第67話 気負わずに
「ですが、そんなことをしたら、シルヴィスさんたちが知っているマリさんとは違う印象になってしまうと思いますよ……?」
懸念していることを口にすると、シルヴィスは「大丈夫、分かっているよ」というように、大きくうなずいた。
「そうだね。でも、それでいいんだ。『ウーファイア』という人物をどんな風に表現するのかは、描き手に委ねるつもりでいたから」
「挿絵を描く者」が、リシュールではない別の人物だったとしても、同じようにしたということだろう。
「それは……マリさんに似た絵を描いてしまうと、クモイが挿絵を見るたびに、戦いの過去を思い出して辛くなるから……ですか?」
ウーファイアの姿を描き手の想像に任せる理由として、リシュールが考えられるのはそれくらいだった。
どういう気持ちで、クモイが妹のマリと共に魔法学校と戦ってきたのかは分からない。しかし兄として、そして同じ目的のために共に戦ってきたのなら、きっと色んな痛みも共有していたはずである。
そのため、マリの姿に寄せた姿絵を描けば、それを見るたびに「辛い過去を想起してしまう」と心配しているのだと思った。
するとシルヴィスは、困ったような笑みを浮かべて問いに答えた。
「それもあるかもしれないけど、問題はそこじゃないんだ。マリの容姿のことなら、もちろん話せるさ。でも、そんなのは正直どうだっていいんだ……。俺たちがリシュに描いて欲しいのは、絵本の中の『ウーファイア』なんだから」
リシュールは、シルヴィスの意図していることが分からず眉を寄せる。
「でも、『ウーファイア』は、クモイの妹のマリさんなんですよね?」
「そうだよ。彼女が元になっている」
「でしたら、どういう為人か教えていただけませんか?」
懇願したが、シルヴィスは首を縦には振らなかった。
「ごめんな、リシュ。それだけは教えられない」
「どうしてですか?」
「うーん……上手く言えなんだけど、俺にも、クモイにも、そして仲間の魔法使いたちにも、『マリ』が『いい人』っていうイメージがないんだよ」
リシュールは、開きかけた口を噤む。その言葉に対して何と言っていいのか、言葉が出てこなかったのだ。
それを見ていたシルヴィスは、優しい口調で話を続けた。
「魔法を使って戦争をしてきてしまったからね。前にも言ったけど、結果はどうあれ、彼女が戦い始めたことはいいことだとは思えない」
「……」
「でも、そんなマリにも『ウーファイア』として、純粋に人々に慕われていた過去がある。絵本ではそのときの話が元になっているんだ」
「それなら、そのときのことを教えていただけないのでしょうか?」
だが、シルヴィスは首を横に振る。
「学校を襲撃する以前のマリのことは、あまり知らないんだ。仲間の魔法使いもね。あの原稿を書いたのはクモイだから、知っているとは思うけど、マリがどういう人だったかっていう事細かなことは、多分、聞いても教えてくれないと思うよ。あいつが一番、リシュが描く『ウーファイア』を期待していると思うから」
「そうですか……」
やはりシルヴィスが言った通り、リシュールが想像でマリの姿を描くしかないのだろう。リシュールは重いため息をはき出した。
「あんまり気負うなって言っても、リシュは気にしちゃうんだろうな」
シルヴィスはそう言って苦笑する。
「……だって、やっぱり望んでいるものを描きたいって思うじゃないですか」
折角自分を頼ってくれたのだ。その上いい生活をさせてもらっているのだから、それに見合ったものを返したい。
そのため、できるだけマリの姿に似せて描きたかったのに、それができないのだから難題である。
「望むもの、か」
シルヴィスはしみじみと言って、窓の外に視線を向けた。その横顔は穏やかで、優しさに満ち溢れていた。
「リシュが描く『ウーファイア』を見たいんだよ。だから、いいんだ。描いたらきっと、クモイは誰よりも喜んでくれると思うよ」
「……そうでしょうか?」
自信なく尋ねると、シルヴィスはリシュールのほうに視線を向ける。
「それはリシュが一番分かっているんじゃない?」
シルヴィスはそういうが、リシュールは分からず小首を傾げた。
「どうでしょう……」
「時間はあるんだし、ゆっくりやったらいいよ」
「そうですね、ゆっくり……」
シルヴィスの何気ない一言を聞いたときだった。
リシュールは「絵を描き上げる期限」について、クモイに聞いていなかったことを思い出した。
「そういえば、挿絵を仕上げる期限を聞いていませんでした。これって、いつまで描き上げるといいのでしょうか?」
その問いにシルヴィスは、きょとんとした表情を浮かべる。
「特に決まっていないよ。早く描いてくれたらそれはそれで俺たちにとってありがたいけど、五十年以上前から取り組んでいて終わっていないんだ。数年くらい平気で待つさ」
それはつまり、数年かかっても問題ないということだ。それなら、しばらく悩むことができるだろう。
「……」
だがその一方で、「早く終わったらどうなるのだろうか」という疑問が、リシュールの心の中にふと芽生えた。
「どうした?」
リシュールが押し黙ってしまったので、シルヴィスが声をかける。
するとリシュールは、不安そうな表情を浮かべた。
「いえ、あの……クモイが僕に近づいたのって、最初から絵本の挿絵を描くためですよね?」
「まあ……そうだね」
躊躇いつつ、その疑問をシルヴィスに投げかけた。
「だったら、僕が絵を描いてしまったら、クモイとの関係って……どうなってしまうんでしょうか?」




