第73話 熱心な人
並べられた色固の青は、右から左に向かって、段階的に明るくなっている。
左端まで視線を動かすと、一番端にあったものだけ青系の色ではなかった。「亜麻色」である。欲しいと言ったので、合わせて持ってきてくれたのだろう。
亜麻色の色固は後で確認するとして、まず数種類ある青い色から欲しいものを選ぶのに集中することにした。
色固は円柱の形をしており、厚さが大体指の第一関節くらいある。長さはリシュールの人差し指より少し長い程度。そして縁は、ひびが入りにくいように丸みを帯びている。
形を見る限りアルトランの北側の画材屋で扱っているものと同じであるが、ここのものは紙に包まれているためか細かい傷がほとんどなかった。
「あの、手に持って見てもいいですか?」
「直接触れなければ構いませんよ」
丁度毛糸の手袋をしているので、リシュールはその状態のまま右端に置かれた一番色の濃い青い色を右手で取った。そしてそれを左手の手のひらに載せると、手首を動かして、色々な角度から色固を眺める。
するとその様子を見ていた店員が、「もし光が必要なら、少しの間だけ日の光に当ててもいいですよ」と言ってくれた。
ちょうどテーブルがあるところは窓ガラスがないので、色が暗めに見えるのだ。明るいところでも色を確認できるのは有難い。
「ありがとうございます」
リシュールはお礼を言うと、早速窓ガラスのほうへ寄った。
明るい日差しの元に来るともう少し明るい青になるかと思ったが、そうはならなかった。
朝焼けのときの色に使うのには良さそうだが、求めてたものと違ったため、一度その色固を包み紙に戻して、今度は隣に置いてあった明るめの青を手に取る。
こちらははっきりとした青をしているが、爽やかさがある。夏の空にぴったりだと思った。
リシュールはそのあとも、店員が出してくれた色固を順番に、光に当てて見た。
一度見たものをもう一度見たり、「もう少し淡い色はありますか?」と聞いて別のものを出してもらうこともあったが、店員は文句ひとつ言わず、リシュールがじっくり色固を吟味している姿を静かに見守っていた。
結局十種類の青い色から三種類の青い色を絞ったが、それ以上は難しそうだったため、一旦青色を考えるのをやめる。その代わり、店員が持ってきてくれた亜麻色の色固を手に取って、光にかざしてみた。
「あ……」
リシュールはその色固を見たとき、「クモイの髪の色に近い」と思った。
亜麻色の色固は、挿絵に登場するウーファイア――つまり、クモイの妹であるマリの髪の色に使うために買おうと考えていた。クモイと兄妹だった彼女であれば、きっと髪の色も同じだと思ったからである。
とはいえ、兄弟でも髪の色が違うことはある。
孤児院にも兄弟で入ってきた子たちも何組かいたが、髪の色と目の色が違うこともあった。
そのため、マリの容姿を聞くまでは決めつけてはいけないだろうと思い、この色を買い足そうか悩んでいたのだ。
だが、シルヴィスに「ウーファイアのことはリシュが想像して描いて欲しい」と言われたため、「彼女の髪の色をクモイと同じ色にしよう」と決めたのだった。
「いかがですか?」
店員に尋ねられ、リシュールはうなずいた。
「この色、良いですね」
喜々《きき》として答えると、店員は「それは良かったです」と人の良さそうな笑みを浮かべる。
リシュールは亜麻色の色固を戻し、店員の表情を伺いながら値段を尋ねた。
「あの、これ一ついくらですか?」
「亜麻色の色固は、一つ三〇〇セトです。青い色はほとんど五〇〇セトですが、濃い色は少し高くて八〇〇セトですね」
「そうなんですね……」
覚悟はしていたが、持ってきたお金があっという間に無くなってしまう値段だ。
一番安いものでも一個買うだけで、「ディオール」で食べるフォッチャにロフトニーを付けてもお釣りが返ってくる。
だが、屋根裏部屋に住んでいたときとは違って、買えない値段ではない。ちゃんと自分で稼いだお金でこれらを買うことができる。
それに、クモイやシルヴィスのことを考えたら、ここで出し惜しみするのはよくないとリシュールは思った。
彼らが自分に期待してくれる分、自分もできる限りのことをしなければいけないだろう。
そのためリシュールは、堂々とした態度で「青色はこの三つと、亜麻色を一つください」と言った。
「ありがとうございます」
店員はお礼を述べたあとに、「全部で二一〇〇セトです。でも、おまけをして二〇〇〇セトでいいですよ」と言った。
「え……?」
リシュールは、店員の言葉を内心驚きながら聞いていた。
何度か足を運んだことのある画材屋でさえ一度もなかったのに、初めて入った店で値引きしてくれる理由がわからなかったからである。
すると店員は、包み直した色固を丁寧に紙袋に入れながら、リシュールの疑問を見透かしたように、こんなことを言った。
「個人的な話なんですけどね。数年前、あなたのように熱心にうちの画材道具を見ていった人がいたんですよ」
リシュールは目を瞬いてから、小首を傾げた。
「そうなんですか? でも……絵を描く方なら、誰もがしっかりと色固を見ていくと思うのですが……」
画家であれば、きっとリシュール以上に熱心に色を吟味するだろうと思ったのだ。
「そうかもしれません」
店員はちょっと困ったように笑ってから続けた。
「でも、理由があるんです。ちょうどその人が来た時期は、私がこの商売を親から引き継いで間もないころで、父の代から利用している画家も、訪ねてきてくれたのですが、『高い』と言って帰る人が多くなりました。それもそのはずで、私は色固や絵筆の値段を高くしたんです。……といっても、正確に言うと正規の値段に戻しただけなのですが」
店員は嘆息すると、話を続ける。




