第66話 マリの姿
「絵本のようになっては困るからね。『魔法に頼れば何でも解決できる』って、そんなことありはしないんだから。それに、俺たち魔法使いとリシュ以外の人たちは、この世界に魔法があることを知らない。だから魔法はこの世界にはないものとされている。折角『魔法がない』ことになったのに、『魔法がある』と世間に知られたくもないし、これでいいんだよ」
「そうですよね。すみません……変なことを聞きました」
魔法使い同士の戦いの後、魔法使いたちを「非魔法使い」にし魔法を使えないようにしたくらいである。
シルヴィスやクモイは魔法が使えても、自分の中で線引きをして使っているのだろう。そしてルヴァリシュルの件は、魔法を使わず解決すべきものなのだとリシュールは思った。
「いや、いいんだ。それに、魔法を使わないでどうにかしようとするのも、俺たちにとってはいい勉強さ」
「そういえば、何故ルヴァリシュルのことをご存じなのですか?」
シルヴィスの淀みない説明にリシュールが感心すると、彼は肩を竦めた。
「この国とロハーニアの国境にある森に、仲間の魔法使いが住んでいてね、ルヴァリシュルのことに詳しいんだ」
「ロハーニア」というのは、ウーファイア王国の西隣に位置する「ロハーニア王国」のことだ。その国境に、シルヴィスの仲間である魔法使いが住んでいることを彼はさらりと告げる。
リシュールのことを信頼してくれていることの裏返しなのだろうが、言われたほうはどう反応してよいのか、少し困ってしまう。
「……そう、なんですね」
リシュールは曖昧に答える。
それに対し、シルヴィスはさらにこんなことを言った。
「そうそう。その人にも絵本の挿絵を描いてくれる人が決まったと言ったら、喜んでいたよ」
どうやらほかの魔法使いの仲間にも、リシュールのことを話しているらしい。
「絵本」が彼らにとって長らく待ち望んでいたものであることを考えれば、挿絵を描く人物が決まったことを話しても当然だろうが、会ったこともない魔法使いにも期待されていると思うと緊張してしまう。
「そう……なんですか……」
「そうですよ」
シルヴィスはうなずいて、ルヴァリシュルを飲んだ。
「……」
(ちゃんとしなくちゃ……)
「魔法具」に関する絵本を作るのは、市民に不用意に「魔法具」に近寄らせないようにするため。
そのため、当然「魔法具」に関わっている魔法使い、つまり「『魔法具』を守っている魔法使い」や、シルヴィスの数少ない仲間の魔法使いたちも、絵本が出来上がることを待ち望んでいるに違いない。
そして彼らの望みを叶えるべく、そしてクモイのために力になればと思い、リシュールは挿絵の件を快諾したのだが、少し迷いがあった。下絵を描き始めたものの、中々納得いくものができていない。
「あまり期待されると、緊張します。ちゃんと描けるかなって……」
「そういえば、今日は挿絵のことについて聞きたいと言っていたね」
リシュールはうなずくと、居住まいを正して次のことを尋ねた。
「魔法具のことや、マリさんのことについてもう少しお尋ねしたかったんです」
「魔法具とマリのこと?」
シルヴィスはカップをテーブルに置くと、じっとリシュールを見た。
「はい。クモイに頼まれた挿絵は全部で七つの場面でしたよね」
「うん」
リシュールはそう言うと、ズボンのポケットの中に入っていた紙きれを出して、テーブルに広げる。
この件はシルヴィスがリシュールとクモイの家に来たときに確認もしているので、シルヴィスも知っているが、一応分かりやすいように紙に書いたものを提示した。
一つ目は、ウーファイアが村の人々に寄り添っているところ。
二つ目は、山から土砂が崩れた場面。
三つ目は、白装束の者たちが村に来たときの場面。
四つ目は、ウーファイアが向かった村の惨状の様子。
五つ目は、ウーファイアに人々が群がる場面。
六つ目は、七つの魔法道具の絵。
七つ目じゃ、ウーファイア王国の城を描いたもの。
これがクモイに頼まれた挿絵の場面である。
「その中でも、二つ目、三つ目……そして七つ目はイメージが湧いてくるのですが、ウーファイア―—つまりマリさんが登場するところが上手く描けなくて。何でだろうって、自分なりに考えてみたんですけど、文章の中にマリさんの姿がないからなんだって気づいたんです。マリさんの姿の手掛かりがない中で、どういう風に描いたらいいか分からなくて……。それと魔法具も、見たことがないのでどう描いたらいいのか、迷ってしまったんです」
「なるほどね」
「クモイは『分からないことがあったらいつでも聞いていいですから』って言ってくれたんですが、マリさんや魔法具の話を聞いたら、やっぱり過去を思い出してしまうだろうなと思って……。すみません、シルヴィスさんを頼らせてもらいました」
「いや、頼ってくれて嬉しいよ。でも、そうか、マリの姿か……」
シルヴィスは顎に手を当てて考える仕草をする。
「何か問題でもあるんですか?」
「いや、そういうことじゃないんだけど……挿絵に関しては、リシュの想像で描いていいと思うよ」
思いがけない返答に、リシュールは目を瞬かせる。
「僕の想像……?」
それはつまり、リシュールの自由に描いていいということだ。
もちろん、「想像でいい」というなら、絵本の文から考えて自分なりのマリの姿を描くが、そうしてしまったらシルヴィスやクモイが持っているマリの姿とかけ離れてしまう可能性が大きい。
それを彼らが望んでいるのかどうか分からず、リシュールはきゅっと眉を寄せた。




