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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第三章 もう一人の魔法使い

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第59話 シルヴィスの優しさ

「え……?」


「クモイには秘密にして欲しいのだけど……」


 シルヴィスはそう前置きしてから、言葉を続けた。


「俺たちは、取り返しのつかないことをしてきた。そしてその罪を背負っている。だから『皺背に放ってはいけない』と思ってはいるんだ」


 シルヴィスはそう言って、自嘲気味じちょうぎみに笑う。だが、笑いのあとに残った表情は、何とも言えないはかなさがあった。


「だけどそれじゃあ、あんまりにも辛いとも思うんだよ。もちろん、もっと若かったころは『辛い』なんても思っちゃいけない思っていた。泣き言すら言ってはいけないってね。でも、マリを見送ってクモイと共に歳月を重ねていくうちに、少しは『辛い』って思ってもいいんじゃないかって思ったんだ。俺もクモイも自分の意思とは関係なしに、生かされ続けているんだからさ……。生きている間、何か幸せなことを見つけたっていいんじゃないかって……」


 自分の意思とは関係なく生かされて続ける――。

 それはクモイと初めて出会ったころに、彼が言っていた「呪い」のことだろう。


「シルヴィスさんも……呪いが掛けられているんですよね……?」


「呪い?」


「クモイが言っていました。『自分が長く生きているのは、呪われているからだ』と……」


 リシュールが気づかわしげに答えると、シルヴィスはふっと笑う。そして小さく「そうか、呪いと言っているのか……」と呟き、リシュールを見てうなずいた。


「まあ、そういうことになるかな」


「あの……、呪いを解く方法はないんですか?」


「あるよ」


 シルヴィスの返答に、リシュールは表情を明るくする。


「どうすればいいんですか?」


 期待を込めて尋ねるリシュールに、シルヴィスは「この世からすべての魔法具が無くなること」と、事もなげにさらりと言う。

 一方のリシュールは表情を凍らせた。


「でも、二つはどこにいったか分からないんじゃ……」


「うん。だけど、ここまで来たら二〇〇年も三〇〇年も同じだと思うよ」


 シルヴィスは軽くそう言うが、リシュールには気の遠くなるような時間にしか思えなかった。


 リシュールはまだ十六年しか生きていないため、クモイやシルヴィスが生きてきた二〇〇年という歳月の長さは具体的にはよく分からない。


 だが、もし自分が路上の靴磨きをそれくらい長くし続けなければならず、自分の意思で辞めることもできないのだとしたら、それは途方もないことのような気がした。


 ましてやクモイとシルヴィスは重い過去を抱えている上に、生きている間は、その過去に関わる戦いの後始末をしなければならないのなら、なおさらだろう。


「……」


 自分で聞いておきながら、何といっていいか分からず黙ってしまったリシュールに、シルヴィスは努めて明るい声を出し話題をらした。


「俺のことはいいんだ。それより、リシュのことだ。クモイのことは話したけど、あいつがやったことが許せなかったら、挿絵を描かなくてもいいんだよ」


 シルヴィスは気を使ってくれたが、リシュールはふるふると首を横に振る。


「大丈夫です。僕は描きますよ」


 クモイとの約束もあるが、シルヴィスの話を聞いたら、描きたい気持ちは以前よりも強くなっていた。

 リシュールが挿絵を描くことは、クモイとシルヴィスがやらなければならないことから比べれば些細ささいなことかもしれない。

 だが、ほんの少しでも二人の手伝いができたらと思うのだった。


「そっか。……そっか」


 シルヴィスはしみじみと、何度も首を大きくゆっくりと振ってうなずいた。心から嬉しいと言うかのように。


「でも、リシュに重い物を背負わせてしまったかもしれないね」


「それは……、そうかもしれないです」


 本当にそう思ったし、その気持ちは隠さないほうがいいと思ったので、素直にうなずいた。それに対してシルヴィスはふっと笑うと、立ち上がってリシュールの傍に来ると頭をくしゃくしゃにしてでた。


「わわっ!」


「正直でよろしい」


 リシュールは唇を突き出して不服そうな顔をしながら、黙って乱れた髪を直す。


「さて、行こうか」


 シルヴィスは、まるで何かのつかえがとれたかのように、さわやかな笑顔で言った。

 だが、リシュールは行き先が予想できず、小首を傾げる。


「どこへですか?」


「もちろん、クモイを迎えに」


 シルヴィスはそう言って、お茶目に片目をつむった。


*****


「ただいま」


 シルヴィスがドアを開けて自分の部屋に入るなり、クモイがラクチュア(布のかかった柔らかい椅子のこと)に座った状態でそちらのほうを見る。


「リシュはどうだった――リシュ!」


 主人のことを尋ねようと思ったが、それよりも先にリシュールの姿が目に入ったため、彼は急いでけ寄った。心配そうにのぞき込んだクモイの瞳は、涙でうるんでいる。


「ただいま、クモイ。それから、ごめん。急に出て行ったりなんかして……」


 リシュールがしんみりとした態度で謝ると、クモイは強く首を横に振った。


「私が悪いのです。申し訳ありません。何も言わず、本当に、本当に……申し訳ありません」


「そんなに謝らなくていいよ。気持ちは分かったから」


 クモイは灰色の瞳からこぼれそうだった涙を袖でぬぐうと、「シルヴィスに嫌なことはされませんでしたか?」と尋ねた。彼はその辺りも気になっていたらしい。

 だがリシュールが返答するよりも前に、シルヴィスが反論した。


「何言っているんだ。嫌なことなんかするもんか」


 コートを脱ぎながらクモイに嫌みな視線を送るが、彼は意に返さない。


「お前がそう思っていても、リシュにとっては違う可能性がある」


 リシュールに対する態度から一八〇度変えて、冷たくシルヴィスに言い放つ。言われたほうは、当然(かん)さわったようで、むすっとした態度で返事をした。


「あのなぁ。丁寧な態度で接したっての」


「どうだか」


 リシュールは右に立つクモイと、左に立つシルヴィスを交互に見る。そしてようやく言い合いの間に入れそうだと思った瞬間に、クモイに声を掛けた。


「クモイ、あの、僕は大丈夫だから」


 するとクモイは、勢いよく主人のほうを見て確認する。


「本当ですか?」


 リシュールは彼の勢いに気圧けおされつつも、こくりとうなずく。


「リルサをおごってもらって、部屋で色々話したんだ」


「……部、屋に?」


 主人の報告に何故か驚き、さらに凍り付いたように片言になったクモイに、リシュールは慌てて謝った。

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