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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
最終章

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第89話 行き先

「挿絵を描いていただきましたし、リシュに言葉以外のお礼をしなくてはなりませんね」


「え? でも、それは今までのことなんじゃ……」


 いい暮らしをさせてくれたお礼として、リシュールはクモイに挿絵を描いてあげたはずだった。

 だが、クモイはにこっと笑って言う。


「明日、お見せしたいものがあるのです。出掛けますのでそのつもりでお願いいたします」


「明日? 僕、仕事だよ?」


 リシュールはわけが分からず、眉を寄せて戸惑う。

 だが、クモイは顔に微笑をたたえながら、懇願こんがんするように言った。


「どうしても明日にお願いしたいのです。リシュの仕事場には、私が事情を話しますので」


「……」


 今日休みをもらっていたので、急に明日休むことができるのだろうかとリシュールは思いつつ、どうしても明日でなければならない理由に思いをせた。


 ――他の魔法使いに挿絵を見せる……とか?


 リシュールは心の中で思ったあと、もう一つ別の考えが浮かぶ。


 ――「さよなら」をするから、最後の時間を過ごしたい……とか。


 ありそうな予感がしてしまい、何とか考えをかき消すと、少しかすれた声で返事をした。


「……分かった。じゃあ、明日」


 クモイはリシュールの返事を聞くと、挿絵を箱の中に丁寧にしまい、「やることがありますので」と言って箱を持ってマント中に行ってしまう。


 リシュールは、明日が来るのが少し怖い思いがしながら、いつも通り一人で眠るのだった。


*****


 クモイがどういう話を店主として、リシュールの休みを取り付けたのかは分からなかったが、無事に休みをもらえたお陰で、リシュールは早朝から馬車に乗って出掛けていた。


「ねえ、どこに行くかまだ教えてくれないの?」


 暖かな春の陽気と寝不足によって、出てしまうあくびをみ殺しながら、リシュールはクモイに尋ねた。


「着いたら分かりますので」


 すずしい顔に笑みを浮かべクモイは言う。

 リシュールと同じように、遅くまで話をしていたので寝不足のはずだが、あくび一つしない。何が違うのだろうと、リシュールは思いながら外の景色を眺めた。


 馬車の向かう先は、城下町アルトランから離れているせいか、建物の少ない場所になってきている。代わりに開けた場所が広がっており、そのずっと奥に雪化粧をした山々が連なっているのが見えた。


 今度は視線を近くに向けると、地面に白い雪がまだらに残ってはいるのが分かる。とはいえ、草花が芽吹いているところもあるようで、地面は白と黒に近い茶色と、黄緑色が色をなしていた。


 しかし、この景色だけでは「田舎いなかに向かっている」ということは分かっても、それ以外のことはさっぱり分からない。


「せめてどれくらいかかるとか教えてくれたっていいじゃないか」


「そうですね……。郊外にあるところです。リシュにとって馴染なじみのある場所ですから、見れば分かりますよ」


 リシュールの馴染みのある場所などないにひとしいので、クモイが言っていることの意味がよく分からなかった。


 だが、馬車が辿たどっていく道が、見慣れたものになっていくものになってきて、一つの可能性が頭に浮かぶ。


 ——孤児院に行くのかな?


 馬車が長閑のどかな風景にある一本道をずっと進んでいっているが、この先には孤児院がある。まさかそこへ行くのだろうかと思ったら、馬車は孤児院へ行く道とは違うほうへがって行った。


 ――違った? じゃあ、どこへ?


 さらに馬車に揺られていると、徐々《じょじょ》に果樹園が広がる道になっていく。その辺りに来ると、リシュールは「もしかして」という気持ちがらんでいった。


「着きましたよ」


 言われて馬車から下りると、ひどく懐かしい風景が広がっていた。


「クモイ……この場所って……」


 リシュールは、きょろきょろと周囲を見渡し、そして耳をそば立てる。


 すると、せせらぎの音が聞こえる。小さい川が近くにあるからだろう。春になったので、雪解け水が流れてきているのか、優しいというよりもいきおいのある音がした。


 リシュールは川のほうへ近づいてみたが、そこは川ではなく用水路だった。

 子どものときは、大きく見えたのでそう思っていたが、大きくなった今は、足でまたげるほど幅だったことが分かり、リシュールはくすっと笑った。


 今度は、水が流れてくるほうに視線を向ける。そこには水車小屋があり、回っている水車がゴトゴトと音を鳴らしていた。


 また庭には木が植えてあり、その周りに春に咲く小さな草花が生えている。


 それを見ていたら、離れたところで、草むらの中に白っぽくて背中に黒い筋のある小鳥が舞い降りたのが見えた。

 虫でも取っているのだろう。一度顔を土のほうへ入れたかと思うと、すぐに顔を上げて周囲をきょろきょろと見る。土に目当てのものがなかったのか、それともリシュールたちがいたせいなのかは分からないが、小鳥はさっと飛び去って行った。


 リシュールはその一連の流れを、まぶしそうに眺めた。小さいころにも、この様子を見たことがあったのを思い出す。


「ここはリシュが昔、住んでいた場所です」


 クモイに言われて、やっぱりそうなんだ、と思う。だが、まだ実感が湧かない。

 リシュールはじっとその風景を見つつ、クモイに尋ねた。


「どうしてここに連れてきてくれたの……?」


「リシュが『とても好きな場所』とおっしゃっていたからです」


 覚えていたんだ、とリシュールは思った。


 しかし、それと同時にこの家が残っていると思わなかったのである。


 あのときの父に、お金はなかった。

 それだけが記憶にあったため、孤児院を出て自分でお金を稼ぐようになったとき、お金がなければ自分の家すらもなくなってしまうことをリシュールは知っていた。そのため、自分がここにいることが不思議でならなかったのである。


 リシュールは、クモイを振り向いて尋ねた。


「もうないと思ってたから驚いた。もしかして、魔法を……、使ったの?」


 記憶の中にあるままだったのでそう言ったのだが、クモイは笑って否定した。


「いいえ」


「じゃあ、どうして残っているの? うちにはお金が無くて、家だって無くなったと思っていたのに……」


「なるほど。リシュはそう思っていらっしゃったのですね。この家はずっと、リシュのお父さまのものですよ」

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