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海をみるたびにおもい出すのは

作者: 見雨 冬一
掲載日:2026/01/21

 


 とある草むらのおく深くに、その村はあります。


 その村には、たくさんの小さな人が住んでいました。彼らは、自分たちのことを小人とよびます。


 その村の中で生まれた小人のオーは、元気で、ゆうきがあり、そしてとても物知りでした。

 オーは、カモから聞いた、海の話をわすれることができませんでした。


「やあ、小人さん。ぼくたちカモは、『うみ』をわたってきたんだよ」


「やあ、カモさん。その『うみ』というのは、どんなところなんだい」


 カモは、その大きなつばさを広げました。


「海というのはね、この池よりも、もっと、もっともーと大きな水たまりだよ。ぼくがどんなに首を伸ばしても、水たまり向こうがわを、見ることができないくらい大きいんだ」


「そんなに大きいんだ。ぼくも見てみたいなあ」


 オーの言葉を聞いて、カモは首を大きく横にふりました。


「ここから、とても遠いところにあるから、小人さんは行けないよ。ぼくたちのような、つばさがないと、海には行けないんだ」


「そうなんだぁ。ざんねんだなあ。海を見てみたいなあ」


 オーはそれから、いろいろな人や、動物たちに海へ行く道を聞いて回りました。


 長老さまはいいました。

「遠くに行ってはいけないよ。それはとてもあぶないことなんだ」


 通りすがりの大きな犬は言いました。

「きみより、ずっと大きいぼくだけど、『うみ』は見たことがないなあ。そんな大きな水たまりを見て、きみは、何がしたいんだい」


 友だちのフーは言いました。

「遠くには行けないよ。もうすぐ冬が来るからね。冬の間は、この村にいないとあぶないじゃないか」


 友だちのミミは言いました。

「『うみ』ってすてきね。でもこの村をはなれるのはこわいわ。なかでもカラスと、ネコにみつかったら大変よ。助けてって言っても、ゆるしてくれないんだから」


 オーは、みんなの言っていることは、正しいと思いました。

 でもどうしても、海を見てみたかったのです。


 オーはさいごに、夏の間に友だちになった、バッタのジャンに聞いてみました。


「やあ、ジャン。きみは海を知っているかい」


 ジャンは、大きな葉っぱに、しがみついたまま言いました。

「『うみ』かあ。知らないなあ。『うみ』って、どういうものなんだい」


「海というのは、とても大きな水たまりさ。体の大きなカモさんが、どんなに首をのばしても、向こうがわを見ることもできないくらい、大きな、大きな水たまりさ」


 オーは、両手を大きくふって、その大きさを教えました。


「海には、なにがあるんだい」


「わからないよ。でもわからないから、見に行きたいんだ。カモさんから、海の話を聞いてから、ずっとわくわくしているんだよ」


 ジャンは、しがみついていた葉っぱからピヨーンと、とびおりてオーの目の前に来ました。


「それじゃあ、ぼくのせなかに乗りなよ。ぼくは近ごろ、このりっぱな足と羽で、とても遠くに行けるようになったんだよ」


「でも、冬までに村に帰れるかなあ」


 首をかしげたオーに、ジャンは右がわの前足を元気よく、ふりあげました。


「だいじょうぶだよ。きっとすぐに海に行けるし、冬までに帰って来られるよ」


「そうか。じゃあよろしくね。ジャン。ぼくを海に、つれて行っておくれ」

 オーは、ジャンの大きなみどり色のせなかに、とび乗りました。


「まかせてよ。楽しみだなあ。ぼくも早く海が見たくなってきたよ」


「ジャンと友だちでよかったよ。カモさんが言うには、海はお日さまがのぼるところにあるそうだよ」

 オーは、大きな木を指さしました。


 お日さまは、その大きな木の近くから、のぼってくることをオーは知っていたのです。

 そうして、オーとジャンの大ぼうけんが始まりました。


 ♢♢♢


 ジャンは、オーを乗せて空高くとび上がりました。


「わあ。すごいなあ」

オーは、ジャンが見せてくれた草の上の広い世界に心がおどり出すような、とても楽しい気持ちになりました。


「ジャン。ぼくは、あの大きな木よりもっと大きな木があるなんて、知らなかったよ」

 オーが、いつも見上げていた大きな木は、実はまだわかくて小さな木だったのです。

 本当に大きな木は、オーが今まで見てきた、どんなものよりもずっと大きいことを知りました。


「そうなんだ。あの大きな木はね、鳥さんのお家なんだよ。夜になると鳥さんたちは、あの木の上で体をよせあってねむるんだ」

 ジャンは、ビュンビュン、とびはねます。


「そうなんだ。知らなかったなあ」

 オーが見上げる大きな木は、空につながっているように見えました。


「ジャン。ぼくは、こんなに大きな青い空を、初めて見たよ」

 オーたち小人は、草のおく深くで生活をしています。

 オーは、上を見ても草の葉っぱがない青い空に、目をうばわれました。どこまでも広がる青い空を、生まれて初めて見たのです。


「そうなんだ。この青い空は遠くの方までつづいているね。海と空は、どっちの方が大きいのかな」

 ジャンは、ビュンビュン、とびはねます。


「どっちが大きいんだろう。早く海を見てみたいなあ」

 オーは、空がこんなに大きいとは思いませんでした。そして、この空を知っているカモが言う、海の大きさを早く見たいと思いました。


「そうだね。楽しみだなあ」

 ジャンは、楽しそうに、うれしそうに、ビュンビュン、とびはねます。


「ジャン。上から見た葉っぱは、とてもキラキラしているね。どこまでも緑色で、とてもきれいだね。ぼくたちは、こんなきれいなところでくらしていたんだ」

 オーは、生まれて初めて、村の上に広がっていた緑色の世界のことを知りました。


 お日さまのあたたかい光が、緑色の葉っぱを元気づけます。

 やさしい風が、緑色の葉っぱを、ユラユラとゆらしていました。


 風にゆれる葉っぱたちが、オーとジャンに、手をふっているように見えました。


「オー、緑の葉っぱは、とてもおいしいよ。少し食べてもいいかなあ」

 ジャンは、大きな葉っぱにしがみついて、そう言いました。

 ジャンはいつも、シャリシャリと、葉っぱを食べてくらしています。


「ジャン。この大きな葉っぱはどんな味がするんだい。ぼくたちは、こんなに大きな葉っぱは食べたことがないよ」


「『あじ』がなんなのか、ぼくにはわからないけれど、この葉っぱは、かたくて、シャキシャキしていてとてもおいしいんだ。フニャフニャのハッパは、ぼくはあんまりすきじゃないよ」

 ジャンは、おいしそうに、葉っぱをシャリシャリ食べていました。


「そうなんだ。ぼくも食べてみようかな」

 オーは、ジャンのせなかから、ピヨーンと、とびおりました。

 そしてジャンと同じように、大きな葉っぱにしがみつきながら、葉っぱを一口かじってみました。


「うわあ。にがいなあ」

 葉っぱを食べたオーは、あまりのにがさに顔がしわくちゃになりました。


「ジャン。この葉っぱは、とてもにがいよ」


「そうなんだ。これが『にがい』なんだね。ほかにはどんな、味があるのかなあ」

 ジャンは、口をもごもごさせながら、葉っぱをシャリシャリ食べていました。


「味は、たくさんあるよ。『からい』とか、『すっぱい』とか、『あまい』とか」


「そうなんだ。ぼくは知らないなあ」

 ジャンは、にがい葉っぱを、シャリシャリ食べていました。


「あっ。あれはもしかして」

 オーは、下の方に、何かを見つけました。

 オーは、大きな葉っぱをすべり台のように使って、下におりて行きました。


「やっぱりそうだ。『マレの実』だ。こんなにたくさんあるのは、初めて見るぞ。村のみんなに、教えてあげたたら、きっとよろこぶぞ」

 大きなハッパの下の方には、宝石のような、きれいな青い色をした、大きな丸い実がたくさんありました。

 小人たちは、そのきれいな実のことをマレの実とよんでいます。


 オーは、マレの実にとびついてその実をかじりました。

「ああ。あまくておいしいなあ」


 マレの実は小人たちにとって、秋の間にしか食べることができない、ごちそうでした。

 あまい水をふくんだ、そのやわらかい食べ物は、体をすぐに元気にしてくれます。


「おーい。ジャン。いっしょにマレの実を食べようよ。これはあまくておいしいよ」

 オーは、上の方で葉っぱを食べているジャンをよびました。


「それマレの実って言うのか」

 ジャンは、しがみついていた葉っぱからとびおりて、オーの近くにやってきました。


「これ食べられるんだね。ぼくは知らなかったよ」

 ジャンは、マレの実にかじりつきました。


「ぼくたち小人は、水がないと生きていけないんだ。このマレの実は、あまくておいしい水をたくさん、たくわえている、ごちそうなんだよ」

 オーは、おいしそうに、大きなマレの実をかじっています。


「そうだよね。水は大切だ。それでこれが『あまい』なのか。これもおいしいなあ。初めて食べたよ」

 ジャンは、マレの実をシャリシャリ食べました。


「ジャンは、村の外のことを、なんでも知っていたけれど、マレの実のことは、知らなかったんだね」


「ぼくは、この目で見たことと、オーたちが教えてくれたことしか知らないよ」

 体が大きいジャンは、オーがびっくりする早さで、アレの実をシャリシャリ食べました。


「ジャンは、あっという間にとても大きくなったね。初めて会った時は、ぼくらと同じくらいの大きさだったのに」


「ぼくは、体をぬいで大きくなったんだ。オーもそのうち、体をぬぎたくなるよ」


 オーは、知りませんでした。バッタや、虫とよばれる生きものたちは、体を大きくするために、自分の外がわの皮をぬぎすてるということを。


「そうかあ。ぼくも体をぬげば、おとなの人たちみたいな、大きな体になるのかなあ」

 オーは、村にいるおとなたちのすがたに、自分のみらいのすがたを重ねました。


「じゃあ、オーが大きくなる前に、海を見に行かなきゃね。ぼくは元気いっぱいになったよ」

 ジャンは、オーに向かって右がわの前足を元気よく、ふり上げました。


「ぼくも、もうおなかいっぱいだ。じゃあ、またよろしくね。ジャン」

 オーは、ジャンの右がわの前足と、ハイタッチをしました。


「うん。じゃあまたぼくのせなかに乗って。海はきっとすぐそこだよ」

 ジャンは、オーが乗りやすいように、体をひくくしました。


「うん。ありがとう。ジャンのせなかに乗せてもらえたら、どこにだって行けそうだ」

 オーは、ワクワクしたようすで、ジャンのせなかにとびのりました。

 またあの広い世界を見られるのが、うれしくてたまらなかったのです。


「ジャン。ぼくは、きみと友だちになれて本当によかった。こんなに楽しい気持ちになったのは、初めてだよ。ぼくと友だちなってくれてありがとう」


「ぼくも、きみと友だちになれてよかった。あとは『役目をはたす』だけだと思っていたけど、こんなに楽しいことがあるなんて思わなかったよ。オー。ぼくと友だちになってくれてありがとう」


 ジャンはオーを乗せたまま、青い空の下で、緑色の葉っぱたちの上をビュンビュン、とびはねます。


 ♢♢♢


「ジャン。気をつけて。まだねらわれているよ」

「わかった。オーはぼくのせなかから、落ちないように気をつけて」


 オーとジャンは、とても大変なことになっていました。

 大きなヤマネコに、追いかけられていたのです。


 オーとジャンの旅は、「山」とよばれる大きな木が、たくさんあるところに入ってから大変なことになりました。


 山の中ではジャンの緑色の体が、とても目立ってしまいます。


 きのうは、大きなヘビにおそわれ、スズメバチに追いかけられました。

 今日は、朝早くからヤマネコに追いかけられています。


 そんな大変な生活を、もう何十日もくりかえしていました。


「まてまて。大きなバッタと、小人。お前たちは、とてもうまそうだ」

 ヤマネコは、遊んでいるみたいに、オーとジャンを追っかけてきます。


「オー。ぼくもう、つかれたよ。もうとべないかもしれない」

「ジャン。もう少しがんばって。かくれられるところを、すぐ見つけるから」

 ジャンのジャンプが、だんだん弱々しくなっていることにオーは気がついていました。


 ですが、ここで立ち止まればかならずあのヤマネコに、食べられてしまうでしょう。


 何かないか。どこかに、かくれられる所はないか。オーは、ひっしになって、まわりをみわたしました。


「おーい。おーい。そこの小人とバッタよー。こっちにこーい」

 オーとジャンの頭の上の方から、その大きな声は聞こえました。


「おーい。おーい」


「ジャン。あの声をしんじてみよう。もうそれしかないよ」

 オーは、その声をしんじることにしました。


「たぶんあの木だね。さいごの力をふりしぼって、とんでみるよ」

 ジャンは、つかれきった体でがんばって、木に向かってとびました。


 ジャンが、とんで行った先には、大きな穴が開いていました。なんとその穴は、木の中につながっていたのです。


 オーとジャンは、いきおいのままその穴の中にとびこんでしまいました。


「ホーホッホッホ。よく来たのう。小人と、ソウゲンバッタよ」

 その穴の中には、大きなフクロウがいました。


「おーい。エノじぃ。おれのジャマをするのか」

 オーとジャンを追っていたヤマネコが、木の下でおこっています。


「なんだピムか。お前きのう、わしのねずみ取りをジャマしたじゃろ。そのお返しじゃ」

「ジャマしたんじゃないよ。あんたがねらってるとは思わなかったんだよ」

 フクロウとヤマネコは、知り合いのようでした。


「とにかく今回はわしの勝ちじゃ。立ち去れぃ。立ち去れぃ」

「おぼえていろよ、エノじぃ。とべなくなったらおれの前に来い。かならずおれがあんたを食べてやる」


 ヤマネコは、ふきげんそうに立ち去りました。


「さあて、おぬしらはどこから来たんじゃ。このへんじゃ、みなれない小人じゃのう」

 そのフクロウは、オーとジャンを食べるつもりはないようでした。


 オーは海を目指して、ここまでやって来たことをフクロウにつたえました。


「なにぃ。海に行くじゃと。何を考えているんじゃ。海は、この『山』こえた向こうがわじゃぞ。つばさのあるわしでも行こうとは、思わんほど遠いところじゃぞ」


「ぼくはただ、大きな海を見てみたかったんだ」

 オーは、悲しそうにそう言いました。


 オーは自分が、まちがえていたと思っていました。

 海は、思っていたよりも、ずっと遠いところにあるとわかりました。

 山に入って知りました。

 住んでいたところと、ちがうところに来ただけで、食べものをさがすことも、休むところを見つけることも大変になりました。

 安全なくらしが、とても大切なことだと気がつきました。

 

 そして友だちのジャンに、同じ思いをさせて、悲しませてしまったと思っていました。


「ごめんね。オー。ぼくは、海にすぐに行けると思っていたんだ。本当にごめんね」

 ジャンも、悲しそうにそう言いました。


 オーとジャンは、いろいろな動物たちに追いかけられたせいで、帰り道がわからなくなってしまいました。

 きせつは、秋の終わりに近づいています。


 冬までに、オーが住んでいた村にもどることは、もうできなくなってしまいました。


 ジャンは、海に行くなんてかんたんだと思っていたことが、まちがいだったと気がつきました。


「フクロウさん。この山に、オーと同じ小人は、住んでいますか」

 ジャンは、フクロウのエノじぃに、そうたずねました。


「住んでいるが、どこにいるかは知らんぞ。おぬしらが、そうであったように、小人はいつも大きな動物たちに、おびえてくらしておる。この山で生きていくのは、大変じゃろうに、じつに変わったやつらじゃよ」

 エノじぃは、なぜか悲しそうにそう言いました。


「じゃあ、海の近くに、小人は住んでいますか」


「住んでいるかもしれんなぁ。小人は、どこにでもいて、どこにでも、住むことができるからのう」

 エノじぃの言葉に、ジャンは少しだけうれしそうに、目をかがやかせました。


「オー。ぼくらは、海を目指そうよ。今からじゃ、冬が来る前に村にはもどれない。山の中でくらすのは、大変そうだ。でも大きな水たまりの近くなら、きっとたくさんの小人がいるよ。オーが前に教えてくれたじゃなか。『ぼくたち小人は、水がないと生きていけない』って。だから海の近くには、小人がたくさんいるはずだよ」

 ジャンは、オーを元気づけるために明るい声で、そう言いました。


「でも、海に行く前に、この山をぬけだせないかもしれない。ごめんよ。ジャン。ぼくが海を見に行きたいなんて言わなければよかったんだ。ぼくは、きみを悲しませてしまった。ぼくがまちがっていたんだよ」

 オーは大変な旅をして、体も、心もボロボロになっていました。

 そしてオーを乗せて運んでくれたジャンが、もっとボロボロになっていることが、とても悲しかったのです。


「だいじょうぶだよ。ぼくたちは、まだ生きられる。この命あるかぎり、前を向いて進もうよ。ぼくはまだ、きみといっしょに海を見てみたいと思っているよ」

 ジャンは、元気よく右がわの前足をふりあげました。


「ありがとう。ジャン。ぼくもきみと海を見てみたいよ。でも、この山をぬけ出す道がぼくにはわからない」

 オーは、弱々しくジャンとハイタッチをしました。その顔は悲しそうなままでした。


「ふむ。おぬしらのような変わり者に出会ったのは初めてじゃ。どれ。わしが少しだけ手をかしてやろう。うまくいけばこの山をぬけて、海の近くの『草原』に出られるじゃろう」


「どうやって、そんなことが」

 エノじぃの言葉にオーとジャンは、とてもおどろきました。


「わしが、おぬしらをシカのせなかまで運んでやろう。シカのむれは、エサをもとめて山の中から草原へ行くのじゃ。そのせなかに乗って行けば、他の動物たちにおそわれることなく、この山をぬけ出せるぞ。この道はどうじゃ。海へ近づけそうじゃろ」


「ありがとう。フクロウのおじいさん。ぜひおねがいします」

 エノじぃの言葉に、オーとジャンは、とびはねてよろこびました。


 エノじぃは、ホッホッホッと笑っています。


「では、バッタのジャンよ。おぬしをつかむぞ。小人のオーは、わしの足にしがみついておれ」

 エノじぃは、するどいつめのついた足をきようにつかって、ジャンをやさしくつかみました。

 オーはエノじぃの言うとおり、その枝のような足にしがみつきました。


 エノじぃは、木の穴から飛び出すと、ジャンよりも高いところをしずかにとんで進みました。


 エノじぃは、大きな木の枝の間をすごい速さでとんで行きます。


 エノじぃは、ジャンとちがって空をとんだら、ずっととびつづけることができます。

 オーは、カモが言っていた「つばさがないと、海には行けないよ」という言葉が本当だったのだと思いました。


「おっ。いたぞ」

 エノじぃは、何かを見つけて速くとぶのをやめて、おそくとびました。

 そしてちょうどいい高さの枝に、片足でとまりました。その枝の下には、茶色の毛皮の大きな生きものたちがいました。


「やあ、ひさしぶりじゃのう。ヤーク」

「おや、エノじぃじゃないか。めずらしいな。あなたがわれわれに話かけてくるのは」


 ヤークとよばれたシカは、木の枝のようなりっぱな角をもつ、大きなシカでした。


「ちょいと、たのみがあってきたんじゃ。おぬしら、今日は山の向こうに行くじゃろう」

「ああ。行くとも。それでたのみとはなんだい」


「この小人とバッタを、そのせなかに乗せてもらえんかのう。山の向こうに行くまででいいんじゃ。こやつらは、わざわざ海が見たくて、旅をしている変わり者らしくてのう」

「ああ。それは変わり者だ。いいだろう。勝手にしがみついている分には、何のもんだいもない。すきにしたらいいさ」

 ヤークは、エノじぃにせなかを向けました。


 エノじぃはそれを見て、枝から、ヤークのせなかにしずかにとびうつりました。


「ほれ。よかったのう。あとは、ぶじに海を見られるといいのう」

 オーとジャンは、ヤークのせなかに乗りました。


「ありがとう。フクロウのおじいさん。あなたは、ぼくたちを何度も助けてくれた。本当にありがとう」

「ありがとう。おじいさん。でもどうしてこんなにもぼくたちに、やさしくしてくれるんだい」

 オーとジャンは、エノじぃのやさしさに、心からのお礼をしました。

 そしてジャンは、なぜエノじぃがこんなにもやさしくしてくれるのか、わかりませんでした。


「わしはわかいころ、小人を食べてしまったんじゃ。その小人は、子どもを育てていた父親じゃった。父親をなくした母親と子どもは、それは大変な思いをしたじゃろう。あれはまだ『役目』を知らなかった、わしの大きなまちがいじゃった。そのまちがいを『つぐなう』ために、わしは小人にはやさしくあろうと心に決めておるのじゃ」

 エノじぃはオーを見ながら、悲しそうに、そして苦しそうに、そう言いました。


「おじいさん。役目とはなんだい」

「この世界で生きる者は、だれもが、だれかの食べものなんじゃよ。元気があるものは、ひっしになってにげる。元気のないものは、だれかの食べものになる。そして、食べる者も、食べられる者も、おたがいに『ありがとう』と言い合えるようにすること。それがわしらや、きみたちが、この世界で生きる上で、はたさなければならない役目なのじゃ」

 オーの問いかけに、エノじぃはそう答えました。


「ぼくには、ちょっとむずかしいや」

 オーは、わかるような、でもわからないような、ふくざつな気持になりました。


 オーたち、小人は、大きな動物を食べたりしません。だからエノじぃのような大きな動物が、だれかの食べものになることがわからなかったのです。


「きっとわかるときが、来るじゃろう」

「ああそうさ。きっとわかる。この世界で、生きつづけていれば」

 エノじぃと、ヤークは、はっきりとした声でそう言いました。


「さあ。そろそろ行こうか。同じところに長くとどまりたくない」


「うむ。そうじゃのう。さらばじゃ、変わり者の小人とバッタよ。ここまで来たからには、かならず海を見てくるのじゃ」

 ヤークがゆっくりと歩き始め、エノじぃはヤークのせなかから、とび上がって行きました。


「ありがとう。フクロウのおじいさん」

「ありがとう。おじいさん。さようなら」

 オーとジャンは、エノじぃにお礼をいいながら、大きく手をふりました。


「では、小人とバッタよ。ふり落とされないように、しっかりしがみついておけよ」

 ヤークたち、シカのむれは、風をきって走り出しました。

 その速さは、ジャンや、エノじぃよりも、ずっと速いとオーは思いました。


 シカのむれは、風になったような速さで山の中を走ります。


「うわあ。おそろしいなあ」

 オーはヤークのせなかから、大きく深い谷ぞこをのぞきこみました。


 もしあの谷ぞこに落ちたら、命はないだろうなと思いおそろしくなりました。


「ああ。そうさ。山はとてもおそろしい」

 ヤークは、風のような速さのまま谷をかけぬけて行きました。


「これはなんだい」

 オーたちの目の前に、見たこともない速さで流れるものすごい量の水があらわれました。


「これは『川』だよ。初めて見るのかい」

 ヤークたちは、その川になんのためらいもなく入って行きました。


「うわあ。おそろしいなあ」

 オーは、その流れの中に落ちたら、命はないだろうと思いおそろしくなりました。


「わたしのせなかにしっかりつかまっていたら、だいじょうぶだよ」

 ヤークたちは、ぶじに川をわたりきり、ふたたび風のような速さで山の中をかけぬけました。


「小人よ。バッタよ。見るがいい。あれが海だよ」

 ヤークは、とても高いがけの上で足を止めました。そこから見えるのは、はてしない大きさの青い海でした。


「あれが海か。本当に向こうがわが、まったく見えないや」

「とうとう見れたね。やっと見れたね。これが海なんだあ。すごいなあ」

 オーとジャンは、長く大変な旅のはてに、とうとう海を見ることができたのです。


「海を見られたけれど、これからどうするんだい」


「もっと近くで見てみたいなあ」

「そうだね。見てみたいね」


 オーとジャンの言葉を聞いたヤークは、山の中へと帰りました。


「では、下の草原まで乗せて行こう。そこからなら、バッタでも海まで行くことができるだろう」

 ヤークたちは、ふたたび風になったような速さで山の中を下って行きました。

 ヤークたちが山を下る速さは今までよりもずっと速くて、オーとジャンはひっしになってヤークのせなかにしがみつきました。


「さあ。草原についたぞ。海のすがたをその目で見てくるがいい」

 ヤークたちは、あっという間に山を下ってしまいました。


 そして、オーとジャンの目の前に広がったのは、たくさんのススキがゆれている黄金色のふわふわとした大草原でした。


「ありがとう。シカのお兄さん。本当に海を見られるなんて思わなかったよ」

「ありがとう。シカのお兄さん。ここからなら、ぼくとオーだけでも、海に行けるよ」

 オーとジャンは、ここまで運んでくれた、ヤークに心からのお礼を言いました。


「ああ。行ってくるといい。ではさらばだ。変わり者の小人とバッタよ。お前たちのことは忘れることはないだろう」


「ありがとう。シカのお兄さん。シカのみんなも、ありがとう」

「ありがとう。ぼくも、みんなのことをわすれないよ。さようなら」

 オーは、ジャンのせなかに乗りました。


 オーを乗せたジャンは、全力で海に向かってとび上がりました。


 そのすがたを見送ったヤークたちは、あっという間に山の中へと消えて行きました。


「ひさしぶりに、おいしそうな葉っぱだ。少し食べてもいいかなあ」

 大きなススキの葉にしがみついたジャンは、うれしそうにそう言いました。


「うん。ぼくは、下の方を見てくるよ。もしあぶなくなかったら、ゆっくり休みたいな」

 オーは、ジャンのせなかからとびおりると、そう言ってススキ葉の下におりて行きました。


 オーはひさしぶりの草のにおいと、土の手ざわりになつかしさと、安心をおぼえました。


 少しひんやりとした空気が、秋の終わりを知らせてているように感じました。


「大変な、旅だったなあ」

 オーの髪は伸びほうだいで、ぼさぼさになりました。着ている服もボロボロになりました。

 オーは地面にたおれると、そのまま深いねむりに落ちてしまいました。


 そして、はだ寒い朝をむかえました。


「オー。朝だよ。食べものさがしに行こう」


「おはよう。ジャン。海を目指しながら、食べものをさがそう。またマレの実があったらいいんだけどなあ」


 オーとジャンは、ふたたび海を目指す旅を始めました。


 オーとジャンは、ススキの中にまざるように実っていた、めずらしい植物の実を食べて、朝食を終えました。その実はマレの実よりも小さかったのですが、マレの実と同じくらいあまくておいしい食べ物でした。


「さあ、行こうか。ジャン」

「うん。そうだね」

 ジャンは、ヨロヨロ、とびはねます。


「おや。ジャン。どこか、いたいのかい」

「だいじょうぶだよ。どこもいたくないよ。でもごめんね。今のぼくには、これがせいいっぱいなんだ」

 ジャンは、ヨロヨロ、とびはねます。


「ジャン。海のにおいがしてきたよ」

「そうだね。海の音も聞こえるね」



「ジャン。もう少しだよ。あの大きな草の向こうに、海があるよ」

「うん。見えるよ。ぼくらは、本当に海にやってきたんだ」

 ジャンは、さいごの力をふりしぼって、とびはねます。


 ザザーン……ザザーン……


 大きな波の音と、白い砂浜が、オーとジャンを出むかえました。


 ジャンは、砂浜の上にとびおりました。

 オーもジャンのせなかから、とびおりて、かれのとなりに立ちました。


「ジャン。これが海だよ。どこまでも広がる、青くて、向こうがわも見えない、大きな、大きな水たまりだ」


「やっと見られたね。オー。これが海かあ。すごいなあ。こんなところまで、ぼくたちは来たんだね」


 オーとジャンは、海のキラキラと光る水面をその目にやきつけるように、ずっとながめつづけていました。


 そしてジャンは、砂浜の上にしずかにたおれました。


「ジャン。どうしたんだい」

「オー。海って、きれいだね。きみと海を見ることができて、本当によかったなあ」

 ジャンはもう、じぶんの足で、じぶんの体をさえる力もなくなっていました。


 ♢♢♢


「ジャン。どうしたんだよ。ぼくはどうしたらいいの。葉っぱをとってきたらいいのかい」

 オーはたおれてしまった、ジャンのすがたを見て、とてもあわてました。

 ジャンの体は、もうほとんど動かなくなっていました。


「オー。ぼくの体は、もうここまでみたいだ。ごめんね。オー。せめてきみが、この海の近くでくらす小人たちと出会えるまで、いっしょにいたかったなあ」

 ジャンの大きな目から、光が少しずつ、消えていきます。


「そんな。だってさっきまで、ぼくを乗せて空をとんでいたじゃないか。朝だって、いっしょにおいしい実を食べた。海だって、いっしょに見たじゃないか。ぼくは、きみがいてくれたから海を見ることができたのに」

 オーはあふれ出る思いを、がまんすることができなくなりました。


 大きな動物たちに、何日も追いかけられて大変だったこと。

 おなかがすいて、つらかったこと。

 村にもどることができないとわかって、悲しかったこと。


 オーが、元気をなくしてしまったとき、となりには、いつもジャンがいてくれました。


「ジャン。ずっとそばにいてよ。きみは、ぼくの大切な友だちなんだよ」


「ぼくは、ずっとオーのそばにいるよ。オーといっしょに、またワクワクすることたくさん見つけるんだ」


 ジャンといっしょに、大きな青い空を見ました。

 ジャンといっしょに、大きな木を見ました。

 ジャンといっしょに、マレの実を食べました。

 ジャンといっしょに、海を見ました。


 ジャンがいっしょにいてくれたから、あたらしいことを、たくさん知ることができました。

 ジャンがいっしょにいてくれたから、こんなに遠くにあった海まで来ることができたのです。


「オー。ありがとう」

「ジャンだめだよ。まだ、ぼくはきみといっしょにいたいよ」

 ジャンは、泣きくずれたオーの体を弱々しく動かした左の前足で、だきしめました。


「ねぇ。みんな、こっちよー。大きなバッタを見つけたわ」

「わあ。すごいねぇ。こんなに大きなバッタは、初めて見たわ」


 動けなくなったジャンのまわりに、小人と同じくらいの大きさの、黒いアリたちがやって来ました。


 その黒いアリたちは、動けないジャンにかみつきました。


「なにをするんだ。やめてくれよ。ジャンは、ぼくの大切な友だちなんだ」

オーは、黒いアリをつきとばして、ジャンを守りました。


「むう。なにをするの。元気がなくなった者は、だれかの食べものになる。それが生きものの役目でしょう」

 その黒いアリは、女の人でした。ジャマをしたオーに、とてもおこっています。


「そうだ。そうだ。ジャマをするな、小人」

「そうよ。ジャマをするなら、おまえも、食べちゃうぞー」


 ジャンのまわりにいる他のアリたちも、おこりだしました。


「オー。これでいいんだ。ぼくの体は、これからアリさんたちの食べものになるんだ。これがぼくの役目なんだよ」

 ジャンは、かみつかれたのに、おだやかな声でそう言いました。


「オー。ぼくの兄弟は、みんなだれかに、食べられてしまったよ。ハチさんや、カマキリさん、鳥さんたちにね。初めはこわかった。ぼくも、ああなるんだって思ってた。でもぼくはある日、見てしまったんだ。おなかをすかせたカマキリさんが、『ありがとう。ありがとう』って言いながら、バッタさんを食べているところを。ぼくは知ったんだ。バッタさんをつかまえた鳥さんが、子どもたちのために食べものをあつめているということを」

 ジャンは、オーをだきしめていた、左の前足を左右に弱々しくふりました。

 それはジャンから、オーへの、さようならの合図だったのかもしれません。


「だれかが、だれかの食べものになることは、とても大切なことなんだよ。そうじゃないと、みんなおなかがすいて、悲しくなってしまうからね。だから、これがぼくの役目なんだ」

「ジャン。でも、ぼくにとってきみは」


オーは、大声で泣きました。


「さようなら。オー。ぼくは、きみと『大ぼうけん』をすることができた、しあわせなバッタだったんだ。きみといっしょにいた日々をぼくは、ぜったいにわすれないよ」


「ジャン。ぼくは、きみがいたから、海を見ることができたんだ。きみが、いなきゃだめだったんだ。ぼくも、きみのことは、ぜったいにわすれないよ」


 話を聞いていたアリたちも、オーとジャンのことを知って、悲しい気持ちになっていました。

 それでも、家族みんなで冬をこえるために、ジャンの体を自分たちの巣に持って帰らなければなりませんでした。


「アリさん。おねがいだ。ジャンは、ぼくの大切な友だちなんだ。だからあなたたちも、ジャンの体を大切にしておくれよ」


「ええ。わたしたちアリは、食べものをそまつにしたりはしないわ。ありがとう。ジャン。あなたのおかげで、わたしたちの家族は長い冬をこえて、春をむかえられるでしょう」


 ジャンは、もう何も言いませんでした。


「小人のオー。あなたは、遠くへ行きなさい。このままこここにいても、今よりもずっと、悲しくなるだけよ」

 アリは、やさしい声でそういいました。


 オーは、アリの言葉を受け入れて、泣きながら歩き出しました。


 オーは、砂浜をひたすら歩きつづけました。

 どれだけ歩いても、涙が止まることはありませんでした。


 ザザーン……ザザーン……


 波の音が、オーといっしょに泣いているように、聞こえました。


 気がつくと、空は夕日で赤くなっていました。


「ねぇ。どうして泣いているの」

 オーのせなかに、その言葉がとどきました。


 オーがふりかえると、そこには小人の女の子が立っていました。


「大切な友だちと、お別れをしたんだ」

「そうなのね。それはとても悲しいことね」


 その女の子は、長い髪と日に焼けた浅黒い肌をしていました。


「ねぇ。あなたはどこから来たの」

「あっちの、ここからとても遠いところにある、草むらの中の村から来たんだ」

 オーは山の向こうがわに消えていく、夕日を指さしました。


「それは大変だったでしょう。もうすぐ夜が来るわ。よかったら、わたしたちの村に来てみない?」

「いいのかい」


 小人の女の子は、オーの手を取りました。

「かんげいするわ。きっとみんなよろこぶはずよ」


 オーは女の子に手を引かれるまま、白い砂浜の上から、草むらのおく深くに入っていきました。


 きせつは、もう少ししたら、さみしい冬になるころでした。


 ♢♢♢


 あの日から何年も時間が進み、オーはりっぱな、おとなになっていました。


 あのあと、オーは海の近くの村に、ずっと住むことになりました。

 海の近くの村の人々は、オーをあたたかく、むかえ入れてくれました。


「おとうさん。また海をみているの」

 りっぱなおとなになったオーのとなりには、かれのむすめがいます。


「ああ。海のキラキラした水面をみていると、とても大切な友だちのことを思い出すんだ」

 オーはそういって、目を閉じました。


 ザザーン……ザザーン……


 オーは海をみるたびに、ジャンといっしょにすごした大切なあの日々を、何度も、何度も、心の中におもいうかべます。


 きせつは、オーとジャンが、初めて出会った時と同じような、あつい夏になっていました。


 オーは、元気よく右がわの前足をふりあげた、ジャンのすがたを思い出しています。



 中学生の時に、美術の授業で絵本をつくるという課題が出ました。

 当時の私は、この話の構想を思いついたのですが、結局絵本にするどころか、文章も完成しないまま提出期限を迎えてしまいました。久しぶりにログインをしてこの企画を目にしたとき、この話のことを思い出したので参加させていただきました。提出期限はギリギリ(笑)でしたが、今回はなんとか完成させることができました。この話を書いていて思いましたが、どのみち絵本化は無理だったと思います(笑)中学生の頃の私では、画力(これは今も)も時間も足らねーや。

 それでは、お読みいただきありがとうございました。

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