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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第四章 リシュールの絵

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第77話 小さな変化

「大丈夫?」


 リシュールはそう言って、ラクチュアの傍にひざをつき、クモイの顔をのぞき込む。


「……はい」


 うなずくクモイの灰色の瞳には疲労がにじみ、ひたいの辺りの髪は、汗にれたせいで貼り付いていた。相当嫌な夢だったのだろう。


「すみません、お見苦しいところをお見せして……」


 クモイは小さくなってまた謝った。


「だから、謝らないでいいって。僕は気にしていないから」


「ですが……」


 何を言っても態度をくずさないクモイに、リシュールは小さくため息をつくと、立ち上がる。


「リシュ……?」


「クモイのことは心配だけど、もし一人でいたいなら僕は部屋に引っ込むよ」


 辛そうにしているクモイが我慢することを望んではいないし、できれば頼って欲しいとも思っている。


 だが、クモイがリシュールに頼ることをこばむのであれば、自分ができることはしばらく彼を一人にしてそっとしておくことや、夕飯の支度したくをすることだろう。料理は得意ではないが、クモイが調理をしているところを見ているので、何かしらは作れるはずである。


 そう思っていると、思いがけずクモイがリシュールを引き止めた。


「お待ちください――!」


 リシュールは驚いてクモイを見ると、彼自身もびっくりしていて灰色の瞳を丸くしていた。


「あっ、えっと……」


 自分の行動に思考がついていっていないらしい。当惑とうわくしている様子のクモイに、リシュールは優しく笑った。


「クモイがいて欲しいって思うなら、そばにいるよ。そうだ、お水をもう少しもってこようか?」


 クモイは視線を泳がせ、どうしたらいいか戸惑っていたが、もう一度リシュールの顔を見ると、おずおずと尋ねた。


「……いいのでしょうか?」


「もちろん! ちょっと待っててね」


 リシュールはそう言って、クモイからカップを受け取ると調理場のほうへ向かう。だが、そのとき一つ思い出したことがあって、クモイのほうを振り返った。


「そうだ、クモイ」


「はい」


「着替えなくて大丈夫?」


「え?」


「汗をかいていそうだから。きっと着替えたらすっきりするよ」


 クモイは主人に言われ、自分が着ているセーターにれる。

 リシュールと最初に出会ったころは礼服しか着ていなかったクモイだが、この部屋に越してきてからは、シルヴィスが普段着ているような、小奇麗こぎれいな服を着て生活していた。


 最初は「礼服で過ごします」と言っていたクモイだが、もし同じ建物に住む人物が訪ねてきたときに、クモイが礼服を着た状態で対応することになると、「兄弟で住んでいる」と周りに言っているのに、「兄に召使いのようなことをさせているのか」と変なうわさが立ってしまう。

 そうなれば住みにくくなるかもしれないと、クモイとの間で話になり、今のような格好をしているのだった。


「……そう、ですね。では、着替えてまいります」


「じゃあ、マントを――」


 そう言って、リシュールが調理場にある椅子から濃い灰色のマントを手に取ろうとすると、クモイが「それは必要ありません」と言って止めた。


「え?」


「部屋に着替えを置いてありますので、そちらで着替えてきます」


「あ、そっか……」


 クモイは、曖昧あいまいに返事をする主人に、軽くお辞儀をして自室に行ってしまう。


「……」


 リシュールは、カップに水を入れながら、クモイの変化に複雑な思いをいだいていた。


 これまでのクモイは、何でもマントがあれば事足りていたのだろう。

 だが、リシュールが防寒具として使っているため、その間はマントから物を取り出すことができなくなる。そのため、必要なものを部屋に置いているのだと思われた。


 クモイが、マントだけの生活になっていないことは、リシュールにとって嬉しいことだ。


 だがそう思う反面、自分がマントを使うことで、クモイが不便になってはいないだろうかと考えると、胸の奥がちくりといたむのだった。


 クモイが生成きなり色のセーターに、灰色のスラックスに着替えてくると、彼はリシュールが持ってきた水をゆっくりと飲み干した。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


「……」


「……えっと」


 だが、そのあとの会話が続かない。

 リシュールはどうしようかとぐるぐる思うと、精一杯自然な風をよそおいながら、「そうだ!」と言ってラクチュアから立ち上がり、調理場のテーブルに置いていた紙袋を持ってくると再びクモイの隣に座った。


「今日、画材屋に行ったんだよ。それでね、色固しょくこを買ったんだけど――」


 リシュールはがさがさと紙袋を開き、色固を見せようと思ったが、その前に店員にもらった広告紙が目に入ったので、それだけを取り出す。


「そのとき店員さんと少し話をしてね、広告紙をもらったんだ。おすすめの画家の個展なんだって。画家の名前は、えーっと、リヒテル・ターナーだって。今の時期はしていないけど、確か……そう、夏の時期って書いてある。今年の夏の時期になったら、きっと開催されるから行ってごらんっていわれたんだよ。だからね、えっと、その……」


「リシュ」


 努めて明るく話したつもりだったが、クモイがそれとは反対に静かで、少し強張こわばったような声で主人の名を呼んだ。

 リシュールはどきりとしたが、それでも笑顔をくずさずに「何?」と聞いた。


 するとクモイは、触れてはいけないものに触れるように、恐々《こわごわ》とリシュールに尋ねた。


「何故、私がうなされていたのかをお聞きにならないのですか?」

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