら、一時間に十人くらいなのに、昨日は三十人くらい来てさあ。しかも、昨日はいつも入ってる女子大の人が居なくて、ずっと一人だったんだから」
「そうなんだ。ははは。お疲れさま」
二人の会話は見る見るうちに膨らみ、気付けば互いに笑い合っていた。しかし、二人はそれと同時に、もっと重要な物を見落としていたのである。
ビーチバレーも一段落し、パラソルで一息ついていた風画達は寝そべってのほほんとしていた。
「なあ、美奈。明日部活有るっけ?」
「んもう。風画クンは部長でしょ。もっとしっかりしなさいよ」
「ごめん、ごめん。槍牙ぁ、どうだったっけ?」
「多分、三時からだ」
「そっかぁ、さんきゅ〜」
「ねえ、そう言えば沙輝ちゃんは?」
「あふぁ〜、寝みい……」
「風画クン。聴いてる?」
「お休みぃ〜」
「ああ、もう。槍クン、どこ行ったと思う?」
「さきほど、ジュースを買いに行くと行っていたが」
「あっ、そう。ふわぁ……、私も寝よ。槍クンお休み〜」
「ん、お休み」
風画と美奈が寝入ってから少し経ってから、パラソルに沙輝が帰ってきた。
「槍クン、ただいま。はい、コーヒー」
沙輝は槍牙に缶コーヒーを差し出す。
「ありがとう」
槍牙はそう言って起きあがり、大きく伸びをした。
「ん〜、くあ〜」
槍牙が気持ちよさそうに伸びをした。
そのおり、首を回していた槍牙に沙輝が話しかける。
「ねえ、槍クン。さっき、監視塔の近くの看板を見たんだけどね、台風の影響で海流が早くなってるんだって」
「うん、それで」
槍牙は缶コーヒーを開け、中身を飲み始めた。
「それでね、裕美達大丈夫かなって……」
沙輝が言い終わると、槍牙の顔が一気に引き締まり、いつもの怜悧な風貌に戻った。
「そう言えば、進矢達のボートはどこだ」
槍牙は立ち上がり、海原を睥睨した。それらしき物はどこにもなかった。
「ねえ、これって、もしかして……」
沙輝の声には不安が混じっていた。
「信じたくは無いが、信じざるを得ないかも知れない」
ボートの二人の行方は、風と波だけが知っていた。