第4話 最初に食べる者
村外れから戻り、私は迷わず村長ロアンの家へ向かった。
昨日、馬車で到着した際に一度顔を合わせている。
形式的な挨拶と、最低限の確認だけで終わった、あの短い時間。
今度は違う。
確かめなければならないことが、はっきりとあった。
扉を叩くと、ほどなくして開いた。
ロアンは、昨日と変わらない疲れた顔で立っていた。
だが、私の腕に抱えられた布包みに気づいた瞬間、
その目に、はっきりとした警戒が走る。
「……何か、見つけましたか」
低く、慎重な声。
「ええ。村外れで」
部屋に通され、私は余計な説明をせず、
そのまま布包みを机の上に置いた。
布をほどく。
土のついた芋が、無造作に姿を現した。
その瞬間、
村長ロアンの表情が、はっきりと変わった。
「……それは、触らない方がいいです」
即答だった。
声には、迷いがない。
それどころか、長年積み重ねてきた“確信”の重さがあった。
「やっぱり、食べられないと?」
ロアンは、ゆっくりと息を吐き、椅子に腰を下ろした。
その動作は、どこか疲れ切って見えた。
「この村では、昔からそう言われています。
腹を壊した者がいたり、数日、寝込んだ者もいたとかで……
それ以来、誰も口にしなくなりました」
「原因は?」
「分かりません」
短く答え、ロアンは視線を落とす。
「ですが、危険だと分かっているものを、確かめる余裕はありませんでした。
この村は……失敗をやり直せるほど、豊かじゃありません」
その言葉に、私は胸の奥がきしむのを感じた。
「一度“駄目だ”と判断したら、それで終わりなのです」
それは怠慢ではない。
生き延びるために選び続けた、苦しい判断の積み重ねだ。
私は芋を見つめ、静かに頷いた。
「……分かりました」
ロアンの肩が、わずかに緩む。
だが、その直後――
私は、視線を上げ、はっきりと言葉を続けた。
「だから、私が食べます」
空気が止まった。
「領主様……」
「きちんと調理して、私自身が食べて、安全かどうかを確かめます」
声は落ち着いていた。
だが、内側では、心臓が強く脈打っている。
思いつきではない。
勢いでもない。
「もし何も起きなければ、この芋は食べられる作物だと証明できる。
そうなれば、村人にとって……希望の食材になるでしょう」
ロアンは、苦い顔で首を振る。
「ですが……危険です」
「承知しています」
私は、視線を逸らさず、ゆっくりと微笑んだ。
「私は、この村の領主です。
村人に食べさせる前に、まず自分が口にします」
沈黙が落ちる。
外から、風に揺れる木の音が微かに聞こえた。
やがてロアンは、深く息を吐き、
重いものを下ろすように、ゆっくりと首を縦に振った。
「……わかりました。領主様の意見を止めはしません」
そして、低く続ける。
「ですが、村の者たちにも、この事を知らせましょう。
あなた様が……逃げないということを」
「ええ。構いません」
隠す理由は、どこにもなかった。
こうして――
長い間、誰も口にしなかった“芋”は、
再び、人の手で扱われることになる。
それが、
この村の運命を静かに動かし始めるとは、
まだ誰も知らなかった。
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