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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第四章 リシュールの絵

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第74話 不思議な縁

「私がこの店を引き継いだのは、経営を立て直すためでした」


「立て直す、ですか……?」


 リシュールが尋ねると、店員は「ええ」と言ってうなずいた。


「お恥ずかしながら、立ち行かなくなっていたんです。ただその大きな要因は、単に父が画材の価格を仕入れ値近くまで下げていたからでした。父(いわ)く、『お金のない画家を助けるため』だと」


 そのときリシュールの心のうちに、画架がかに立てられた画布がふの前に、絵を描く父の姿がぼんやりと浮かんだ。


 父がどのような画材道具を使っていたかは分からない。

 だが、もし普段使っている色固しょくこの値段が高くなったら、リシュールの父も他の画家たちのように憤慨ふんがいしたかもしれないと想像した。


「そうは言っても、この店が成り立たなくなれば、本当に必要な人の手に画材道具が届かなくなってしまいます。それを懸念けねんして私は元の値段に戻したのですが、ここを利用していた画家の方々には随分ずいぶんしかられました」


「……」


「そのため代替わりしてしばらくは、貴族の方やお屋敷で仕事をされている人は来てくださっても、画家の方は現れなくなってしまったのです。ですがあるとき、ふらりと入ってきた方がいて、初めて見る顔でしたが真剣に色を選ばれて帰られました」


 まるで今日のリシュールのようである。何という偶然だろうと思い驚いていると、店員は優しく笑った。


「こう言ってはなんですが、貴族の方々も使用人たちもそう熱心にうちの商品を見てくださりません。使用人の方は特にそうです。仕えている方に頼まれて来ているだけしょうから、言われたものを私に出してもらいように言って終わりです。仕方がないことですがね」


 店員はそう言って苦笑する。


「ですから、久しぶりにここの商品をじっくり見てくださる方が来てくれて、私は嬉しくなりました。それから少しずつ、これまで来ていた画家の人たちが客として戻って来ましたが、私は彼が来るのをいつも待っていました。真剣な様子をまた見たいと思ったからです。何度かいらっしゃるうちに画家であることを聞いたので、『ここには本当にいいものを置いていますので、是非、ここにある道具や色固を素晴らしい絵のために使ってください』と、余計なことを申したほどです。ですが、昨年辺りからすっかり姿を見せなくなってしまいましてね」


 店員の表情がくもる。


「どうして……」


 リシュールのつぶやきに、店員は首を振った。


「詳しくは分かりません。私の言ったことが気に障ったのやも……」


「そんな……」


「でも、いいんです。その方がうちの店の商品をちゃんと見てくださっていたことは事実ですから」


「……」


「それで、あなたが真剣な表情で色固を選んでいる姿に、あの日を思い出して心躍こころおどりました。ですから今日のおまけはそのお礼です。少々余計なことを話してしまいましたが……」


 そう言うと、店員は笑みの中にちょっと申し訳ないような気持ちを浮かばせる。

 一方のリシュールは、彼の話を聞きながら、最近の自分は不思議と人との繋がりに縁があるなと思った。


 クモイもそうであるし、シルヴィスもまたしかり。ただ、特に自分は何かをしたわけではない。


 今日のこともそうである。店員の昔の出来事とリシュールの行動が結びついただけである。

 だがそれでも、彼が喜んでくれたのはリシュールにとっても嬉しかった。


「こちらこそ、いいお話を教えてくださってありがとうございます」


 そう言ってリシュールは、店員の肉厚な手に二〇〇〇セトを手渡した。

 彼は受け取って礼を言ったあと、お金をしまいながら「ところで、あなたは画家なのですか?」とリシュールに尋ねた。


「あ……いえ、違います」


 急に問われ、リシュールは少しあわてる。

 絵を描くことを生業なりわいにしているわけでもなければ、金持ちの子どもでもないので、ここに来たのはまずかったのだろうかと頭をよぎったからである。


「そうですか。では、趣味で?」


「えっと……、そんなところです。でも、絵を描いて欲しいと頼まれて……それで……」


 しどろもどろに答えたが、店員は楽しそうに笑った。


「なるほど。良い絵が描けるといいですね」


 思いがけず励まされ、リシュールは背筋を伸ばしてうなずいた。


「……はい!」


「そうだ。良かったらこれをお持ちください」


 店員は何かを思い出すと、後ろの棚に入っていた一枚の紙を出して見せてくれた。その一番上には大きな文字で「庭のある家の展覧会」と書かれ、続けて小さい文字で日時や場所などが書かれていた。


「これは……?」


「先ほど話しました画家の、個展の広告紙です。ここに書いてある内容は、もう終わってしまって見られないのですが、きっと今年の同じ時期にもすると思いますので、近くなったら思い出してみてください。袋に入れておきますね」


「ありがとうございます」


 店員は広告紙を丁寧に折りたたむと、色固しょくこが入った袋に入れ、リシュールに手渡した。


「お気をつけて。またいらしてください」

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