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挟間町カランコエ  作者: 良島 莉子
第一章 ヒマワリ ~con malinconia~
8/9

4.0 ヒマワリ(3)

はっぴーにゅーいやー!

久々の投稿です◎

 染谷邸に充の弟、紙歩が辿りついたのは、ちょうど夕飯になる前だった。アトリエの片付けを終えた猶臥と泰彦が庭で、家の中に入って夕食の準備をする充を待っているところだった。

 閉講して閉めたはずの門が開く。

 二人は何事かと門に目をやった。

 すると、すらりと細長い男が入ってくる。

「紙歩さん!」

 泰彦は目を輝かせて紙歩に走り寄った。

「久しぶりですね! いつからこの街に帰ってきたんですか!?」

 紙歩はうっすらと微笑む。

「さっき。夏休みあんまりもらえなくてさ、今日もとんぼ帰りになっちゃうけどな…」

「えぇぇ…色々話聞きたかったのになぁ…」

 泰彦も歩み寄って、不満そうな顔をした。

「僕もドラムの指導してほしかったけど…残念です」

「悪いな。…本当は今年帰ってこないつもりだったんだけど、兄さん達の結婚を祝おうと思ってね」

 ――…ヒマワリ?

 猶臥はハッと午前中の出来事を思い出した。


 ――"佑真と俺と…弟の紙歩でな、同じタイトルで描いたんだ"


 充の声が頭の中で響く。

 ――紙歩さんが来た目的は…奥さん? 昔好きだった人の結婚を祝いに…? あり得ない話じゃないけど…。

 猶臥は少し困惑した目をした。

 紙歩が、リビングと庭を繋ぐ大きな窓を開けた。

「久しぶり、有紗! 紫保!」

 恐る恐る靴を脱ぐ少年二人をよそに、紙歩は自分の家のようにずかずかとあがりこむ。

「叔父さん!」

「紙歩、いらっしゃい!」

 紫保がとびっきりの笑顔になった。そして、紙歩に走り寄って、抱きつく。紙歩も眩いほどの笑顔で紫保を抱き上げた。

 猶臥はその光景に呆気にとられて、口をポカーンと開けた。

「紫保、大きくなったな。この前はもっと軽かったぞ?」

「いいの、成長してる証拠だもん。いつか叔父さん…超しちゃうからね!」

「ヘヘッ…怖いこと言うなぁ。それじゃあもう持ち上げられなくなっちゃうのか」

「え、やだ…」

 悲しそうな瞳を紙歩に向ける。紙歩も困ったように笑った。

 ――何、イチャついてんだよ…。

 猶臥は視線の先を有紗へ向ける。有紗もその視線に気付く。

「いらっしゃい。…えーと――」

「――宇波猶臥です」

 泰彦も慌てて応える。

「尾谷泰彦です」

 有紗が瞬きする。

「あら! もしかして宇波君のお祖父さんってスーパーの店長じゃない!?」

「あ、はい、そうですけど…」

 ――昔ここに住んでたって言うくらいだから親父やじいちゃんのこと知っててもおかしくないのか…。

「よく見るとお母さんに似てるわね」

 有紗がにこっと笑った。

「そう、ですか? よく親父に似てるって言われるんですけど」

「キミのお父さんお母さんとは高校の頃部活が一緒だったの。だからちゃんと覚えてるけど、私はお母さんの方に似てると思う」

 ――…あ、そうだ、思い出した。綾瀬有紗って…父さんたちの結婚式でスピーチしてたの、ビデオで見たことあるぞ。…そんな仲良かったんだ、うちの母さんと。

「…どうして宇波くんが家にいるの?」

 紫保が紙歩から降りて、紙歩の袖を掴みながら恐々と聞いた。

「俺が呼んだんだよ」

 二階から下りてきた充はサイダーの1.5リットルのペットボトルと缶ビールを腕に抱えていた。

「いつも手伝ってもらって悪いしね、晩飯も大勢の方がいいと思って」

 充は手際よく机に並べた。食卓は折り畳み式で、拡げれば来客があっても対応できる大きさで、その仕組みを知っている手付きで紙歩がテーブルを拡げる。

「お帰り、紙歩」

「ただいま。どう、ラブラブ?」

 紫保が一瞬眉をしかめたのを、猶臥は見逃したりしなかった。

「う、うるさいな。冷やかしに来たのかよ」

 ――何であいつ、あんな嫌そうな顔するんだよ? 先生のこと嫌いなのかな…。あ、でも考えてみれば、さっきみたいにベタベタするってことは…紙歩さんのことが好き…? 好きすぎて傷付くの見たくない、とか?

 有紗がそっと充の手を握った。

「私たち幸せよ? 文句あるなら言ってみなさい」

 泰彦が小声で「わーお」と呟く。その顔は赤く染まっていた。ところが、恥ずかしがっているのは泰彦だけでなく、当の充も照れていた。

「子供の前なんだからやめなさい、有紗」

 紙歩がニヤっと笑って、有紗がぺろっと舌を出す。

 ――奥さん…確かに綺麗だけど…分かんないな。取り合うほどの魅力なんて…。そういや、ヒマワリ書いたのって俺たちぐらいの年つってたけど…本当にこの年でロマンチックな絵を描いて送ったりするのかよ。

 猶臥がつばを飲み込む。

「好きだから仕方ないよ」

 ――え?

 有紗が充の肩に頭を寄せながら言った。

「好きなの。それに、新婚なんだし別にいいじゃない」

 紫保がまた一瞬だけ悲しそうな顔をしていた。


 有紗は食べ終わった食器を洗い、充は新聞を読む。少年二人に昔話をする紙歩の肩に、背後から抱きついた紫保が甘えている。

 昔、紙歩と佑真、充は、同じ吹奏楽部で共に演奏していた。佑真と充が高校生になると、自然と三人でバンドを組んだ。この街のライブハウスで彼らはよく演奏していたし、自主制作とまでは行かないものの、知り合いのレーベルのコンピレーションアルバムに楽曲を提供したりして、この街では小さな人気者でもあった。

 そんな昔話の一つが終わったとき、猶臥は何となくあの話を持ち出した。

「あの、紙歩さんは有紗さんのこと好きだったんですよね?」

 紙歩が真顔で猶臥を見る。有紗は水の音で聞こえないのか、視線を落として食器を洗っている。充はフフッと笑って新聞を半分だけ閉じる。紫保もまた不機嫌そうに紙歩を見つめた。

「…お前、俺が留守の間にませやがったな」

 紫保が目を細めて、どこか宙を見つめて言う。

「尾谷くん、…サイダーもうないし、飲み物買いに行きたい。連れてって」

 紫保がカーディガンを羽織る。その後ろ姿が、猶臥には泣いてるように見えた。

 ――やっぱり…小さい頃のアイツみたいだ。

「いーよ。そだ、安い自販のとこ教えてあげる!」

 紫保が振り返ってはにかむ。

「ありがとう」

 その表情に内心猶臥は安心した。

 二人が窓を開けてカーテンをくぐる。少し経って紙歩が笑う。

「お前紫保のこと観察し過ぎ」

「は!? いや、そんなことないっすよ」

「俺の大切な物、取ったりしたら許さないからな」

 ――そんなこと言われても…。

「綾瀬さんは…紙歩さんのなんなんスか」

「…答えられねぇーな」

 充が今にも吹き出しそうな顔で、笑いを堪えている。

「いいか、猶臥。いつわりの富が人を好きになっちゃいけないんだぜ。どうせ幸せになんかできやしないからな」

 ――いつわりの、富? 紙歩さんは一体…?

 充がゆるんだ口元を手で覆いながら言う。

「猶臥、本気にするなよ。こいつただのロリコンだから」

「んだよ、人の趣味にケチつけんな!」

 二人が笑いあう。

 ――…意外過ぎて幻滅だわ…。聞かなかったことにしよ…。

 そう思っても、猶臥の頭の中では稀有な違和感が渦巻いていた。

「ねぇ…何で綾瀬さんって紙歩さんには懐いてるんスかねぇ? すっげぇ謎なんですけど…」

 紙歩よりも先に、充が口を開いた。

「ちっさい頃の有紗と瓜二つだからさ、紫保が小さいときに会って以来惚れちゃってんの。それに…あの頃の紫保は本当に人懐っこくて、紙歩は特に気に入ってたね…」

 ――変態…。

「…どーせそのネタいじられるって分かってたよ兄ちゃん。だからそっち系の昔の話はしたくなかったのに…」

 有紗が水を止める。どうやら食器を洗い終えたようだ。

 同時に、カーテンをくぐって息を切らした紫保が入ってきた。

 肩で息をしながらだが、誇らしげに紫保が笑って言った。

「勝った」

 充が「何に?」と尋ねる。

「駆けっこ。勝ったの」

 ――…ガキか。

 猶臥が笑った。

 ――泰彦も紙歩さんも変なのに懐かれちゃって大変だな…。

 遅れて泰彦がカーテンをくぐって現れた。

 顔から汗が噴き出て流れいる。

「紫保ちゃん速過ぎでしょ…」

「叔父さんには負けちゃうよ?」

 そう言ってニコニコしながら紙歩を見る。紙歩は、その視線に応えるように紫保を抱き寄せた。

「叔父さん、もうおじさんだからなぁ…」

「そんなことないよ! 叔父さんなら、私結婚してあげてもいいぐらい若いもん」

 猶臥が、ふっと嘲笑する。

 それに気付いた紫保が、顔をしかめた。

「何? いけない?」

「いけなくはないだろうけど、紙歩さんはモテモテだからお前なんぞに興味あるわけないって。お前、鏡の自分見たときあんの? それ、紙歩さん取り巻くモデルさんと比べたことある?」

 自然と空気が静まる。泰彦が猶臥の肩に手を置く。

「…猶臥」

「お前、それにさ、その歳でガキみたいな態度取って恥ずかしくないの? それがかわいいとでも思ってるわけ? 勘違いも甚だしいな」

 紫保が紙歩から離れる。

「第一さぁ、そうゆう態度って一番――」

 先生が傷付くんだぞ、と続けようとしたとき、紫保は顔を腕で覆って、2階へ駆け出した。

 泰彦がまだ言い足りなさそうな猶臥をなだめる。

「いつもらしくないよ…、なんで綾瀬さんにそんなにあたるわけ?」

「別に…理由ないけど…」

 ――なんとなく、嫌だ。嫌いとかじゃないけど、嫌なんだよ。

 紙歩が何事もなかったかのようにふっと笑った。

「猶臥、ちょっと外にでも出るか」



 暗いのが怖かった夜道は、今はもう誰かと一緒に歩けば怖くない。

 それでもたまに怖く感じてしまうのは一人の時で、そういう気分の時は紙歩さんの教えてくれた勇気の出る歌を歌う。

 どれだけ心が大人になったとしても、この怖いものは消えない気がするのはきっとまだ子供だから。できるだけ隠さなくちゃ。


 “寂しいの嫌いなの?”


 猶臥の頭の中に、ねこみたいにかわいい笑顔を浮かべるあの子の甘い声が浮かぶ。

 ――小さい頃の記憶なんて…忘れたいのにな。

 6人姉弟の末っ子。挟間市の3割を占める一帯の地主である父親の跡継ぎは、きっと自分にはならない。それでも周りは頑張らないなら家を捨てろと言う。子どもは愚かだとバカにする。猶臥は、甘やかされないで育った。


 “あのね、手繋いであげるね”


 振り払われない記憶。辿る一人の白いカーディガンの少女。


 “私、宇波君のこと…――嫌いだから”


 思い出したくないのに。


「猶」

 自販機に向かって歩いていた紙歩の足が突然止まる。そこで、釣られて猶臥も足を止める。

 ふと、猶臥の顔から胴体までに温もりが増す。夏の汗ばんだ匂いと、昔は毎日のように嗅いだ香水の入り混じった匂いが鼻孔をくすぐる。

 まだ自分が子ども扱いされているような気がした猶臥は、小さく抗おうとする。

 しかし、紙歩がたくましい腕で、強くぎゅっと抱きしめた。

 背中も暖かい。

「ガキなら我慢すんじゃねえよ。バーカ」

 身動きができなくなって、猶臥はやっと口を開いた。

「別に…紙歩さんが違うやつに取られるのはいつものことだし…我慢なんか…」

「ちげぇよ。兄ちゃんに。本当は、紫保が兄ちゃんに向かってぶっきらぼうにするのが嫌なんだろ?」

 ――なんで…紙歩さんは隠してること全部わかるんだろう。

「まぁ…ね」

 ――なんで、俺に優しくしてくれるんだろう。

「…紫保はさ、佑真のこと、まだ忘れられないんだよ。あいつの中ではまだちゃんと父親のままなんだよ。だから、まだ兄ちゃんのこと認めるのに時間要るの」

 ――なんで、あいつのことも分かるんだろう。

「それ以上に…有紗のこと、凄く好きなんだと思う。きっと複雑なんだよ。兄ちゃんと上手くやって行きたい気持ちも、でも佑真のこと忘れたくない罪悪感も。だからさ、温かく見守ってやれや」

 ――有紗さんのこと好きなのは…。

 猶臥が口を開く。

「どうして紙歩さんじゃあなかったの?」

「あ?」

「有紗さんのこと好きなんじゃなかったの?」

「あぁ、そういうことね。…俺らが描いたヒマワリの絵って、必ずしも皆同じ意味で描いてんじゃねえんだよ。兄ちゃんと佑真が有紗に凄く熱かったのは本島だけどな。…俺は、その反対だよ」

「…ふったってこと?」

「あぁ。さっきも言ったろ、いつわりの富が人を好きになっちゃいけないって。ヒマワリの花言葉に、いつわりの富っていうのもあるわけね。…最初はそりゃ有紗のこと好きだったけど、俺じゃぜってー佑真や兄ちゃんほど有紗のこと大事にしてやれないって思ったから…」

「……紙歩さん」

「あ、お前、有紗にも紫保にも兄ちゃんにも誰にも言うなよ?」

「うん」

「男同士の約束だからな」

 紙歩はそっと猶臥を放す。


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