1.0 久々の挟間町
泰彦は制服を脱いだりしなかった。そのまま出掛けるつもりなのかもしれない。
授業中に着信したあのメールを見返す度に、彼は微笑んでばかりだった。もう一度ケータイを開く。授業中からずっとそのままのメール画面が映る。
――みんなに会いたい。
中学を卒業してバラバラになってしまった友人たちと再び全員で再開するチャンスが巡ってきたのだ。もちろん、泰彦がずっと会いたくて仕方なかった片思いの相手とも。
――元気でやってるのかな。
急いで自転車にまたがった。
塾の支度も全て終わらせたスクールバッグをカゴに乗っける。愛用のスティックがはみ出てる。
廃校した母校目掛けて、泰彦はペダルをこぎ出した。
誰よりも素直で優しかった泰彦は、一昨年も今日も、誰よりも早く故郷についてしまっていた。
嬉しくて仕方なくて、胸の中は暖かくて、頭の中はそのことでいっぱいで。そんな気持ちが幸せであることを、高校生になってから彼は知った。そんな気持ちから程遠いような生活ばかりするようになってしまったから、泰彦は久々に充実感を味わっていた。
今はもう閉ざされた街の片隅で、ただ一人、スキンヘッドで長身の男が空を見上げて立っている。泰彦は前方にその見覚えのある男を見つけてペダルを強く漕ぎ出した。
二年前、この街は怪奇現象を幾度となく生み出したが、一人の人間の終焉により全ては解決された、それ以降、この街には誰も寄り付かない。本来この街で暮らしていい人間などいないのだから。
「灰野さん!」
スキンヘッドの男が振り返る。
「泰彦!」
泰彦は急ブレーキをかけて自転車を止める。自転車から降り、押して歩く。
「集合は明日だって送っただろ? いくらなんでも早過ぎないか。それに…制服で来るなんてまさかメール見てすぐ来たんじゃないだろうな?」
泰彦が首を横に振った。自分が正しいと言わんばかりに。
探究心を顔に浮かべて、照明を全てつけると、泰彦が予想していたよりライブハウスはくすんだりしていなかった。
「6日前から清掃してたんだ」
灰野がタバコをふかしながら、ステージの柵に腰かけた。
「じゃあずっと灰野さん予定してたってこと?」
「いや、この街の閉鎖1回忌には何かしようと思ってたんだが、正直何も考えてなかった。1週間前に夏休暇入ってから思いついてさ。これしかねえやーって」
「街の人も呼べばよかったんじゃない?」
「何も知らなかった人もいたはずだからな、下手に呼ぶのはやめといたんだ」
泰彦はつまらなさそうに俯いた。その呼ばれてない人の中には、街が閉鎖してそれっきりになってしまった友人もいたから。
久々にドラムを叩くのは気持ちがよかった。まだ4人がバンドを組む前、泰彦が他の2人とスリーピースバンドを結成し始めた頃の思い出さえも蘇った。全てが懐かしく思えた。自分たちが生まれる前の出来事さえも、全て。