第57話 魔法使いたちの戦い
リシュールは今にも泣きそうな気分だった。
魔法学校の研究の過程で、沢山の人が知らず知らずのうちに巻き込まれ、亡くなった人もいた中で作られた「魔法具」。それをどうして、マリが作ったことにするのだろうと思ったのだ。それはまるで、無実な者に罪を着せるようなものではないだろうか。
するとシルヴィスは立ち上がり、そっとリシュールの肩に触れた。そこから彼の温かさが伝わってくる。
「いいんだ。あの絵本の一番の目的は、『魔法具』が危険であることを人々に広めること。だから、マリが実際にしていようと、していなかろうと関係ないのさ。それにこれは彼女が生前に望んだことでもある。だから、あれで構わないんだ」
「でも……でも……っ」
言葉が続かないリシュールの背を、シルヴィスは、とん、とんと優しく叩いてくれた。まるで「俺たちのために悲しまなくていいんだよ」と言っているかのようで、リシュールの目の奥がじんわりと熱くなってきてしまう。
「リシュは、真実を伝えることが重要だと考えているんだね。それも分からないでもない。でも、真実を口伝えに教えていくことはとても難しいことなんだよ。話していく過程で、変に歪められることもある。だから俺たちは人々の安全のことだけを考えたものを、絵本の中に込めることにしたのさ」
強い覚悟だと思った。
リシュールがマリの立場だったら、きっと「悪いのは魔法学校だ!」と言って、自分は悪くないと言い張るだろう。
リシュールはぐっと唇を結んで涙を堪えると、「マリさんはどうして『魔法具』を盗んだんですか?」と、彼女の行動の理由について尋ねた。
「俺も詳しいことは分からない。元々は『交渉の材料にするつもりだった』……とも言っていたと思う。『秘法』の研究をやめさせるために。だけどそんなことをしても無駄だと悟ったんじゃないかな。それでマリは、最終的に魔法学校を襲撃することを選んだ」
「襲撃……」
リシュールにとっては、意外な選択だった。
あの優しい「クモイの妹」である。きっと話し合いで解決しようと思っていたのではないかと想像していたのだが、思ってもみなかったやり方だったのでリシュールは驚いて目を見張った。
シルヴィスも話しながら、「襲撃」という方法は問題があったと思ったのだろう。「やり方が良かったとは思わない」と切り出してから、言葉を続けた。
「だが、マリが戦いを始めるまでは、学校を信じている人や、良いところだと思っている人がほとんどで、魔法使いたちの考えを変えるにはあまりにも時間がかかりすぎることが分かっていた。だが、その間に犠牲になっていく人も増えていく……。色んなことを考えた末に、この方法を取らざるを得なかった……。俺はそう思っている」
苦々しく語るシルヴィスに、リシュールは何といったらいいのか分からなかった。
「襲撃」という方法は、人として間違っているとは思う。話し合いをして解決することができたなら、絶対にそのほうがいい。
だが、話をしても聞いてくれなかったら?
相手に『大陸派遣』を止める気持ちがなかったら?
「学校が悪い」と言っても、信じてくれる人が少なかったら?
様々な要因が積み重なって、「襲撃」という方法を取らざるを得なかったのだとしたら、とても悲しいことだなとリシュールは思った。
「その後はどうなったんですか?」
「戦争になってしまった。そうなる可能性もあるだろうと思っての襲撃だったけど、でもやっぱり心苦しくはある……」
シルヴィスは俯いて、嘆息した。
「一番激しい戦いになったのは、やはり魔法学校の周辺だった。だが、戦いの地はスーベル島だけにとどまらず大陸にまで及んだ。魔法使いが魔法使いを追い立てて殺すものだから、『魔法使い狩り』なんても言われたよ。俺もクモイも、魔法で応戦した。傷つけ、傷つけられ、敵も味方も分からなくなるような状態もあった」
そのときリシュールは、思わず顔を背け目を閉じた。
シルヴィスが語っていることが、まるで目の前に起こって迫っているかのように心に響き、シルヴィスやクモイが戦って怪我をしているさまが見えてしまったからである。
そして血を流す彼らもまた、向かってくる敵に対して何か攻撃を仕掛ける。
魔法の戦いが具体的にどういうものかは分からないので、リシュールの頭の中には、代わりに刃を持ったシルヴィスとクモイのイメージが現れたが、とても見てはいられない光景だった。
「戦いが終わったのは、マリが魔法学校を襲撃してから二十一年経ったときだった」
二十一年というと、リシュールの年齢が十六歳なのであと五年もあるということだ。一人の子どもが生まれて大人になるまで、ずっと戦い続けている――その長い年月に思いを馳せたが、それだけで体が疲労困憊になるようだった。
「……長いですね」
リシュールがぽつりと言うと、「そうだな」とシルヴィスが返した。その一言には、疲れと重い空気が纏っているようだった。




