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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第二章 マントの中で眠る魔法使い

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第40話 一緒に

「どうぞ」


 居間にある横長のラクチュア(布のかかった柔らかい椅子のこと)に座っていると、クモイが目の前の低いテーブルに、白地のカップを置いてくれる。これも引っ越しをする際にクモイが買ってくれたものだ。内側には子どもが描いたような、翼が青い小さな白い鳥が一匹と、茎と葉っぱが付いた一輪の黄色い花がえがかれている。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 そう言うと、彼は台所のほうへ行ってしまう。


「クモイは飲まないの?」


「私はいいのです」


「帰ってきたばかりなのに」


「夕食の支度もありますので、お気になさらず」


 リシュールはその一言に、むっとした。

 それはもちろん、主人である自分のためにクモイがしていることであるのは分かっている。


 だが今度は、同じ建物に住む人にも大家さんにも気兼ねをしなくていい。クモイはこそこそ隠れたりしないで、堂々と一緒に過ごせるのだ。それなのに一緒のテーブルについてお茶を飲むことができず、リシュールには面白くなかった。


「クモイ」


「はい、何でしょう」


 リシュールは自分の隣を指さして、「座って」と言った。

 クモイは主人の珍しい指示に狼狽ろうばいする。


「しかし……」


「いいから座る。僕が君の主人でしょう?」


 リシュールが座るラクチュアにクモイが遠慮して座ろうとしないので、主人の持っている力を初めて使った。クモイはリシュールの「命令」になると断れないはずである。


「そうでございます……」


 クモイは「それとこれとは別だ」と言わんばかりの顔で、納得していない様子ではあったが、おずおずとリシュールの隣に行き、そっとラクチュアに座った。リシュールはそれを見て微笑んだ。


「これから普通にクモイもここに座るように。お茶も僕の分と自分のを一緒に出すこと。でなかったら、僕がクモイのお茶を準備するからね」


「そんな……」


「反論は聞かないよ。分かった?」


「……分かりました」


 うなずくクモイを見て、リシュールは満足そうに笑った。


「よし」


「ですが、今回はご勘弁を。私のお茶を入れるのをお待たせするのは、心苦しく思いますので……」


「そんなの気にしなくていいのに」


「どうかお願いいたします」


 懇願こんがんするクモイを見て、リシュールは少しだけ肩を落とす。

 一緒にお茶を飲みたいだけなのだが、彼を困らせるのは本意ほんいではない。


「仕方ないなぁ。でも、次からは一緒に飲もうね」


「はい」


 すると、クモイは優しく笑った。


(よかった……)


 きっと嫌なわけではないのだ。寧ろ、リシュールと一緒にお茶を飲めたらいいと思っている。

 しかし、彼は自分の立ち位置に明確な線引きをしていて、リシュールがそこから強く引っ張り出さないと出てきてくれないのだ。


「さあ、リシュ。冷めないうちに、お茶をお召し上がりください。温まりますよ」


「うん。いただきます」


 ふう、ふうと息を吹いて、少し冷ますとリシュールはそっとお茶を飲んだ。すると鼻にふわりと良い香りが通り抜け、口の中にはお茶の味と、ほんのりとした甘みを感じる。


「おいしい……」


「それはようございました」


 クモイが目元の皺を深め、嬉しそうに笑う。

 その様子を見て、リシュールはきゅっと胸が締め付けられるような心地になった。


 主人と従者の関係で、リシュールが今後クモイのために絵を描いてあげるとしても、まだリシュールはクモイに何もしてあげていない。


 それにもかかわらず、リシュールが喜ぶと嬉しそうに笑う彼を見て、何とも言えない気持ちになってしまったのである。


「クモイ……、ありがとう」


 改まって主人がお礼を言うのを、クモイは不思議そうな顔をして見ていた。


「お茶のことでございますか? 従者にとって当然のことをしただけでございますから、そんな風に改まっておっしゃらなくても大丈夫ですよ」


 だが、リシュールはどうしてもクモイにちゃんとお礼を言いたかった。


「当然のことじゃないよ。だからありがとう」


 クモイは主人の心のこもったお礼に、わずかに灰色の瞳を大きくする。驚いているようだったが、リシュールは気にせず言葉を続けた。


「それとね。僕、あのマントを買ってよかったってすごく思っているんだ。生活が豊かになったこともそうだけど、何より毎日の話し相手ができたのが嬉しい。ちょっと前まで一人暮らしをしていたけど、振り返ってみると意外と寂しかったんだなって思って。それに困ったときに相談できる人がいるのも心強いよね。おかみさんは、根は悪い人じゃなかったけど、頼ったり、何かを相談できるような人ではなかったから……。だから、本当にありがとう。そして、これからもよろしくお願いします」


 するとクモイの灰色の瞳に、水の膜がゆっくりと張られていくのが見えた。

 だが、それがしずくとなってこぼれ落ちる前に、クモイは「失礼」と言って後ろを向く。再びリシュールのほうを見たときには、涙の代わりに目が少しだけ赤くなっていた。


勿体もったいないお言葉です。こちらこそ、どうぞ今後ともお願い申し上げます」


「うん!」


 リシュールは破顔した。

 クモイとならば、色んなことに挑戦できるような気がして、これから自分がどうなっていくのかが楽しみでもあるのだった。

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