第65話 「ルヴァリシュル」というお茶
「ハレリア」の店内へ入ると、シルヴィスはそこで立ち止まる。
リシュールは、空いている席を探しているのかと思い、周囲を見渡した。
以前クモイと行った大衆食堂の「ディオール」は、仕事終わりの男性客が多かった印象だが、ここでは小さな子ども連れの家族や女性同士の客が多い。
また、背広を着た男性もちらほらといるので、仕事中の昼食を取っているのだろうと思われた。
「あ、シルヴィスさん、あそこが空いていますよ――」
シルヴィスにそう言ったとき、店の制服を着た店員がリシュールたちのほうへやって来て、丁寧に挨拶をした。
「いらっしゃいませ、ウェルデラータ様」
「ウェルデラータ」とは、シルヴィスが普段使っている名前である。
リシュールは、そのことを思い出したのは良かったが、それよりも店員が恭しく頭を垂れたことに気後れしてしまい、思わず一歩後ろに下がってしまった。
店員の行動は、クモイが毎日自分にしてくれている態度と似てはいるが、気が置けない人がやるのとでは訳が違う。
どういう態度を取っていたらいいのか分からずにいると、リシュールの気持ちを察したのか、シルヴィスがリシュールの肩に手を置いた。はっとしてシルヴィスを振り仰ぐと、彼は「大丈夫」というかのように柔らかくほほ笑んだ。
「こんにちは。予約の時間より少し早いかもしれないんだけど、中に入ってもいいかな?」
「はい。只今ご案内いたします」
そう言うと、体を横にずらし店の奥のほうへ右手を向けた。
「こちらへどうぞ」
「リシュ、行こう」
「は、はいっ」
シルヴィスに声を掛けられ、リシュールは慌てて彼の後ろに付いて行った。店員に案内されたのは、店の一番奥にある個室だった。
特別凝ったような装飾はなく、部屋の中央に一つのテーブルと、両脇に椅子が一つずつ置いてある。窓はついているが裏通りに面しているため、大通り側のように店名の文字も描かれていない。
見える雪景色も店の裏通りだが、あまり人通りがないせいか穏やかな雰囲気になれる。
「お茶を持ってまいります。どうぞおくつろぎください」
部屋まで案内した店員がその場を離れると、シルヴィスが「左側に座りなよ」と言ったので、リシュールは防寒具やらマントなどを脱いで椅子の背にかけたあと、彼に示されたほうの席に着いた。
シルヴィスも同じように、着ていた毛皮などを脱いで席に着くと、ちょうど店員が温かなお茶を持ってきてくれる。二人はそれで一息つくことにした。
「きれいな色のお茶ですね」
リシュールはカップからたゆたう湯気の中にある、明るい黄色のお茶を見つめた。顔を近づけると、ふわりと甘い香りがする。
「おいしいから、飲んでみて」
「それじゃあ……、いただきます」
シルヴィスに促されて一口飲んでみると、口の中にさっぱりとした味わいに、どこか蜂蜜に似たほのかな甘さを感じた。
「わっ、このお茶おいしいですね」
おいしさで目をぱっちりと開けると、シルヴィスは嬉しそうに笑った。
「『ルヴァリシュル』っていうお茶なんだよ」
「ルヴァリシュル……。初めて聞きました」
リシュールが知っているお茶の名は、クモイに教えてもらったロフトニーだけである。そのため、他にもお茶があることを初めて知った。
「まあ、取り扱っている店がそんなに多くないから、あまり知られていないかもしれないね。でも、『太陽の雫』とか『金色のお茶』なんて言われているお茶なんだよ」
「なんだか高そうな名前ですね」
「ご明察。ロフトニーの十倍くらいするかな」
「……っ!」
リシュールは驚きで目をまん丸くする。
「そんなにするんですか⁉」
「でも、この茶葉はロフトニーと同じなんだよ」
「えっ! そうなんですか? だけど、どうしてこんなに味が違うのでしょうか……?」
ロフトニーの味は香ばしさの中にちょっと苦みがあるような味である。それがルヴァリシュルと同じ茶葉というのが、どうにも結びつかなかった。
「ロフトニーになる茶葉も、ルヴァリシュルになる茶葉も、どちらも『リブロ』という種類の植物だ。だが、作られる場所と製法を変えることで味や香りが変わる。ロフトニーはアルトランの周辺にある茶畑で作られているが、ルヴァリシュルの茶葉は西の隣国ロハーニアに近い丘で作られているんだ。丘がある辺りは、ここよりもずっと多くの雪が降るから、茶葉はその雪を被って冬を越す。寒い冬を雪の中で過ごすことで、茶葉に甘みが生まれると言われ、さらにお茶になるための過程を踏んで、ルヴァリシュルになるんだ」
「それで高いんですか?」
「手間がかかるからね。でも、大抵のルヴァリシュルを作る茶葉農家が得られる収益は、ロフトニーを作っている人たちと変わらない」
リシュールは眉を寄せる。
「どういうことですか?」
「中間業者が買い叩いているのさ。市場に出回るルヴァリシュルは、ロフトニーの十倍。だから、仕入れ値を安くすれば自分たちが儲かるんだよ」
「酷い……」
「そうだろう? 俺もそれを知ったとき腹が立ってね。だから、俺の店とここの店のルヴァリシュルは、茶葉農家と直接契約を結んで仕入れているんだ」
「それなら良かったです……。心置きなくこのお茶を飲めます」
リシュールがほうっと息をつくと、シルヴィスが優しく笑った。
「リシュは本当に優しい子だね。でも、根本的な解決にはまだなっていなくて、色々試行錯誤中なんだ」
「……魔法は……使われないんですか?」
リシュールはおずおずと尋ねる。
シルヴィスがどのような魔法を使えるか分からないが、クモイのように色んな情報を集めることができたら、悪さをしている人も見つけて捕まえることができるのではないかと思ったのだ。
すると、シルヴィスは苦笑した。




