第六話 回って 回って 回って 回る
そろそろ佳境に入って参ります。
盗撮魔の撃退。自分の食事の譲渡。この二つのお陰で、裕美の進矢に対する好感度は大幅にアップした。ここまで男らしさをアピール出来れば、後は告白するのみである。進矢と裕美の恋の成就は、最終ステージへと駒を進めた。
今の二人に必要な物は、完全な二人っきりの時間のみである。
今日、風画達の訪れた海岸は、日曜日と言うこともあって人気が多い。これでは、二人っきりもへったくれもあったものではない。四人に課せられた使命は、いかに二人っきりにするかだ。
「俺としては、夕方になってから、二人があの岬に行くようにし向けるってもが良いと思う」
パラソルの影の中で風画が言った。
「いや、待て。最初に『二人に任せる』という意見で決まったはずでは?」
折り畳みチェアで仰向けになり、体を焼いていた槍牙が言った。
「夕方になって夕日が出たら、きっと告白出来るよ」
沙輝はパラソルの中でリンゴを剥きながら言った。
「きゃあー。それすっごくロマンチックぅ〜」
美奈は感激のあまり、沙輝に抱きついた。
「槍クンがね、みんなでスキー行った時に、そうやって告白してくれたんだ。ね、槍クン」
沙輝はそう言って、日焼け中の槍牙を見た。
槍牙は沙輝に見られた瞬間にサングラスをかけ直し、気付いていない振りをした。
「何照れてんだよ!」
風画が槍牙を引っぱたく。
「痛っ!」
胸板に風画の張り手を喰らった槍牙は、一瞬縮み上がりその拍子に折り畳みチェアから転げ落ちた。
「ぶごっ!」
槍牙は体の正面から砂地に突っこむ。
槍牙がビーチと正面衝突していたとき、裕美と進矢は、貸しボートで沖に出ていた。
進矢はボートをこぎながら、あれこれと思案していた。
(ボートに乗ってんだから、告るなら今だよなぁ……。でもなあ、物事にはタイミングってモンが……)
進矢は一人ぶつぶつ言いながらボートをこぐ。そのおり、進矢の耳に裕美の声が入った。
「ねえ、飯島クン。ぐるぐる回っちゃってる……」
進矢は我に返った。彼は考え事に夢中になりすぎるあまりに、片方のオールしか動かしていなかったのである。
「ああ、ごめんね」
進矢は裕美に謝ってから、動かしていなかった方のオールを動かした。
「ねえ、今度は反対側に回ってるよ……」
進矢は完全に自分を見失っていた。
「ははは。ごめんね」
進矢はそう言って、オールから手を離す。
「飯島クン。今日は何か変だね。大丈夫?」
裕美は進矢の顔を覗き込んだ。透き通った二つの瞳が、真っ直ぐに進矢の瞳をその中に映す。進矢はその瞳に魅入られたことにより、体中を駆け巡る強烈な物を感じ、メデューサに見られたかの様に硬直してしまった。
(ヤバイ。高木ちゃんに見詰められてる……)
進矢は自分の心臓が、これまでの人生経験の中で一番早く脈打っていることを痛感していた。
(どうしよ……。可愛すぎて……、ヤバイ……)
進矢は目を逸らすしか無かった。
「大丈夫? 顔、赤いよ」
進矢はどうすることも出来ず、ただただオールを漕ぐことしか出来なかった。裕美に魅入られたことに戸惑いを感じた進矢にとって、その状況を打破出来る事はそれしかなかったのである。
「飯島クン。また回ってる」
裕美の声であれも、今度ばかりは進矢の耳には届かなかった。
『ペンキ男』こと宇佐美秀二 ♂ 身長…159センチ 体重…54キロ
元映研部の一年生。直哉に叱られ、そのいざこざからペンキを被り『ペンキ男』と呼ばれるようになった。今は元映研部の三人と『映画研究同好会』をやっており、彼は書記。