第44話 挿絵
「あなたの言った通り、俺は二〇〇年近く生きている。長い名前は……まあ、色々あってそうなったってところだな」
すると横からクモイが冷たく指摘する。
「テキトウな説明をしないでいただきたい」
「文句言うなよ。ちゃんと説明すると長くなるから今はこれでいいだろう」
「……」
リシュールは、クモイとシルヴィス・ヴェルデラータ・セレル・リウを交互に見ながら、おずおずと「あの、僕は全然構いませんけど……」と言った。話したかったら聞くし、そうでなかったら無理に聞く必要はないと思ったからである。
「君は優しいなぁ。クモイにはもったいないくらいだ」
「あの、そんな……僕のほうがクモイにいつもよくしてもらっています……」
リシュールが照れくさそうに言うと、何故か彼は信じられないと言った表情を浮かべて、クモイを見た。
「お前は、この子の前でどういう態度を取っているんだ」
「きちんとした態度ですよ」
「よく言う……」
ため息をつくシルヴィス・ヴェルデラータ・セレル・リウに、リシュールは言った。
「えっと、あの、僕も『ヴェルデラータ』さんとお呼びするとよろしいでしょうか……?」
「それでもいいけど、よかったら『シルヴィス』と呼んでもらえるだろうか。親に貰った大切な名前なんだ」
「え? 大切な名前でお呼びしていいんですか?」
リシュールがそう聞いたのは、彼が「ウェルデラータ」と名乗っているのには理由があると思ったからである。
するとリシュールの気持ち察したのか、シルヴィスは「構わない。クモイが認めた主のようだからね」と、クモイに軽く視線を向ける。
そういうものなのかなと思い、リシュールもクモイを見たが、彼は何か納得いかないことでもあるのか、渋い顔をしていた。
リシュールはクモイの様子が気になったが、後で聞くことにして、シルヴィスに対してうなずいた。
「分かりました。では、シルヴィスさんとお呼びしますね。僕のことはリシュールでも、リシュでもお好きなように呼んでください」
「それならリシュと呼ばせてもらうよ。——さあ、まずは椅子に座ってくつろいでくれ。これから長い話になるだろうからね」
リシュールはマントを脱ぐと、シルヴィスにすすめられたラクチュアに座り、再びクモイのほうを見る。彼はリシュールが言わないと、椅子に座らないことがあるので心配していたが、旧友の前というのもあってか、リシュールが座ったのを見届けたあと、着ていた黒いコートを脱いで向かい側の席に座った。
「えっと、それで……長い話とは?」
シルヴィスは客人たちが座ったあと、自分も先程まで座っていたラクチュアに腰かけた。
「これからその話をするつもりさ。――さて、クモイ」
シルヴィスは笑みを浮かべた表情を、彼から見て左前にいるクモイに向ける。
「俺とリシュを引き合わせたということは、クモイはリシュにこれまでのことを話して、全てに決着をつけるつもりでいるんだな」
「そうです。ですから、これまでにあった過去を話すのを手伝っていただきたいのです」
――これまでにあった過去?
リシュールはクモイが言ったことを、心の中で反芻する。どういうことだろうか。
淡々とお願いするクモイに、シルヴィスは冷笑を向ける。
「お前のよそよそしい話し方は気になるが、まあ、いいだろう」
「では先に、私から主さまにお話をしてもよろしいでしょうか」
シルヴィスは右の手のひらを返し、「どうぞ」という仕草をした。
「リシュ」
リシュールは名を呼ばれ、はっとしてクモイのほうを向く。クモイはいつになく真剣な表情をしていた。
「私は、リシュに絵を描いていただきたいと依頼しましたね」
リシュールはこくりとうなずく。
「うん」
「実を申しますと、絵本の挿絵を描いていただきたいのです」
「挿絵?」
「はい」
すると、クモイはどこに持っていたのか、折り目のない数枚の紙を手に立ち上がり、リシュールに手渡した。
「これを読んでいただけないでしょうか。――リシュは、文字を読めますよね?」
「うん。孤児院で習ったから分かるよ」
リシュールはクモイから、受け取った紙に視線を向ける。そこにはきれいな字で文章が書いてあった。
「これは?」
「絵本の原稿です。今、読んでいただけますか?」
「いいけど、僕、そんなに読むの速くないよ?」
「かまいません。シルヴィスも私も、リシュが読み終わるまでお待ちます」
リシュールはちらりとシルヴィスのほうを見る。すると彼は笑みを向けた。「待っているよ」ということだろう。
何故、今ここで絵本の原稿を読まなくてはいけないのか。
リシュールにはよく分からなかったが、そうせざるを得ない雰囲気を感じ静々《しずしず》と読み始めた。
そこには、「ウーファイア」と言う名の女性が、村のために魔法を使う話が書かれていた。




