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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
最終章

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第88話 秘めたもの

「どういうこと?」


 眉をひそめて尋ねると、クモイは静かな声で答えた。


「実を申しますと、魔法具の名は最初からついていたのではなく、絵本を作ると決めたときにつけたものなのです。そして見つかっていない魔法具以外は、それぞれの事情をめた名前になっています」


「それぞれの事情?」


 リシュールが尋ねると、クモイは「はい」と言ってうなずく。


「それについて話す前に、『手当ての包帯』にそなわっている力についてお話しします。まず『手当の包帯』という魔法具は、怪我けがをしたところに包帯を巻くと、時間が戻って『傷がなかったことになる』効用があります」


 リシュールには、「時間」の概念というものはよく分からない。だが「時間が戻る」というのは、とてもすごいことのように感じられたので、目をしばたたかせた。


「魔法って、時間を戻すこともできるんだ……。だけど、それのどこが悪いの? 傷は治るんだから、それはそれでいいんじゃない……?」


 するとクモイはゆっくりと、首を横に振った。


「時間を戻すということは、魔法と言えどもそう簡単なことではないのです。時間は不変ではありませんが、同じ方向には進んでいます。その状態から『前に戻す』というのは、大きな代償だいしょうともなうのです」


「……まるで、使ったことがあるみたいな話だ」


 リシュールの戸惑うような言葉に、クモイは自嘲気味じちょうぎみに笑う。おろかな過去を嘲笑ちょうしょうするかのようであるが、その表情には痛みと悲しみがにじんでいた。


「お察しの通りです。『手当の包帯』はマリが魔法学校を襲撃しゅうげきした際に、怪我をした人を助けるため、彼女が医療施設に渡したのです」


「マリさんが……?」


 怪訝けげんな声で尋ねたからだろう。

 クモイは「先に言い訳めいたことを申しますと」と断ってから、話を続けた。


「『手当の包帯』を渡した時点では、『代償がある』ことははっきり分かっていたわけではありませんでした。ただ、問題が別にありまして……」


「問題?」


 するとクモイは、こくりとうなずく。


「私たちは戦い始めた当初から、今日までずっと、魔法学校が作った魔法具をなくそうとしてきました。しかしそうするためには、魔法具にめられた魔力を使い切るか、もしくは魔法具に掛けられた魔法を書き換えるしか方法がありません」


「『書き換える』って?」


 魔力がなくなって使えなくなる理屈は、以前シルヴィスが例として出してくれた「暖炉のまき」のことを考えれば分かる。

 だが「書き換える」というものが、リシュールはよく分からなかった。


「簡単に申しますと、『時間を戻して治療』する方法以外の、もっと安全な、つまり『代償を伴わない魔法』を魔法具に込めるというものです。ですが、マリには魔法を書き換える力がありませんでした」


「それなら、クモイは? できないの?」


 リシュールが尋ねると、彼は力なく首を横に振った。


「残念ながらできません。昔、たった一人だけ、それができる魔法使いもいましたが、事情があって頼めなかったのです。お陰で私をはじめ、現代に残された魔法使いは、魔法具の魔力がなくなるまで、ずっと使い続けなくてはならないのです」


 リシュールはそれを聞いて、あまり好んで魔法を使いたがらないクモイが、何故魔法具の一つである「マント」の力を使っていたのか、合点がいった。


 使わなければ魔法具はなくならず、魔法具がなくならなければ彼らにかけられた呪いも消えないということだ。


 それならば、目的を遂行すいこうするために使ってしまったほうがいいというのも、うなずける。


「そっか……。なるほどね」


「話を『手当ての包帯』に戻しますと、そういう事情があって、マリは『手当ての包帯』を医療施設の者に渡し、治療に使ってもらっていたのです。しかし、結局思うように人々を助けることはできませんでした」


「思うように人々を助けることはできなかった」ということは、大きな代償によって何かしら問題が起きたということだろう。

 だがクモイは、それ以上(くわ)しいことは話さなかった。


 リシュールはうつむき、しんみりとした声で言った。


「だから、『手当の包帯』なんだ。手当をするための包帯じゃなかったから」


「そういうことです。皮肉なことですが、『手当の包帯』につきましては、備わっていた魔力を最後まで使ったお陰で、魔法具の効力は消失しました。魔力を失ったそれは、私のマントの中でただの包帯としてしまってあります」


「そっか……」


 重い空気が部屋に下りる。

 リシュールは自分で聞いてしまったというのもあり、どうしたものかと思っていたのだが、その間に、クモイがおもむろに主人のほうに体を向け、深く頭を下げて礼を言った。


「話がれてしまいましたが、改めましてリシュにお礼申し上げます。挿絵を描いてくださって、本当にありがとうございました」


 リシュールはクモイの大げさすぎるような態度に、首を横に振った。


「えっ、ちょっと、そんな顔を上げて。僕はクモイにしてあげられることをしたまでで、大したことはしていないよ」


 だが、クモイは丁寧に言葉を重ねた。


「いいえ。私と、そして他の魔法使いたちも納得してくれると思います。それに――」


 そう言って、クモイは頭を上げるとほがららかに笑った。


「マリも喜んでくれると思います」


「……それなら良いいけど」


 満足そうにうなずくクモイを見て、リシュールはふっと笑うとそう言った。

 だが、それはマリに喜ばれることを嬉しがったのではない。

 クモイが、長らくかかえていた妹との約束を、一歩前に進ませることができたことに安堵と喜びを感じたからだ。


 その一方で、考えなければいけないことがまだある。


 挿絵は描き終わり、クモイが気に入ってくれた――ということは、クモイがリシュールのことを主人として接することも終わるだろう。そしてシルヴィスが言ったように、クモイがここから去っていってしまう可能性もある。


 リシュールは彼を引き止めるために、どのように話をしようか考えていると、クモイが思いも寄らぬことを口にした。

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