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まばたき

作者: 天窪 雪路

昔々あるところに、神から罰を与えられた男がいたそうな。

男は神の与えた呪いによって二つの罰を背負うことになった。

一つ目の罰はまばたきをするたびに一年の歳月が経つ、というものだった。

瞼を閉じて開くという一動作をするたびに、神の呪いの力によって男はちょうど一年後の未来へと飛ばされるのだ。


男は初め、それを疑った。神の脅しだろうと思った。

しかしわずか数回のまばたきをしただけで、周囲の景色はずいぶんと違って見えた。

ほんの数度だけまばたきをしたのだから、ほんの数年しか時間は経過していないはずだった。

けれど、事実としてその部屋に積もった埃の量たるや相当なものだった。

男はそれで、初めて真剣にその罰について考えることにした。


一度瞬きをするだけで一年の時間が経過する?

人は一日に何度まばたきをするのだろうか?

まばたきを我慢する?そんなことはできない。


男はとりあえず出来る限りまばたきを我慢しながら部屋の外に出た。

風を感じてすぐに二度、まばたきをした。


目の前に存在した景色がガラリと変わった。まばたきを行う一瞬のうちに二年が経過したのだ。

男は瞼をゆっくりと閉じ、瞼を閉じたまま周囲へ助けを請うた。


かつての仲間たちを探したが、彼らはどこにも存在しなかった。

男が罰を受けてから、既に100年以上もの時間が経っていた。

彼の知る者は既にこの世にはなく、彼を知る者も既にこの世を去っていた。


彼はまばたきのたびに目まぐるしく過ぎ去っていく時間の経過を止めようと、

それ以来目を捨てた。

瞼を閉じ、二度とまばたきをしなかった。


数年の時を経て、男は一人の女と恋をした。

男は罪人であったが、決して悪人ではなかった。

男は女を愛し、女は男を愛した。

目は見えなかったが、女の姿を見ずとも、男にとってその女は理想の女に他ならなかった。


しかし、ある日に事件は起こった。

傍らを歩く女が何者かに手を取られ、悲鳴を上げた。

男は驚いて女の名を呼んだ。

しかし、女は「助けて」と繰り返すのみであった。

男は女を助けるために瞼を覆っていた布に手をやった。

女を襲った男は何が起こるのかとその様子を見ていた。

男は目を覆うために頭に巻いていた布をほどくと、ゆっくりと瞼を開けた。


実に数年ぶりに光を見た。

景色はぼんやりとして見えたが、そこには確かに景色があった。

街に点在する街頭の光が、目の前の男と女の姿を映していた。恋人と犯人だ。

男はまばたきをせぬように必死に目を見開き、犯人に襲いかかった。

無我夢中で戦った。

思いもよらぬ出来事に、犯人は呆気なく逃げて行った。

男は眼球を右に左に動かしながら、何とかまばたきをこらえ、

目の前の美しい女に言った。


「よく聞いて欲しい。僕はまばたきをするたびに周囲よりも一年先の未来へ飛んでしまう。

もう限界だ。一度だけまばたきをする。僕は一年後のキミを必ず探す。信じて待っていておくれ」


男はそこまで言い切ると強く瞼を閉じ、

瞼を閉じたまま美しい女の姿を忘れぬように何度も反芻するように思い出した。


男は約束通り女を探し出した。

女はあの日に突然目の前から失われた男との再会を信じ、待ち続けていたのだ。


男は女と結婚した。

そして女の最期の時が訪れたその時、男は再び目を開けた。

実に数十年ぶりの光だった。

病院の一室で、男は幸せそうに年を取った女の姿を見てほっとした。

男も幸せだった。満足な人生だった。

そして女が息を引き取るその瞬間まで、男は目を開けたまま年老いた女の美しいその姿を目に焼き付けた。


女が死ぬと、男は再び瞼を閉じた。

人生を満足に生きた。

あとは女の後を追うように、自らがこの世を去る時を待つのみだった。


それから数十年の時が経った。

男は確かに年を取ってはいたが、一向に健康が悪化する気配はなかった。


なぜ、どうして死期が訪れない?

もう十分に生きた。愛する妻の待つ天国へと旅立ちたい。


その時、天空より神の声がした。


「お前の二つ目の罰は死ぬことができない、というものだ。

人は過ちを犯す。人とはそのように私がつくった存在だからだ。

しかし、この世界には犯してはならない種類の罪がある。

それゆえ私はお前の罪を赦し、それゆえ私はお前の罪を赦しはしない。

しかしせめてもの慰めだ。これからお前がどう生きるか。それはお前が自由に選ぶが良い」

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