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挟間町カランコエ  作者: 良島 莉子
第一章 ヒマワリ ~con malinconia~
6/9

3.0 ヒマワリ(2)





「お父さん、話があるの」

 充は読んでいた新聞を半分だけ狭めて、空いたスペースで紫保を見た。、

「どうかした?」

「あのね、明日のアトリエ教室…私も参加していいかな…?」

「いいんじゃない?」

「う、ん…ありがとう」

 ――尾谷くん、だっけ。宇波くんはいらないけど、尾谷くんなら優しそうだしまともそうだし友達になってくれそうだもんね。

 紫保は微笑みながら風呂場へ向かった。

「ご機嫌みたいだね」

 充が有紗に言う。

「あの子、もともと絵を描くの好きだけど…あまり自己主張する方じゃないでしょう? ――あなたには特に。言えて嬉しかったんじゃないかな」

「そっか、よかった」



 紫保は充のノックの音で目を覚ました。

「紫保ー、あと15分でアトリエ始まるよ~」

「え!」

 慌てて目覚まし時計を手に取る。いつの間にかアラームを止めてしまっていたようだ。

「あ、今すぐ支度する!」

「うん、朝食ここ置いとくからね」

 ――着替えなきゃ…。

 貧血で目覚めの悪い体を起こし、クローゼットを開けた。昨夜から決めていたオーバーオールとTシャツを引っ張り出して、すぐさま着替える。

 ドレッサーの鏡で自分の髪の毛を確認して、ドアを少し開けて朝食の乗ったお盆を部屋の中に入れた。ピーナッツマーガリンのしみ込んだトーストとミルクだ。

 紫保はトーストをくわえながら寝間着を畳んでワゴンの上に片づけていく。残りのトーストをミルクで一気に流しこんだ。

 時間が残り5分になったところで、筆箱とお盆を持って一階に降りると、充が家事用のエプロンをまとって食器を洗っていた。

「ごちそうさま。お母さんは会社?」

「おそまつさま。そうだよ。あ、紫保、勝手口で手伝いの子が待ってるだろうから、迎えに行って母屋に連れてってくれない? そしたら一緒に準備し始めてほしいんだけど…」

「いいよ」


 庭を駆けて、門の解錠をする。

 ――間違ってもあいつじゃなければいいけど…。

「よぉ」

 紫保は眉間をしかめた。

「何だよそのカオ…」

 門に"アトリエ授業開講日"と書かれた札を立てかけると、猶臥の腕を掴んで母屋に駆けだした。

「ん!?」

 ――嫌い。喋りたくない。嫌い。

 母屋の玄関と、倉庫のドアは開け放してあった。

「準備、どうやるの?」

 猶臥は、掴まれた腕をもう片方の手でゆっくりはがした。

「倉庫にキャンバスと新聞紙があるから…それ運べばいいだけ」

「分かった」

 紫保が倉庫へ走ろうとする。

「おい、バカ」

 猶臥が呼び止める。

「バカじゃない」

「つか、始めるの全然後だから…、そんな急がなくていい」

「…ヤだ」

「はぁ?」

 紫保が倉庫へ向かって駆ける。

「ったく、よく分かんねえやつ…」

 猶臥が慌てて後を追いかけた。


 紫保は倉庫の中のキャンバスの量に圧倒されていた。

 ――キャンバス…いっぱいあるんだけど…。

「ゆっくりでイイっつってんのに…」

 猶臥が息を切らして倉庫に入る。

「今日…お前も描くの?」

「うん」

「じゃあそこのA4の2枚玄関まで持ってって」

「ん」

 紫保が言われた通りに、両手にキャンバスを抱えて倉庫を走り去った。

「転ぶなよ!」

 紫保に目を光らせながら、先週生徒が描いていた描きかけの箱に入ったキャンバスを引っ張り出しては床に置いた。

「これ…持ってくの?」

「そう、それとあんま走んなよ、危ないから」

 ――昨日と全然違う…?

「優しくしなくていいよ」

「はぁ?」

 紫保がキャンバスを抱えて母屋に走る。

「猶臥!」

 料理用から絵描き用のエプロンに着替えた充が倉庫の入り口に立っている。

「あ、先生…」

「紫保、あまり異性に慣れてないみたいなんだ。ぎこちないのも、しばらくすれば直るだろうからあまり気にしないであげて」

「…それは全然構わないですけど…」

 紫保が再び走って戻ってくる。

「お父さん」

「紫保、危ないからあまり走るんじゃないよ」

 紫保は同じことを言われたからか、目を丸くして驚いた。

「さ、それより紫保、キミのお父さんが描いた絵、見るかい?」

「…パパが?」

「あぁ。佑真と俺と…弟の紙歩でな、同じタイトルで描いたんだ」

 猶臥が口を挟む。

「もしかしてそれって…ヒマワリの?」

「そう、太陽とヒマワリ」

 ――そういえば、お母さんから聞いたことある気がする。昔地元で男たちが言い寄ってきて、とある一部の男子共が絵を送ってきたって。どの絵もヒマワリと太陽の絵で、ヒマワリの合言葉に「私の目はあなただけを見つめる」っていうのがあるのー…って自慢げに言ってたっけ。

「…いいや」

 紫保は下を向いて、首を振った。

 ――お父さんは、お母さんの昔話を掘り出して楽しいのかな。自分は傷付いたりしないわけ? それで私のご機嫌でも取ってるつもり? そもそも、今の私のお父さんはあなたなのに…。

「そうか…見たくなったらいつでも言うんだぞ」

 紫保がキャンバスを抱きかかえて倉庫を出た。

 猶臥は何やらニヤニヤした眼差しで充を見上げる。

「そういえば、この前、ひまわりの花言葉は 憧れ とか 愛慕 だって言ってましたよね! なんていうか…凄いなぁ…」

「そんなことないさ…紫保の父親に比べたら…俺なんか、ね。全然だよ」

 充が悲しそうな表情を浮かべる。




 

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